SS09 「ピラミッド・ソング」
机の上にピラミッドがあった。多数のハンバーガーを積み上げたものだ。
一辺が5個ずつ置かれた正方形を一番下にして、その上の段は1つ少ない。1個になるまで、その繰り返し。全部で何個あるのか考えようとしてやめた。植物標本の整理を徹夜で行い、別棟の貯蔵庫内から帰ってきたばかりなのだ。分類すべき標本は山程ある。整理され、調和のとれた静かな状態には程遠い。
どうせ、他の研究室の連中が行った悪ふざけだろう。俺は椅子に倒れこんだ。肉は嫌いだって言っているのを知っているだろうに。……いや、知っているからこそか。
その時あることに気付いた。
ピラミッドは完全にハンバーガーで埋めつくされているわけではなかった。向かって正面の底辺に穴が一ヵ所開いている。まるで入り口のように。そこには一枚の写真が置かれていた。
俺が机の奥底にしまい込んでいた写真だ。
俺が院生として所属する研究室のゼミ生であった木村カエデが失踪したのは半年前のことだ。世間を騒がすバラバラ殺人鬼に殺されたのではないかと噂されているが、皆俺の前ではその可能性には触れようとしない。彼女が俺に好意を持っていたのは本当だが、恋人だったわけではない。確かに彼女は美しかったが、秩序だった考え方はできなかった。華やかな交友関係を持ち、研究室の仕事は手早くこなしていた。だが、その笑顔が目障りに感じることが多かった。彼女はこの研究室で俺に話しかける唯一の人間で、俺が定期的に会話を行う唯一の人間だったとしてもその評価は変わらない。
……この悪ふざけはやり過ぎだ。
俺は肉のピラミッドの前に置かれた彼女の写真に手を伸ばした。
だが、写真は別のものに奪われた。それは無数の小さなペンギンだった。豆粒ほどの白黒の鳥類。ピラミッド内から現れたそれらは一様に小さな声で喚きながら写真に群がっていた。鳴き声は「肉、肉」と連呼しているように聞こえた。摘まんだ写真にペンギン達は写真にしがみつき、切り刻んだ。そして破片を持ってピラミッド内に駆け込んでいった。
ペンギン達全てが入ったと同時に重い扉が閉まるような金属音がしたのを確かに聞いた。
俺は慌ててピラミッドを崩した。だがそこには何もなかった血に飢えたペンギン達も切り刻まれた写真も。あるのは無数のハンバーガーだけ。俺はあることが気になった。
標本保管用の貯蔵庫がある棟は大学内でも最も古い建物だ。内部が改装されているとはいえ飾りのないコンクリートの建物は巨大な墓石のような印象を抱かせる。俺は−10℃に設定された貯蔵庫の鍵を開けた。乾燥しているので長時間いない限り寒いとは感じない。ただ植物標本の奥に積まれた金属容器を触った時は冷たさが肌に染み込んだ。
……ああ、大丈夫だ。
俺は細切れの彼女が入った容器を抱きしめた。丁寧に解体された彼女は、生物を超えた美しさを持つ。無駄な言葉も吐かない。永遠に保存されるべき純粋さの結晶だ。
俺の背後で扉が閉まる音がした。
鍵のかかる音とペタペタと何かが走り去る音。
振り返ると、貯蔵庫には一つ、ハンバーガーが落ちていた。