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「なんだ?」
「ほのか、いいよな?」
アレクセイの問い掛けにほのかも大きく頷いた。
「おいら達二人も夏音ちゃんの言葉に賛成だ。
なあ、夏彦よ。
おいら達は、損得とか正義感でおまえさんらに手を貸そうと思ったワケじゃねぇのだよ。
おまえさん、覚えているかぇ? ほんの数日前だ。高速道路で特高と戦った時の事さね」
「まさか、特別高等警察なのかい、そこの貴女は? しかも君達は、この人達と……特別高等警察と戦ったというのかい?」
目をむく三枝医師に夏彦は、小さく頷いてみせる。
言葉を失ってしまった医師に申し訳なさそうに肩を竦めつつアレクセイは、話を続けた。
「おまえさんは、道路を走る車を飛び越え、飛び越え、あすこまで来たろう?
おいらもそうさ。てめぇでもやっておいてこういう事言うのもなんなんだが、それでも、おまえさんを見た時にゃおいらは思ったね。
『おいらと同じ、馬鹿がいやがる』てな。夏彦よ。勇気だとか、正義感だとかそんなものがいくらあっても普通の人間は、ああいう事はしねぇそうだぞ。
タチアナが、言っていやがったぜ。
『損得抜きで、ただ人のためにそんなバカな事をするのは、お兄ちゃんぐらいのものだよ』ってな。で――」
アレクセイは、照れ臭そうに頭を掻いた。
「そこで、おいらは思ったのさ。ははーん、こいつは、誰かのためにって思ったら矢も楯も止まらなくなるタチの野郎だな、とな。そう――」
自分で言うのは、口はばってぇが……まあ、おいらと同類ってことさね。
いや、違うな――。
おいら以上だ。
おいらなんざぁ、足元にも及ばねぇ。
「でなきゃ、いくら恩人との因縁があるたぁ言え、戦略生体兵器の嬢ちゃんを助けるために世界第三位の民間軍事会社を向うに回そうとは普通思わねぇぜ。
おいらは、口でこそ何も言わなかったが、おまえさんらに戦略生体兵器だとか、世界第三位の民間軍事会社を向こうにまわすだとか言われて結構ビビッていたのさ。
それを、おまえさんとエマ、それに夏音ちゃんと来た日にゃぁ……まったく、てぇしたもんだよ。
ああ。本当にてぇしたもんだ。
大べらぼうさ。
そんな、おまえさんらを見てたらな、おいらの中の弱虫もいつの間にか逃げて行っちまってな。まあ、要は――」
――そんなおまえさん達においらは心底惚れちまったんだよ。
「だから――」
「夏彦先輩やエマ先輩の力になりたいと思ったんです。一緒にさくらさんを助けたいと思ったんです」
夏彦先輩――。
おいらの言いたい事は以上だぜ、と胸を張るアレクセイの後を継いでほのかは言った。
「私も夏彦先輩やエマ先輩、そしてさくらさんが戦時中に亡くなった大尉さんとの関係で特に繋がりが深いのは分かっています。正直、私やアレクセイさんには、入り込めない感じです。
私も、正直、さくらさんが戦略生体兵器だって事とか、そのさくらさんを助けるために世界第三位の民間軍事会社と戦うって聞いて最初すごく怖いと思いました。
でも、夏彦先輩やエマ先輩の事を見ていたら、さくらさんを助けたい、っていう気持ちの方がそれよりもどんどん強くなって行きました――」
だから――お願いします、夏彦先輩。
少し、でいいんです。
いえ、私には、それでも荷が重いかもしれません。
でも――私は、どうしても思ったんです。
「夏彦先輩とエマ先輩が大尉さんから受け継いだその『想い』を私も背負いたいんです。夏彦先輩とエマ先輩の隣を歩きたいんです」
いいえ、私だけじゃありません――
私たちに夏彦先輩とエマ先輩の隣を歩かせて下さい。
――お願いします。
そう再び言って頭を下げたほのかに
アレクセイが
夏音が
三枝医師が
最後に本田直子が頷いた。
静まり返った病室の中で南向きに大きく開けた窓からかすかに聞こえる町の音だけが、やけにはっきりと耳についた。
夏彦は、自身を見つめる皆の瞳を順に見つめて目を閉じた。
感無量だった。
(大尉――あなたの想いを継ぐ人達が、俺たちと想いを同じくする人達が、俺の……俺とエマの周りにはこんなにいます)
大尉……。
夏彦は、瞼を開くと三枝医師に向き直った。
「分かりました。先生に、すべてをお話します」




