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特異点 -特殊怪異対策庁第10課-  作者: 霜月真
一章 マモリガミ
7/20

7 授業

11月28日 福岡県 特殊怪異対策庁

    第10課管理区画 講義室 AM09:30


……体が痛い。

 全身が、きしむ。

 腕を動かすだけで悲鳴を上げる筋肉。

 「……筋肉痛だな……」


 毎日の地獄の訓練の代償だった。


 『……ぼろぼろ……』

 マモリガミまで同情してくる。


◆ ◆ ◆


連れてこられたのは、意外にも—教室だった。

 黒板。  机。  椅子。

 まるで学校。


 ……ただし、防弾仕様で、壁が異様に厚い。


 「なんでここだけ普通なんだよ……」


 逆に怖い。


 前に立っているのは、虫喰アラタ。

 白衣。

 コーヒー片手。

 完全にやる気がない。


 「はーい、おはようございまーす」

 「今日の担当、天才分析官・虫喰でーす」


 俺たちを見回して、にやっと笑う。

 「今日はね〜」 「君が“生き残るための授業”するよー」


 ……物騒すぎる導入だった。


 黒板に、チョークで雑に書く。

 【世界は三層構造】


 「まず基本ね」

「この世界は——三つの“層”でできてまーす」


 指で順番に示す。

 「①現実層」

 「②記憶層」

 「③深層」


 「君たちが生きてるのが現実層」

 「今ここ」


 机をトントン叩く。


◆ ◆ ◆


 「で、記憶層」

 黒板に落書き。

 ぐちゃぐちゃの雲。


 「人間の後悔」

 「未練」

 「怒り」

 「恐怖」

 「そういう感情のゴミ捨て場」


 「……ゴミ捨て場?」


 「うん」

 「巨大なメンタル不燃物処理場」


 ひどい。


 「だからここから、怪異がよく湧く」


◆ ◆ ◆


 「最後、深層」


 今度は真っ黒に塗る。


 「ここはヤバい」


 即断。

 「神とか」

 「悪魔とか」

 「正体不明のナニカとか」

 「よく分からん奴らの巣窟」


 「研究班も、半分諦めてる」


 さらっと怖い。


 「で——怪異とは何か?」


 虫喰は、くるっと振り返る。

 「簡単に言うとね」

 「“歪んだ感情や存在が、形を持ったもの”」


 「元人間もいれば」

 「概念だけの奴もいる」

 「元・神様もいる」


 ちらっと俺を見る。


 「君の相棒みたいなのもね」


 『……?』


◆ ◆ ◆


 「さて、本題」

 黒板を消す。


 【怪異分類:1号〜10号】

 大きく書いた。


◆ ◆ ◆


 「まず1号」

 【1号:武具型】

 「人が使える怪異」

 「剣とか銃とか鎧とか」

 「赤霧さんとか僕らの装備もこれね」

 「比較的安全」

 「……比較的ね」


 不穏。


◆ ◆ ◆


 「2号」

 【2号:怪異物】

 「呪われた人形とか」

 「鏡とか」

 「家とか」

 「触ったら死ぬ系」


 軽く言うな。


◆ ◆ ◆


 「3号」

 【3号:通常怪異】

 「いわゆる“モンスター”」

 「一番数が多い」

 「新人キラー」


 「……新人キラー?」


 「死ぬから」

 即答。


◆ ◆ ◆


 「4号」

 【4号:群体型】

 「集団で一個体」

 「虫の群れとか」

 「霧とか」

 「倒したと思ったら増える」


 最悪。


◆ ◆ ◆


 「5号」

 【5号:上級怪異】

 「知能あり」

 「戦術あり」

 「交渉あり」


 「この前の《潮喰い》もここ」


 俺は背筋が凍る。

 「……あれで中堅?」


 「中堅だね」


 笑顔で言うな。


◆ ◆ ◆


 虫喰は、チョークを回しながら続けた。

 「ここから先は——“災害指定”クラス」

 空気が変わる。


◆ ◆ ◆


 「6号」

 【6号:領域型】

 「一定範囲を丸ごと怪異化するタイプ」

 「街一つが、地獄になる」


 ……想像したくない。


◆ ◆ ◆


 「7号」

 【7号:ミーム汚染型】

「見るだけ」「聞くだけ」「知るだけで感染」


 「考えが書き換わるやつ」


 「……最悪じゃないですか」


 「最悪だよ」

 即答。 


◆ ◆ ◆


 「8号は省略」  「国家案件だから」

 さらっと飛ばすな。


◆ ◆ ◆ 

 「9号」

 【9号:神格模倣型】

 「神様っぽい何かになる」

 「奇跡っぽいこと起こす」

 「でも中身はバグ」


 怖すぎる。


◆ ◆ ◆


 「で、10号」

 黒板に、ゆっくり書く。

 【10号:神格降臨型】

 「完全な“向こう側の存在”」

 「現実に定着したら終わり」

 「人類、詰み」

 教室が静まり返る。


◆ ◆ ◆

 虫喰は、俺を見る。

 少しだけ真面目な顔。

 「ちなみにね」


 「マモリガミが——」

 「歪まずに」

    「侵食率100%で」

       「完全顕現したら」

 指で10号を叩いた。

 「ここだね」


 ……え?

 『……!?』


 俺とマモリガミ、同時に固まる。

頭が、真っ白になる。

 10号。

 人類終了。

 世界崩壊。


 ……そんなの。

 俺の人生設計に、

 一ミリも入ってない。


 俺はただ——

 普通に働いて。

 普通に笑って。

 普通に年取って。


 ……死にたかっただけなのに。


◆ ◆ ◆


 「安心して」

 また軽い笑顔に戻る。

 「今は、全然そこまで行ってない」

 「だから、ちゃんと制御しよ?」


 「失敗したら——」

 肩をすくめる。


 「世界、終わるだけだから」


 ……軽く言うな!!


◆ ◆ ◆


はぁ、帰れたら。

 こんなしがらみが終ったら


 ——ラーメン屋、行こう。

 ずっと気になってた、

 駅前の新しいとこ。


 そんなことで、

 少し安心してる俺は—— 


 たぶん、

 まだ現実が見えてない。



―――――――――――――――――――――




11月28日 福岡県 特殊怪異対策庁

第10課管理区画 地下五階特別会議室。同時刻


◆ ◆ ◆


 円卓には、二人だけ。

 東雲。  黒野。

 壁には、赤い文字。

 【機密指定】


◆ ◆ ◆


 東雲が資料を投影する。

 【適合者:村野智也】  【侵食率:41.2%】

 上がっていた。


◆ ◆ ◆


 黒野が淡々と言う。

 「予定より早いですね」


 「……処分ラインまで?」

 東雲が聞く。


 「半年以内」

 即答。


 沈黙。

 東雲は、目を閉じた。

 「……赤霧には?」


 「知らせません」  黒野。

 「感情的になります」


 東雲は、小さく笑った。

 「……皮肉だねぇ」

「救うために拾った人間を」 「いずれ、殺す」


 黒野が言う。

 「必要な犠牲です」

 冷たい声。

 「彼は“爆弾”です」


 東雲は、資料を閉じた。

 「処分方法はどうしようか?」


 黒野が答える。

 「4課に依頼します。」


 東雲は、視線を落とす。


 「……まだ、猶予を」黒野。


 「無理だね、早いほうがいいよ」

 即答だった。


◆ ◆ ◆


 会議室の灯りが落ちる。

 ——処刑準備は、静かに始まっていた。


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