[1] 序章
降りしだく雨の音が小隊を包んでいた。
僅かに生き残った六人と一人。
各々片膝を突き、ある者は小銃を構え、またある者は間断無くその視線を周囲に注ぐ。目深
に被った鉄帽の庇から雨粒が滴り落ち、返り血と泥で汚れ切った体を大粒の雨が容赦なく叩く。
腰から下げた電磁軍刀がいつになく重い。
篠塚夏彦は、左腕に嵌めた軍用時計を見つめた。
無愛想なデジタル表示がゆっくりと時を刻んでいる。
五、四、三、二、一……。
――――雨が上がった。
「援護が終わったわ。さあ、出発よ」
園田大尉が皆の肩をそっと叩きながら前に出た。
鉄帽の淵から背中に垂れる緩めに結わえた黒髪が雨に濡れてタクティカルベストに貼りついている。
大尉の背中をじっと見つめていた夏彦の肩を隣にいたエマがそっと揺さぶった。
自分と同学年にはとても見えない大人びた風貌と澄んだ瞳を持つ少女。
その澄み切った青い瞳が心なしか不安げに見えた。
だが、鉄帽の庇から僅かに覘く黄金色の前髪を鬱陶しげに指でかき分け、少女は夏彦の耳元に囁いた。
「大丈夫よ、私がいるわ」
そして、その言葉と同時に突き出された彼女の拳。
夏彦はすかさず自分の拳をコツンと合わせ、小さく頷いてみせる。
と――その時、大尉が片方の手を上げるのが視界の端に見えた。
夏彦、エマ、そして残りの三人と一人は音も無く立ち上がり前進を開始する。
森閑とした木立の中に響く装具が触れ合う僅かな音。
ぬかるんだ森の小道をその一人を守るように残りの六人で縦隊を組み小走りに進んで行く。
と、前方の木立が俄かに光り、乾いた炸裂音と共にアイスキャンデーのような光の矢が矢継ぎ早に襲いかかって来た。大尉の声が響き、皆が一様に地面に伏せる。
「前方に敵火点!」「くそっ!」
泥濘と化した地面に伏せる一同の頭上を鉛の弾が唸りを上げて掠めて行く。
一同が泥や落ち葉を拳一杯に握り締めつつ必死で地面に伏せる中、前方に伏せた大尉がそっと鎌首をもたげて振り返り、エマにハンドシグナルで指示を出した。
エマは大尉に頷き返し、脇にあった僅かな窪みの中へ泥をかき分けるように這って行く。
彼女が側面に迂回するのを待つ間、夏彦はこの日初めて残りの兵二人と先任軍曹に後方を、そして前方を夏彦と園田大尉に守られた『一人』の存在――一人の少女を見た。
小柄な体に不釣り合いな鉄帽の庇から僅かに覘く艶やかな黒髪。
夢見るように仄かに潤んだ漆黒の瞳がその端正な顔立ちの中でも一段と目を引く。
この一カ月いつも見ていたようで見ていなかった、否、見ることを許されなかった存在。
歩兵部隊の支援兵器でしかない自分達『戦術生体兵器』とは対極にある国家の命運を左右する兵器。皆と同じように地面を這っていても、同じ軍装をその身に纏っていてもその存在価値は天と地ほども違う。
目の前の少女は、国家がその持てる力の全てを挙げて作り出した究極の兵器。
意思を持った核弾頭――――『戦略生体兵器』なのだ。
その威力は計り知れない。