7 授業
11月28日 福岡県 特殊怪異対策庁
第10課管理区画 講義室 AM09:30
……体が痛い。
全身が、きしむ。
腕を動かすだけで悲鳴を上げる筋肉。
「……筋肉痛だな……」
毎日の地獄の訓練の代償だった。
『……ぼろぼろ……』
マモリガミまで同情してくる。
◆ ◆ ◆
連れてこられたのは、意外にも—教室だった。
黒板。 机。 椅子。
まるで学校。
……ただし、防弾仕様で、壁が異様に厚い。
「なんでここだけ普通なんだよ……」
逆に怖い。
前に立っているのは、虫喰アラタ。
白衣。
コーヒー片手。
完全にやる気がない。
「はーい、おはようございまーす」
「今日の担当、天才分析官・虫喰でーす」
俺たちを見回して、にやっと笑う。
「今日はね〜」 「君が“生き残るための授業”するよー」
……物騒すぎる導入だった。
黒板に、チョークで雑に書く。
【世界は三層構造】
「まず基本ね」
「この世界は——三つの“層”でできてまーす」
指で順番に示す。
「①現実層」
「②記憶層」
「③深層」
「君たちが生きてるのが現実層」
「今ここ」
机をトントン叩く。
◆ ◆ ◆
「で、記憶層」
黒板に落書き。
ぐちゃぐちゃの雲。
「人間の後悔」
「未練」
「怒り」
「恐怖」
「そういう感情のゴミ捨て場」
「……ゴミ捨て場?」
「うん」
「巨大なメンタル不燃物処理場」
ひどい。
「だからここから、怪異がよく湧く」
◆ ◆ ◆
「最後、深層」
今度は真っ黒に塗る。
「ここはヤバい」
即断。
「神とか」
「悪魔とか」
「正体不明のナニカとか」
「よく分からん奴らの巣窟」
「研究班も、半分諦めてる」
さらっと怖い。
「で——怪異とは何か?」
虫喰は、くるっと振り返る。
「簡単に言うとね」
「“歪んだ感情や存在が、形を持ったもの”」
「元人間もいれば」
「概念だけの奴もいる」
「元・神様もいる」
ちらっと俺を見る。
「君の相棒みたいなのもね」
『……?』
◆ ◆ ◆
「さて、本題」
黒板を消す。
【怪異分類:1号〜10号】
大きく書いた。
◆ ◆ ◆
「まず1号」
【1号:武具型】
「人が使える怪異」
「剣とか銃とか鎧とか」
「赤霧さんとか僕らの装備もこれね」
「比較的安全」
「……比較的ね」
不穏。
◆ ◆ ◆
「2号」
【2号:怪異物】
「呪われた人形とか」
「鏡とか」
「家とか」
「触ったら死ぬ系」
軽く言うな。
◆ ◆ ◆
「3号」
【3号:通常怪異】
「いわゆる“モンスター”」
「一番数が多い」
「新人キラー」
「……新人キラー?」
「死ぬから」
即答。
◆ ◆ ◆
「4号」
【4号:群体型】
「集団で一個体」
「虫の群れとか」
「霧とか」
「倒したと思ったら増える」
最悪。
◆ ◆ ◆
「5号」
【5号:上級怪異】
「知能あり」
「戦術あり」
「交渉あり」
「この前の《潮喰い》もここ」
俺は背筋が凍る。
「……あれで中堅?」
「中堅だね」
笑顔で言うな。
◆ ◆ ◆
虫喰は、チョークを回しながら続けた。
「ここから先は——“災害指定”クラス」
空気が変わる。
◆ ◆ ◆
「6号」
【6号:領域型】
「一定範囲を丸ごと怪異化するタイプ」
「街一つが、地獄になる」
……想像したくない。
◆ ◆ ◆
「7号」
【7号:ミーム汚染型】
「見るだけ」「聞くだけ」「知るだけで感染」
「考えが書き換わるやつ」
「……最悪じゃないですか」
「最悪だよ」
即答。
◆ ◆ ◆
「8号は省略」 「国家案件だから」
さらっと飛ばすな。
◆ ◆ ◆
「9号」
【9号:神格模倣型】
「神様っぽい何かになる」
「奇跡っぽいこと起こす」
「でも中身はバグ」
怖すぎる。
◆ ◆ ◆
「で、10号」
黒板に、ゆっくり書く。
【10号:神格降臨型】
「完全な“向こう側の存在”」
「現実に定着したら終わり」
「人類、詰み」
教室が静まり返る。
◆ ◆ ◆
虫喰は、俺を見る。
少しだけ真面目な顔。
「ちなみにね」
「マモリガミが——」
「歪まずに」
「侵食率100%で」
「完全顕現したら」
指で10号を叩いた。
「ここだね」
……え?
『……!?』
俺とマモリガミ、同時に固まる。
頭が、真っ白になる。
10号。
人類終了。
世界崩壊。
……そんなの。
俺の人生設計に、
一ミリも入ってない。
俺はただ——
普通に働いて。
普通に笑って。
普通に年取って。
……死にたかっただけなのに。
◆ ◆ ◆
「安心して」
また軽い笑顔に戻る。
「今は、全然そこまで行ってない」
「だから、ちゃんと制御しよ?」
「失敗したら——」
肩をすくめる。
「世界、終わるだけだから」
……軽く言うな!!
◆ ◆ ◆
はぁ、帰れたら。
こんなしがらみが終ったら
——ラーメン屋、行こう。
ずっと気になってた、
駅前の新しいとこ。
そんなことで、
少し安心してる俺は——
たぶん、
まだ現実が見えてない。
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11月28日 福岡県 特殊怪異対策庁
第10課管理区画 地下五階特別会議室。同時刻
◆ ◆ ◆
円卓には、二人だけ。
東雲。 黒野。
壁には、赤い文字。
【機密指定】
◆ ◆ ◆
東雲が資料を投影する。
【適合者:村野智也】 【侵食率:41.2%】
上がっていた。
◆ ◆ ◆
黒野が淡々と言う。
「予定より早いですね」
「……処分ラインまで?」
東雲が聞く。
「半年以内」
即答。
沈黙。
東雲は、目を閉じた。
「……赤霧には?」
「知らせません」 黒野。
「感情的になります」
東雲は、小さく笑った。
「……皮肉だねぇ」
「救うために拾った人間を」 「いずれ、殺す」
黒野が言う。
「必要な犠牲です」
冷たい声。
「彼は“爆弾”です」
東雲は、資料を閉じた。
「処分方法はどうしようか?」
黒野が答える。
「4課に依頼します。」
東雲は、視線を落とす。
「……まだ、猶予を」黒野。
「無理だね、早いほうがいいよ」
即答だった。
◆ ◆ ◆
会議室の灯りが落ちる。
——処刑準備は、静かに始まっていた。




