大群衆は、はたと立ち止まった――
ふと、思い付きました。
そして勢いで書きました。
「奴等をこの島から追い出せ!」
「この島は俺達人間のものだ!」
耳を塞ぎたくなる内容のヘイトスピーチ。掲げられた、同内容のプラカード。人間達は大群衆となって街道をデモ行進していた。
広い広い大海原にポツンとある、大きな島。
島には二つの国があった。人間が暮らす北国と、エルフが暮らす南国である。
二つの国の仲は最悪で、事あるごとにいざこざが起きた。
その中でも最大の要因が、国境である。
かつて北国、南国の間に急峻で横長の山脈があった。この頃も、二国の仲はかなり悪く、よく揉め事が発生していたが、今ほどではない。二国は山脈を国境と定めていたからだ。
それから長い年月が経過し、二国は豊かになっていった。産業革命が起き、国内総生産は競うようにして上昇していき、人口もどんどん増えていった。
土地が足りなくなってきたので、両国ともに山脈や海岸を開発していったのだが、これがまずかった。
領土を拡げるため山脈を切り崩して、平地を造り、その過程で出てきた土砂や岩盤を人工海岸の建造に回す。長年これをし続けていったため、当然の事ながら、国境代わりともいえた山脈はすっかり平地になってしまい、どこまでが国境なのか区別がつかなくなってしまったのだ。
何度か南北会議なるものを開催して国境について話し合うものの、両国とも自国の有利になるように設定しようとするため、なかなか定められなかった。
こうしている内に様々な問題が起きて、南北間の緊張は日増しに高まり、国民の不満も高まり、遂にはデモが起きるまでに至った。このデモは言うまでもなく「宣戦デモ」である。
「南のやつらを追い出せ!」
「皆殺しにしろ!」
日を増すごとに規模が膨れ上がってゆくデモ行進。
デモ隊は今、北国の国政の中心である国会議事堂へ向かっていた。
その数、凡そ数千人。
「戦争だ!」
「北国は宣戦布告すべき!」
道路という道路がすべて大群衆の波に飲まれてゆく。当然の事ながら交通機関は麻痺し、店は休業、会社も休業することとなった。
未だかつて無い、大規模なデモ行進。
――そして、デモ隊は遂に国会議事堂の前に辿り着いた。
「戦争だ!」
「戦争だ!」
デモ隊は国会議事堂を取り囲む。一応、警備隊の方々がデモを鎮圧しようと出撃したのだが、多勢に無勢――あっけなく大群衆の波に飲まれた。
「今すぐ宣戦布告!」
「国境などいらん!」
国会議事堂に押し掛けてくるデモ隊をこれまた警備隊が防ごうとするが、多勢に無勢――あっさりと押し負けてしまった。
そして国会議事堂内にデモ隊が押し入ろうとしたその時――
「静粛に!!」
デモの参加者は次々と面を上げる。そしたら――
なんと、大統領が議事堂のてっぺんに仁王立ちしているではないか!
大統領はにこやかに手を振り、側に置いてある超大型メガホンを手に取った。
「国民の皆さん、おはようございます! そして伝えるべき事があります! 先程の閣議で決定しましたので、私の口から話させてもらいます。我々、北国は南国に対し――」
ゴクリと、息を飲む大群衆。
大統領は深く息を吸って、言った。
「――宣戦布告することとなりました!!」
「ワアアァァァァ!!」と大群衆から大歓声が沸き起こった。大ボリュームの大歓声によって近くの建物の窓ガラスが次々と割れていく。だが、それを気に留めるものはいない。
これで南国とのいざこざに決着がつく――
大群衆が思ったその時、「そして!」と大統領が人指し指を上げた。
大統領に注目する大群衆。
大統領はゴホンと咳払いをすると、眼下の大群衆に向かって言った。
「あなた方、勇気あるデモ隊の方々には、戦いの“前線”に行ってもらいます!!」
大群衆は、はたと立ち止まった――。
先程の大歓声が嘘だったかのように、大群衆はしんと静まり返った。
大統領は続ける。
「この北国の為を思ってデモ行進をし、宣戦を主張するあなた方なら、“前線”で奮闘し、南国との戦争に必ずや勝ってくれると私は信じています!
さあ、皆さん!
その思い、その主張、その活力を南国にぶつけていってください!!
(ここで大統領が拳を振り上げる)
我々、北国民の手を!
彼らエルフの血で染め上げ!!
自由を手にしようではありませんか!!!」
大群衆は互いに顔を見合せた。
そして――
一斉に大統領に向かって叫んだ。
「そんなのは、軍隊のやる事だ!」
結局――
北国と南国の間に特に大きな争いは起こらず、再び競うようにして経済成長していった。
仲は悪いままだが、幾分かマシになった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。