小さな和み
軍隊の先導をしているのは一人の精霊使いだった。
その男は風で都の術者を次々と蹴散らし、軍の隊長とおぼしき兵士とともに大通りをずんずん進んでいく。
その足取りはまるで見知った庭でも歩くように迷いがなかった。
その頃、王宮の中では国王と王妃が漆黒の髪の赤ん坊を、他者に託すところだった。
「この子を…今まで都を守護してくれたように…、これからはサミラを護ってやってください。…お願い…」
王妃は涙目になりながら赤ん坊をその女性に渡すと、顔を背けた。
「都の守護者【ガーディアナ】でありながら、今は何も出来ない我々を許してください…。あの精霊使いには、我々の捕縛が効かないのです…」
女性は寂しそうにブルーグレーの瞳を伏せて、王妃の背を撫でる。
「ルフィアス。解っているのだろう?その者が誰なのか…」
「はい…」
申し訳なさそうに女性・ルフィアスは国王と向き合う。
腕の中で笑う赤ん坊に、二人は薄く微笑む。
「わしの考え通りならば、この国に先は無い」
国王の瞳に影が浮かぶ。
ルフィアスは、ただ頷く。そして、そっと口を開く。
「国王、ウィルタータはまた始まるのです。サミラ様の元で」
「そうだな…」
赤ん坊のサミラは笑顔を振りまき、三人の心を和ませる。
そこへ向かって、あの精霊使いが長い階段を登って来ていた。
いち早く気づいた国王は見渡すように顔を上げ、ルフィアスの肩を押す。
「急ぎなさい、ルフィアス。……サミラを…都を頼むっ」
深く頭を下げる国王に、ルフィアスは頷く。
「必ず護ります。そして都を離れても皆がウィルタータを忘れないよう…祈っています」
そう言って、赤ん坊を抱いたルフィアスの姿はその場から欠き消えた。
「頼むぞ…ルフィアス…」
国王の呟きは低く空に響く。