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それは二人にとって首筋に付き付けられた刃のような言葉だった。
だが……奇妙なことだが、夏彦の表情は、それまで以上に何の変化も無く、むしろ――彼の些細な所作からその意思を窺う事に慣れている夏音やエマなら分かるというレベルだが――心底可笑しがっているかのようだった。
現に、隣にいる夏音は、三枝医師の真剣な表情とその言葉に、最初こそ驚いていたものの、夏彦の様子を窺うにつれ、「あれっ?」と首を捻ったようだ。
夏彦は、堅く硬直した夏音の手の甲をぽんぽんとやさしく叩いてやってから三枝医師に言った。
「そのファイルには、そんな事まで書いてあるんですか?」
「いいや」
夏彦と夏音を見つめて三枝医師は、さも可笑しげに微笑んだ。
「今のは、私のカンさ。そうだろうなぁ、というね」
「ひどいですよ、もう!」
夏音の抗議に三枝医師が声を上げて笑った。
「脅かすつもりは、無かったんだが気を悪くしたなら許してほしい。ただ、傍で見ていて君らは、まるで恋人同士のように見えたからね。私にも兄がいるがここまで甲斐甲斐しく面倒を見た事は一度も無いし、これからだってないだろうよ。で、夏彦くんも言った通りこのファイルには、全く触れられていないんだが……」
答えたくなければ答えなくてもいい、と前置きして三枝医師は二人の顔を順に見つめた。
「君達は、なぜ兄妹のふりを? いや、まあ、さっきのファイルの内容で想像出来ない事も無いんだが……。確認の意味も含めて君達の口から聞きたい」
「それは……」
口ごもる夏彦の手を夏音が、きゅっ、と握った。夏音が何時に無く真剣なまなざしで夏彦を見つめている。確かに、三枝医師になら話してもいいかもしれない。彼女の言葉の端々に滲むその誠実さに夏音は賭けたのだろう。
(なら、俺に言うべき事は無いよ。夏音)
夏彦は、夏音に話の続きを任せるべく頷いてみせた。




