6 訓練
11月25日 福岡県 特殊怪異対策庁
第10課管理区画 自室? AM04:30
目覚ましが鳴るより早く、叩き起こされた。
——ドン!!
「起きろォォ!!」
扉が蹴破られそうな勢いで開く。
反射的に飛び起きた。
「な、何事!?」
立っていたのは、赤霧赫夜だった。
ジャージ姿。 腕組み。 目が据わっている。重装外骨格装備済み。
——嫌な予感しかしない。
「五分で準備しろ」 「遅れたら、訓練倍な」
「鬼ですか!?」
「昨日、アタシが巻き込まれそうだった」 低い声。
「だから今日は、徹底的にしごく」
……私怨じゃん。
◆ ◆ ◆
連れて行かれたのは、地下訓練区画。
体育館三個分はある巨大空間だった。
床は黒い金属。 壁には無数の傷跡。 天井には監視ドローンといくつか武具が刺さっていた。
——戦場じゃん。
「ここが、第10課の実技訓練場だ」
赤霧は中央に立つ。
「今日のテーマは——生存」
「……え?」
「勝ち負けじゃねぇ」 「死なずに立ってろ」
重すぎる。
◆ ◆ ◆
赤霧は、俺の前に立つ。
「村野」
「はい!」
「昨日の戦闘、どう思った?」
「……正直、必死すぎて……」
「だろうな」
ズイ、と距離を詰められる。
「お前、マモリガミに頼りすぎだ」
『……?』
後ろで小さく反応。
「守られてる自覚がねぇ」 「だから、判断が遅れる」
図星だった。
◆ ◆ ◆
赤霧は、床の端末を操作した。
——ガシャン!
周囲の壁が動く。
無機質な人型標的が十体、せり上がる。
目が赤く光る。
「模擬怪異だ」 「本物より優しい」
「……本物って?」
「殺しに来る」
即答やめて。
◆ ◆ ◆
「よし、行け」
「ちょ、待——」
言い終わる前に。
——ドン!!
一体が突進してきた。
「うわっ!?」
反射的に後退。
『……まもる……!』
影が膨らむ。
マモリガミが出かけた瞬間——
「使うな!!」
赤霧の怒号。
——バキィッ!!
模擬怪異が、俺のすぐ横で粉砕された。
……赤霧が殴った。
素手で。
「今のは禁止だ」
「えぇぇ!?」
「今日は“自分で”生きろ」
次の瞬間。
四方八方から襲ってくる。
「うわあああ!?」
転ぶ。 滑る。 ぶつかる。
——ボコッ!
肩に直撃。
「ぐっ……!」
視界が揺れる。
『……まもる……』
「我慢しろ!」
赤霧が叫ぶ。
「頼るな!」 「考えろ!」
息が荒くなる。
足が震える。
頭が真っ白になる。
——このままじゃ、死ぬ。
「……くそっ」
俺は歯を食いしばった。
転がり込む。 柱を使う。 死角に入る。
——避けろ。 逃げろ。 時間を稼げ。
必死に考える。
五分。 十分。 二十分。
いつの間にか、動きが止まった。
模擬怪異、全停止。
俺は床に倒れ込んだ。
「……はぁ……はぁ……」
◆ ◆ ◆
赤霧が近づいてくる。
「……合格」
「え?」
「今日はな」
しゃがんで、目を合わせる。
「昨日な」
「お前の射線の位置に、アタシがいた」
「一歩ズレてたら、死んでた」
静かな声。
「だからムカついた」 「弱い自分にも」 「弱いお前にも」
……重い。
赤霧は立ち上がる。
「いいか」
「守られるだけの奴は、いずれ守れなくなる」
「お前は——」 「戦え」
『……たたかう……』
マモリガミが小さく呟いた。
俺は、床に座ったまま笑った。
「……スパルタすぎません?」
「今さらだ」
肩をすくめる。
「明日は、倍だ」
「やめてください!!」
赤霧は、ほんの少しだけ笑った。
―――――――――――――――――――――
……笑ったと思った、その直後だった。
背中が、ぞくりとした。
——嫌な寒気。
『……きけん……』
『……たたかう……』
マモリガミの声。
低く、鋭い。
『……あのひと……』
「……え?」
俺が聞き返す前に。
影が、勝手に蠢いた。
◆ ◆ ◆
——ズルッ。
足元の影が盛り上がる。
黒い液体みたいに広がり、形を持つ。
骨組み。 肉。 皮膚。
数秒で、“もう一人の俺”が立ち上がった。
——のっぺらぼう。
ひび割れた顔。
黒い霧が漏れる。
顕現。
「……おい」
赤霧が眉をひそめる。
『……きけん……』
マモリガミが赤霧を見据える。
『……ころす……まえに……まもる……』
「待て!!」
俺は叫んだ。
「違う!赤霧さんは敵じゃ——」
聞こえていない。
——ドン!!
