夕日と本と臆病な百合
夕日で真っ赤に染まった、私たち文芸部の部室。
場所は旧校舎2階の視聴覚室の横にひっそりと存在する、視聴覚準備室。
放課後は、この視聴覚準備室に足を運び、何をするわけでもなくお互い黙々と本を読む。
それが、この文芸部の、先輩と私の、唯一の活動だった。
広いとも狭いとも言えない微妙な空間に向かい合わせに配置された机と椅子。
部室に入って右側の机と椅子が私の席。
その反対が、部長である先輩の席だ。
今日もいつものように、お互い向かい合って本を読む。
本を読むのは嫌いじゃなくて、むしろ好きだ。
小さい頃から体が弱かった私は、いつも図書室で本を読んでいたから。だからずっと本を読んでいられるこの部活のことは、結構気に入っている。
教室を占めるのは、先輩と私が選りすぐった数々の本と、その匂い。それと、私と先輩がページをめくる心地の良い音。
それをBGMに、先輩がお勧めしてくれた小説を読もうと、意識を本に集中させる。
✳︎
不意に響いた椅子を引く音で意識が引き戻される。どうやら、かなり集中して読んでいたらしい。
いつのまにやら外がかなり暗くなっていて、電気をつけていないせいで部室が結構暗い。
先輩が椅子を引いたのは、電気をつけるためだったらしい。
扉まで歩き、すぐ横にある電気のスイッチをいれまた席に着く。
その時、たまたま目があった。
「結構集中してたみたいだけど、どう?」
「そうですね、かなり当たりです。恋愛小説とか、今まであまり読みませんでしたけど、いいものですね」
「そっか、それはよかった」
そう言って微笑む先輩。
その柔らかい表情に一瞬どきりとする。
途端に熱を持つ顔と、煩く収縮を繰り返す心臓の鼓動。
「どうかした?」
急に挙動不審になった私を不審に思ったのか、そう言って小首を傾げる先輩。
できるだけ先輩の顔を見ないように、
「......なんでもないです」
と言って即座に手元の本へ視線を落とす。
先輩が不意に見せるあの笑顔は、本当の本当に反則だと思う。
あんな顔を見せられたら、好きになってしまうではないか。ただでさえ、今恋愛小説を読んで少なからず感情移入をしているのだし。
そんな事を考えてしまっているせいで、読書に全く集中できない。
諦めて本を閉じる。
背もたれにもたれかかり、伸びを一つ。
長時間の読書は身体的にもなかなか疲れる。
「もう読まないの?」
「はい。ちょっと疲れたんで、続きはまた明日にします」
「そっか、じゃあ帰ろっか」
「はい」
お互い読んでいた本を本棚へ戻し、部室を出る。
先輩が鍵をかけ、その鍵を私が受け取る。
「じゃあ、また明日ね」
「はい、また明日」
いつも通りの部活。いつも通りのやり取り。
こうやって今日もまた部活が終わって、一日が終わる。
そんな日常がいつまでも続く訳ではないのはよく分かっている。分かっているのだけれど、一歩を踏み出す勇気が、なかなか出ないのだ。
だから、心の内で思う。
いつか、先輩にこの思いを伝えられますように。
と。