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天才な姉とダメな僕

作者: 田中 友仁葉

僕の姉、高橋夏樹は信じられないほどの天才だ。


小学校で東大現役合格、そして14歳で博士号を取得し、今や世界中から注目される人物だ。


他にも、作る料理全てミシュラン殺しと言われたり、メモ帳の隙間に書いた落書きが芸術家を唸らせるようなものだったり、美貌や運動神経もこの世の条理が狂ってると思うほどに秀でている。


それが僕の姉だった。


しかし、神はどんな万物にも一つは欠点を加える。

姉の場合、それは僕という存在だった。


どれだけ勉強しても頭が良くならない僕はよく姉と比べられて非難を浴びていた。

その結果、僕は目立たないような根暗になってしまい、まさしく『高橋夏樹の唯一の汚点』になってしまったのだ。


幸いにも姉は他の人間を自分と同じ生き物とは思っていないため、大して姉から僕をいじめることはない。


しかし、こんな僕と姉弟なのだ。

嫌われているのは明白な事実だ。


*****


僕は朝起きると、寝起きで痛い頭を抑えて目立たないよう眼鏡をかけて食事を作る。

姉は先に起きていたようでテーブルで新聞を読んでいた。


朝食を含め料理を作るのは僕が担当だ。 今朝は簡単にエッグトーストを作り、弁当もさっさと作った。


姉との会話はあまりない。 僕が一方的に挨拶やら学校での姉の噂の話をしたりはするが、姉はそれに対して「ん」くらいしか返さない。


正直それでいい、僕は姉と比べても下劣な生き物なのだ。 ハエが顔に寄ってきたら振り払うのが当たり前の行動である。


姉は先に登校して、僕は洗濯物を掛けてから登校している。

時間をズラしているのは姉のために一緒に登校しないためだ。


ちなみに、姉が通う学校は僕と同じところである。

東大まで行った姉が何故普通の高校に通っているかはわからないが、まあ凡人には理解しがたい頭を持っているから仕方ない。


学校に着くと校舎の方からキャーキャーと黄色い声が上がっている。

上履きに履き替えながら見ると、予想通り姉が役員を引き連れて廊下を歩いていた。


学校に入学してすぐに生徒会長になった姉は、男女問わず学校中から憧れの的となっている。


もちろん僕が高橋夏樹の弟ということは殆ど知られてないだろうが。


姉は一瞬こちらに気がついたようにチラリと僕の方を見たが、目を合わせるとすぐに視線を元に戻した。


……

…………


休み時間、突然教室がざわめきだした。


まあ単に姉が教室に入ってきたからだが。


「……」


そして、そのまま姉は十戒のように生徒を掻き分けると僕の席の前まで来た。


……なんだろう。 なるべく姉とは学校で関わらないようにしてるんだけど。


「……図書委員」


「……あっ」


そういえば今日は図書委員会があったんだった……ってなんで姉がそんなことを知ってるんだろう。


「前園さん休みだし、行かなきゃ……」


「終わった」


「……すいません」


「代わりに明日の放課後、仕事」


渡されたプリントには明日の放課後に図書室の本棚の整理を任せるといったことが書かれていた。


……ぅぅ、他の人には忘れてもこんなものないだろうに厳しいというか嫌われているというか……。


姉が教室から出るとき、僕を非難するようなクスクスという嘲りが聞こえていたが、何かの拍子にみんなやめた。


*****


高橋夏樹の日記


*月○日


今日も愛しい弟の寝起き顔から1日が始まった。


冬樹はいつも忙しい私のために料理も洗濯もしてくれてとても心優しい弟だ。

本人には自覚はないのかもしれないが彼の作る料理はとても美味しいし、いいお嫁さんになりそうだといつも思う。


まあ絶対嫁に出す気はないけど。

私が許さない。

冬樹は私の嫁なんだから。


ともかく、生徒会の仕事があるから一緒に登校できないのは悲しいけど、学校に着いて弟のことをふんふんと妄想するのはとても楽しい。


生徒会の仕事の途中だけど冬樹の登校する時間になったので、私は廊下に出る。


他の生徒からキャーキャー言われるけど、姉の威厳があるから無闇にはできない。


遠くで冬樹の姿を見かけると、なんと向こうもこちらに目を合わせてくれた!!

