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「では、誉君――」
マクドウェルは、メガネを拭き拭き上機嫌で出口の方を指し示した。
「『さくら』の身柄は、特務小隊が引き継ぐ。これまでご苦労だった」
だが――。
さやかは、微動だにせず、二人の上司を見つめていた。
しばしの時間が経ち、目の前のマクドウェルが怪訝な表情を浮かべ始めたその時、さやかは一言だけ言った。
「お断りします。『さくら』をお渡しすることはできません」
「なっ! な、何を言い始めるんだね、誉隊長! マイク!!」
「誉君。なんのつもりか知らないが、今、君のしている事は、重大な規則違反だ。懲罰委員会の査問対象に――」
「懲罰でもなんでも掛けて頂いて結構です!」
さやかは、イスを蹴って立ち上がった。
「私は――私は、姉の遺志を継いでウィンターズさんや篠塚くん達が救おうとしている『さくら』を、いいえ、藤村櫻子さんを彼女たち同様に姉の遺志を継いで助けることにしました。今の私にとって重要なのは、櫻子さんの意思が尊重される事、ただそれだけです」
口をあんぐりと開け、呆気にとられる上司達に向かってさやかは、言い放った。
「一人の女の子を、兵器としてしか見られないあなた方やパシフィック・サーバントにこの子を渡す事はできません。どうしてもというのなら――私を斃してからにして下さい」
そう一息に言い切ると、さやかは前の前の上司二人を睨み据えた。
マクドウェルは、さやかのそんな態度が晴天の霹靂だったのか、興奮に肩を激しく上下させながらも、どうしていいのかは分からないらしく、言葉を失ったかのように隣のコーガンをそして向かいに座る漆原海軍卿を何度も交互に見た。
漆原海軍卿が何の反応も示さず瞑目し続ける中、コーガンが静かに口を開いた。
「言いたいことは、それだけか?」
コーガンは、テーブルの上の握りしめた拳を小刻みに震わせながら、真っ赤に充血した目でさやかを睨み据える。コーガンは、オフィスの中で数字を書いた書類ばかりを相手に生きて来たマクドウェルはまったく異なる人種だ。
彼は、前線指揮官出身の幹部であり――その本質は兵士なのだ。
目的のために敵である人間を殺傷する事を厭わない。
その目に宿る明確な殺意を感じてさやかは、密かに身構えた。
コーガンは、ワイシャツの胸ポケットからゆっくりと携帯端末を取り出し、画面をタップした。
と、その途端廊下側から大勢の足音が轟き始め――ドアが勢いよく左右に開いた。
部屋になだれ込んできたのは完全武装の特務小隊が二個分隊、およそ二十人。
さらに、加えてそこにはもう二個分隊、二十人の完全武装の兵士達がいた。
その兵士たちの軍装、徽章類を見てさやかは、凍り付く。
(海軍陸戦隊!)
不安げな表情を浮かべる櫻子を必死で庇いつつ、さやかは戦うべく身構える。
一触即発の張り詰めた状況の中、それまで瞑目したまま微動だにしなかった漆原が静かにその瞼を開いた。