床が砕けた。
マモリガミが、一気に距離を詰める。
異様に伸びた腕。
爪のような指。
赤霧の首を狙う。
「チッ」
——ガシッ!!
赤霧は、片手で掴んだ。
……止めた。
怪異の腕を。
「は?」
俺の口から、間抜けな声が出た。
◆ ◆ ◆
「……なるほど」
赤霧が呟く。
「これが、お前の“守護神”か」
『……はなせ……』
影がうねる。
別の腕が生成され、背後から襲う。
——ブン!!
赤霧は、身体を捻る。
回避。
肘打ち。
——ゴン!!
マモリガミの胴体がへこむ。
黒い霧が噴き出した。
『……ッ……!?』
「遅い」
赤霧は踏み込む。
——ドン!
拳。
腹部直撃。
——バキッ!!
衝撃音。
マモリガミが吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられる。
——ズガァァン!!
コンクリが砕けた。
「え……」
俺は、言葉を失った。
怪異が。 殴られて。 壁に埋まった。
……この女人間かよ。
◆ ◆ ◆
『……まも……る……』
ふらふらと立ち上がる。
体が歪む。
影が暴走する。
牙。 鎌。 刃。
形を変えながら突進。
「しつこい」
赤霧は、構えすらしない。
——ガン!!
正面から、頭突き。
マモリガミの顔面に直撃。
ひび割れが走る。
——パキパキ……。
『……あ……』
次の瞬間。
赤霧の回し蹴り。
——ドォン!!
横腹に炸裂。
マモリガミは床を転がる。
何度も跳ねる。
『……ま……も……』
声が、弱々しくなる
「やめろ!!」
俺は叫んだ。
「もういい!!」
◆ ◆ ◆
赤霧は、ピタリと止まった。
拳を止めたまま、俺を見る。
「……止めるか?」
「……はい」
即答だった。
これ以上、見ていられなかった。
赤霧は、ふっと息を吐いた。
「……安心しろ」
「殺さねぇ」
近づいて、影を踏みつける。
——ズン。
マモリガミの動きが止まる。
拘束。
純粋な“力”で。
◆ ◆ ◆
『……ごめ……』
かすれた声。
『……まもれ……なか……』
「違う!」
俺は駆け寄った。
「守ってくれてる!」 「十分だ!」
影が、少しだけ縮んだ。
赤霧は腕を組む。
「覚えとけ、村野」
「コイツは強い」 「でも万能じゃねぇ」
「制御できなきゃ、足手まといになる」
……胸に刺さる。
赤霧は背を向ける。
「次は——」 「コイツと一緒に強くなれ」
「じゃなきゃ、どっちも死ぬ」
俺は、床に座り込んだ。
影を抱き寄せる。
「……ごめんな」
『……いっしょ……つよく……』
小さな声。
震えていた。
——初めて、負けた守護神は。
こんなにも、弱々しかった。