変な顔になってしまいそうなので、すぐに顔を背けたが今日も朝からいい経験ができた。


昼頃になり、ふと冬樹が所属している図書委員会が今日であることを思い出した。


弟には今日の委員会を忘れてもらうために昨日の晩ご飯に混ぜてアルコールを少し飲ませた。 そして、今日朝も担任の先生が弟に連絡しないように話をつけておいた。


案の定、冬樹は委員会のことを忘れた。 かわいい。


私は図書委員会に行くと、冬樹には罰として図書室の整理をさせることを提案した。 反論はなかった、というかさせるつもりもない。


そして、冬樹の教室に行って刷ったプリントを渡した。

冬樹は呆然とした顔になって少し罪悪感を感じたけど、しゅんとした姿がとても可愛かった。

ごめんね、でも生徒会の仕事で遅くなる私と一緒に帰るためだから許してね。


けど、信じられないことに私が出ようとした瞬間、教室で冬樹のことを嘲り笑う声が聞こえた。

私の弟に非難を向けるなんて許さない。ムカついてロシア軍曹も黙るような睨みを利かせてやったらすぐに静かになった。いい気味である。


帰ったら冬樹のことを慰めてあげよう。ハグしてナデナデしてチュッチュしてあげよう。


……まあそこまでする勇気がないんだけどね。


*****


翌日、僕は学校の放課後に図書室の整理をした。クラス一緒の前園さんとも一緒だ。


「ごめんね前園さん、僕のせいで……」


「ううん。 気にしなくてもいいよ」


そうは言っているが申し訳ない気持ちがどうしても勝ってしまう。


そんなモヤモヤとした気持ちで整理をしていると突然前園さんが尋ねてきた。


「ふと思ったんだけど、高橋くんと生徒会長って同じ苗字だよね? もしかして姉弟なの?」


「な、なんでそう思うの? 全然似てないのに」


「いや、顔つきとかなんとなく似てるよ?」


そんなこと言われたことなかったな……。 みんな中身ばかり比べていたから。

そもそも姉のあの美貌から似てる部分を見つけた前園さんがすごい。


「で、どうなの?」


「うん、そうだよ。 でも姉のためにも秘密にしててね」


「姉のためって?」


「いや僕、姉と比べても勉強も運動もカリスマ性も無いし、一番得意な料理でも姉には到底及ばないし、姉にとっての僕は出来損ないの汚点だからね」


我ながら酷いなこりゃ。


「そ、そこまで卑下しなくてもいいよ!! 生徒会長と比べたら人間みんな下になるのは仕方ないよ!」


「……そうなんだけど」


「その生徒会長さん……お姉さんは高橋くんのことどう思ってるの?」


「どうって……」


……どうだろう。


まあ嫌われてて遠巻きに嫌がらせ受けてることは言うべきでは無いだろう。


「……作った弁当を食べてくれる間柄かな」


「えーっ!? 本当にそれだけ? 好きとか嫌いとかないの?」


「間違いないと思うよ」


僕が苦笑してそう答えると突然図書室のドアが開いて声が響いた。


「そんなことない」


「……せ、生徒会長」


「……お姉ちゃ……夏樹さん」


「冬樹、そんなことなんで言うの」


僕は姉に迫まれて何も言えなくなる。 背中は冷や汗でプール上がりのようにびしょびしょだ。


「……もういい。 冬樹、帰ろう」


「え、でも仕事が……」


「そんなことどうでもいい」


「で、でも」


僕は前園さんを見る。


「高橋くん、あとは私がやるからいいよ。 あと少しだもん」


「ご、ごめんね」


帰り道、僕は久しぶりに姉と帰った。


姉は終始何も言うことはなかった。


*****


○月☆日


仕事が早く終わり冬樹を迎えに行くと、何やら二人で何か話している様子だった。


弟のプライベートを聞く機会は滅多にないと思い、こっそりと聞くことにした。


すると、話は冬樹は私の弟であることを打ち明かしたところだった。


秘密にすることないのに、むしろ公にして間に誰も邪魔できないようにしてやろうとも思っていたのだけど、その理由が衝撃的だった。


なんと冬樹は私と比べて勉強も運動もカリスマ性も無く、私にとって自分は出来損ないの汚点だと思い込んでいたのだ。


だから私のために秘密に黙っていたということだったらしい……。


……私はとてもショックだった。


私のせいで弟がこんなに思い悩んでいたなんて……。

私は確かに人と見えてる世界が違う。でも弟は桁違いに大切な存在だと思っていた。


なのに、私が小学生で大学を出たり絵や料理の才能を生まれ持ったせいで彼に深い傷を負わせてしまっていたのだった。


そして、もう一つショックだったことがあった。


弟は私に弁当を食べてもらうくらいしか思われていないと勘違いをしていたのだ。


無論そんなことはない。

確かに弟の弁当は私にとって食べログやぐるナビやミシュランブックにレビュー星MAXをつけたいくらい美味しいと思ってるけど、そんな程度の愛ではない。


起きてても寝てても頭の仲では冬樹がいるし、近親相姦がなにクソと思う毎日を過ごしている。それくらいトチ狂ってると言われても構わないほど冬樹を好きとかのレベルでなく愛しているのだ。


私は耐えきれずドアを開けて乱入した。


私はそんなことないと強く言うと、冬樹の前で理由を問いただした。


しかし、それは誤算で冬樹はビクビクと怯えてしまった。


仕方なく私は無理やり冬樹と下校することにしたが、結局何も会話をすることができずに今回の計画は全くもって意味のないものとして幕を閉じた。


*****


翌日、僕は朝食を作って出すと姉が珍しく尋ねてきた。


「お弁当は?」


「え……昨日、僕の弁当を食べる間柄じゃないって……」


すると姉は目を丸くするとそのまま膝を崩した。


「お姉……夏樹さん!?」


「……」


「大丈夫?」


「……」


とりあえずこのままでは動きそうにもないので、無理やりパンを食べさせるとそのまま先に登校させた。


……

…………


放課後になり、帰ろうかとした瞬間突然先生が僕のことを呼んだ。


「どうしました?」


「……実はお前の姉の生徒会長がな……倒れた」


「倒れた!?」


あの三日徹夜で学会提出レポートを書き上げてもピンピンしてる姉が倒れた!?


