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チャージ・タイム  作者: 有未


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第五章【星】

 六日目の夜、夕食とお風呂を済ませた私達は、


「今日、布団にしない?」


 という晴海の一言で、リビング横の部屋に並べて布団を敷くことにした。私は自分の部屋で寝起きしていたし、晴海は妹の部屋を使っていたみたいだったので、一緒に眠ることは初めてだった。今までずっとベッドを使っていた私は、布団で眠ることは新鮮に思えた。また、誰かの隣で眠るということも同様だ。


 部屋の灯りを一番小さくして、私達は隣同士に並び、横になる。七月初旬の夜は静寂だけで染め上げられ、しばらくの間、お互い示し合わせたかのように一言も口を開かなかった。あまりにも静かな中で、ただ天井を見つめていると、ふと天井が今にも落ちて来るような気すらした。


「ねえ、夏海」


 先に沈黙を破ったのは晴海だった。私は張り詰めていた緊張のようなものが解けて、何となくほっとする。


「夏海は、きっとこれからも長いような短いような時間の中を生きて行くのね」


「晴海?」


「意味のないことは一つだってないと思う。でも、あまり深く考え過ぎないで。その方がいい時もあるし、だけど、その逆の方がいい時もある。考えずに動くしかない時の方が実際は多いかもしれない。その重みに耐え切れなくなる前に」


 晴海は天井を見つめたまま、淀みのない川のように話し続けた。


「過ぎたことの中にも沢山、拾い出せることはあると思うし、これから見付けて行けることも多いと思うの。誰だって幸せになりたいし願い事も持っているけど、実現するには長い時間が掛かるから諦めてしまう人がほとんど。一歩手前で自分を満足させて、満たされたと思い込む。うまく自分と折り合いを付けてしまう。それも必要な時はあると思う。だけど、そうすべきではない時を夏海には見極めてほしい」


「ねえ、晴海」


「一緒に暮らしてみて、夏海がきっと大丈夫だって分かったから良かった。色々、やってみたいこと、知りたいこと、手を伸ばしてみて。せっかく生まれたんだもの。ね?」


 そこでようやく晴海はこちらを見た。


「晴海、どこかに行くの?」


 晴海は質問には答えなかった。


「眠くなくなっちゃった」


 代わりにそう言って微笑み、「夏海は?」と尋ねた。「そうだね」と言うと、晴海は静かに起き上がり、窓際へと歩いて行く。そして、そっとカーテンを引いた。


「夏海、見て。星がすごく綺麗」


 振り向いた晴海は少しだけ首を傾け、私を誘うように告げた。晴海の隣に並んで立ち、窓ガラス越しに夜空を見上げると、メレダイヤのような星が幾つも幾つもさざめくように輝いていた。


「そういえば、今日は七夕ね」


「そうだったね」


「眠れないし、七夕飾り、作らない?」


「うん、そうだね」


 日付が変わったばかりの七月七日、私達二人はリビングのテーブルを挟んで七夕飾りを作った。普段あまり使わない鋏や糊、様々な色の折り紙を並べて。


「輪っか繋ぎかな、とりあえず」


「あとは短冊ね」


「晴海は願い事、何にするの?」


「何にしようかなあ」


 他愛ない会話が夜の室内に溶けて消える。私は、どこか儚い予感めいたものを感じていた。それでも、このささやかな時間が、私にはとても嬉しかった。


 私達は色取り取りの折り紙を使ってカラフルな輪繋ぎを幾つも作り、短冊を作り、黄色い折り紙を星の形に切り抜いた。それらを飾る時になって笹がないことにお互い気が付いたが、カーテンレールから下げればいいということで事なきを得た。まるで小さい頃のお誕生日会を思わせる窓際の様子に、私は思わず少し笑った。


 そっと窓を開けると微かに冷たい空気が室内へと入り込んで来る。だが、確かにそれは熱を帯びており、夏の訪れを私達に教えていた。


「本当に綺麗だね」


「そうね」


 私達は同じ場所から同じ空を見上げ、言った。さらさらと吹く風が輪飾りや短冊を揺らし、小さな音を立てる。


「今年は晴れたから会えたのかな」


「でも、宇宙に雨はないからね。毎年会えているんじゃないかしら」


「そっか、世界中が雨でも関係ないんだね」


「そうよ。意外と、そういう気が付きそうで気が付かないことって多いかもしれないね」


 ふと夜空から目を離し、室内を振り返ると、夜目にも色鮮やかな七夕飾りが夢のかたまりのように見えた。晴海も、それを振り返る。そして二人で、また夜空を眺めた。


「本当に綺麗ね」


「うん」


 晴海の言葉に頷きながら、私は、そっと横目で晴海を見た。晴海の横顔は、どこか安心したような、納得したような、穏やかな面持ちをしていた。不意に私の心情を押し流すように、ざあっと一陣の風が吹く。七夕飾りが音を立てて揺れた。晴海の黒髪も揺れる。


「晴海は、短冊に何て書いたの?」


「夏海は?」


 私が言い迷う様子を見せると、「明日、見よう」と晴海が言った。「そうだね」と私は言った。けれど、晴海との明日はどうしてか、もう来ないような気がしていた。


 しばらく星を眺めた後、私達は並んで眠りに就いた。そして朝が来て起きた時、私の隣に晴海の姿はなかった。家のどこにも、晴海はいなかった。ただ、今までの出来事が決して夢ではない証のように、窓際には七夕飾りがあり、サイドテーブルの上には五本の向日葵が咲いていた。昨日――とは言っても日付は変わっていたが――星がとても美しかったこと、夜風が透き通っていたこと、晴海と話したあの夜を、彼女と出会った約七日間の時間を、私は忘れないだろう。

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