第三章【不自然】
晴海と出会って三日が過ぎた。その間、変わらず陽は昇り朝はやって来るし、陽は沈み夜はやって来る。だが、人の気配を感じられないことに変化はなかった。とんとん、と部屋の扉がノックされる。相手は分かり切っていた。返事をすると予想通り、晴海が顔を出す。
「そろそろ夕食を作ろうかと思ってるんだけど、気分転換に散歩でも行く?」
「ううん、いい」
「そう? じゃあ、夕食が出来たら呼ぶね」
「うん」
短い会話は終わり、そっと扉が閉められる。私は元の通りに膝上に置いていた本へと目を戻す。それはもう幾度も読み返した古い小説だった。家にある本は今までに一度は読んでしまっている。かと言って、新しい本を買いに行く気分にもなれなかった。私は、あの嘘めいた街中を歩くことが、たとえ晴海と一緒だとしても怖かったのだ。
三日前に買った――厳密にはそう言えないのかもしれないが――向日葵は今もリビングで綺麗な花を咲かせている。きっと晴海が水切りをこまめにしているのだろうと思う。
私は夏の生まれで、だからなのか、夏の太陽のような向日葵がとても好きだ。花屋に行った時も、向日葵はすぐに目を引いた。だが、この部屋の窓から見える景色に未だ人が見えたことは、この三日の間に一度もないし、鳥の声も蝉の声も一度も聞こえて来ない。このような空恐ろしい現実の中、色鮮やかにその姿を誇るようにリビングで花開いている向日葵を見ると、大好きな花だとは言っても、何か言い様のない怖さのようなものを感じてしまう。
同様に、太陽や月にも同じものを感じていた。それらは、いつもの様相を呈しているだけなのかもしれない。だが、逆にその自然さが不自然だった。人も、その他の生物も、いない。私と晴海という女性だけが、この家で生活をしている。
晴海は最初に出会った時に言った。一夜限りの夢のような時間だ、と。だが、もう三日が経つ。私はいつになったら元の日常に戻ることが出来るのだろうか。あるいはまさか、このままここで、彼女と二人で?
網戸から入り込んだ夏の夕刻の微風が、ひらひらと蝶のように本のページを揺らした。私は本を閉じ、のろのろと立ち上がって網戸越しに外を眺めた。やはり人っ子一人、いなかった。空には少し気の早い三日月が、まるで私を笑うかのように昇っていた。
階下から、夕食が出来たと晴海の呼ぶ声がする。窓を閉め、部屋を出て、階段を下りる。リビングには、もう見慣れた春の陽射しのような微笑みで迎える晴海の姿があった。私達は二人きりで夕食を食べる。それはとてもおいしいものだったのだが、不安と困惑にぐるぐると脳味噌を掻き混ぜられるような感覚が和らぐことは決してなかった。白いサイドテーブルに飾られた五本の向日葵が、まるでその私の色合いを強めるかのように金色を美しく放っている。私にはそう見えた。