「とにかく本人もお前のこと呼んでるから、早く保健室に行け」


「は、はい」


……

…………


保健室の前は会長が倒れたことを聞きつけて大勢の生徒が集まっていたが、先生の協力を得ながら無理やり人混みをかき分けてなんとか中に入ることができた。


「高橋さん、冬樹くん来てくれましたよ」


「……夏樹さん?」


「……冬樹?」


僕の顔を見ると、突然姉の目に涙がぶああと溜まっていった。

そして終いには僕の身体を力強く抱きしめた。


「ふ、冬樹ぃ……!!」


「わわわっ!!? な、なにすんの!?」


「……冬樹くん、高橋さん栄養失調で倒れたのよ」


「栄養失調? ……いや、でも昨日も食べてたし」


すると、姉は小さな声で呟いた。


「……お弁当」


「……もしかしてお昼食べてないの?」


尋ねると小さく頷いた。


「いつも冬樹くんが作ってるの?」


「そうですけど……でも昼ごはん一食抜いただけで倒れることなんて……」


「……」


「高橋さん、冬樹くんに嫌われてることがすごくショックだったのよ」


保健の先生がそう言うと、姉は布団で顔の半分を隠した。


「嫌われてる……? いや、でもそんなこと全然」


「お弁当。 なんで作らなかったの?」


「……姉が僕の弁当を食べる間柄じゃないって」


すると保健の先生は呆れたように大きくため息をついた。


「……それって、どういう意味か理解してる?」


「……?」


「……いいわ。 でも明日からはお姉さんの分のお弁当も作りなさいよ」


「は、はい」


そして、先生は姉の方を向くと


「貴方も貴方で弟くんを困らせるようなことをしてるのに気がつきなさいよ」


「……ごめんなさい」


「……弟を守るのは姉の務め。 貴方にはそれ以上の力があるんだから……もう言わなくてもわかるわね」


「……」


*****


○月♪日


とてもショックだった。


お弁当がない。


お弁当……ない。


冬樹からのお弁当……がなかった。


頭になにも入らない。


声もなにも聞こえない。


今どこにいるかも時間がいつなのかもわからない。


そして、終いには気づかないうちに倒れてしまっていた。


眼が覚めるとそこには心配そうにしている冬樹の姿が見えて、一気に涙が溢れ出した。


弟のことを抱きしめたのは幼稚園で英検と漢検を取ったときぶりだったかもしれない。


そして保健の先生が大学では学べないことを教えてくれた。


今、私が冬樹のためにできること。


姉として弟を守るためにすること。


もう分かった。


*****


翌日、連休に向けての生徒集会が執り行われた。


先生が数々の挨拶やらをしていく中、生徒会長の挨拶が開始した。


「生徒会長、高橋夏樹です。 ……1年B組 高橋冬樹!!」


注目は一気に僕に集まる。


……え?


「……こっちに来て。冬樹」


僕はワケもわからずオロオロしている前園さんが「呼んでるよ」と声をかけてくれたことで行動に移せた。


「……(うわぁめっちゃ見られてるよ)」


人前に出るのが苦手な僕には拷問のようだ。


しかし、それを分かっているらしく壇上に僕が来ると姉は僕のことを安心させるように片手を背中に回した。


それに生徒たちはざわめき立つが、姉は構わずにマイクに向かって声を張り上げた。


「冬樹は私の弟だ!! とても愛おしい弟だ!! 私からすれば他の人間は違う生き物に見えるし考え方も違う!! そんな私でも一生付き添ってくれた大事な弟なんだ!!だから傷つけたり嫌がらせしたりした奴は絶対許さない!! 」


「……」


「……わかりましたか」


生徒たちは戸惑った様子だったがすぐに返事をした。


「これで挨拶を終わります」


姉は丁寧にそのまま切り上げると、僕の手を引いて壇上から降りた。


「……あのさ」


「なに」


「……ありがとう、お姉ちゃん。 勘違いしてて、ごめんね」


「このくらい……いいよ」


*****


○月#日


一か八かの勝負だった。


弟が私と比べられて虐められていることはなんとなく予想できたからこそ出来たことだった。


私は冬樹を呼んで、声を張り上げた。


……我ながら恥ずかしいことだ。


でも、壇上から降りると冬樹が「お姉ちゃん」と小学校ぶりに呼んでくれた。


……そういえば「お姉ちゃん」と呼ばれなくなったのは私が大学に入ってからのことだったな。


きっと、その時から私と住んでる世界が、まるで違うと思わせてしまっていたのかもしれない。ダメな姉だ。


姉として私は弟を守らないと。


なんて言っても、冬樹は私の最愛の弟のパートナーなんだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 姉と弟で思いがすれ違ってるのが面白かったです。 姉がツンデレすぎて弟に理解されてないパターンですね。 もっと続いても面白かった気がします。
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