5 侵食
作戦終了から、三時間後。
俺は、白い部屋にいた。
壁。天井。床。
全部、無機質な白。
自室、というより——隔離室。
「……知ってる天井だ」
ベッドの上で、天井を見つめる。
体はだるい。
頭の奥が、じんじん痛む。
『……つかれた……』
マモリガミも、珍しく静かだった。
◆ ◆ ◆
——コン。
ノック。
東雲が入ってきた。
タブレットを持っている。
「気分は?」
「最悪です」
「正常だねぇ」
軽く笑って、椅子に座る。
◆ ◆ ◆
「まず、結果から言おうか」
タブレットを操作する。
壁に、ホログラムが浮かんだ。
【侵食率:37.4%】
「……高いんですか?」
「高いよ」
即答だった。
「平均適合者は、初陣で20%前後だね」
……倍近い。
◆ ◆ ◆
東雲は、淡々と説明を続ける。
「この世界には、三つの“層”があるんだよ」
画面に図が浮かぶ。
・現実層
・記憶層
・深層
「ぼくたちが生きているのは現実層」
「怪異が生まれるのは、主に記憶層と深層だね」
「……記憶?」
「人間の後悔、恐怖、執着」
「それが沈殿する場所だ」
◆ ◆ ◆
「侵食とは——“向こう側”に近づくこと」
東雲は、俺を見る。
「君の場合、マモリガミと繋がっている」
「つまり——半分、深層に足を突っ込んでいるんだよ」
背中が寒くなる。
「……戻れなくなったり?」
「あるよ」
また即答。
◆ ◆ ◆
「侵食率が50%を超えると、自我が揺らぐ」
「70%で、人格崩壊」
「90%で——怪異化する」
「……元、人間?」
「そうだよ」
《潮喰い》の顔が、脳裏に浮かぶ。
——人の形だった。
「じゃあ、あれも……」
「元は、港で行方不明になった作業員だね」
重すぎる。
◆ ◆ ◆
東雲は、少しだけ声を和らげた。
「だからこそ、管理が必要なんだ」
「適合者は、怪異と戦える」
「だが、同時に——最も危険な存在でもある」
「……爆弾みたいですね」
「正確には、生きてる特異災害だねぇ」
笑えない。
◆ ◆ ◆
「じゃあ、マモリガミは?」
俺は聞いた。
「アイツは……何なんです?」
東雲は、一瞬だけ黙る。
「正式分類は《共生型深層存在》」
「簡単に言えば——守護霊と寄生虫の中間だ、まぁ元神格存在に分類される特殊災厄だがね」
「ひどくないですか?」
『……ひどい……』
後ろで小さく抗議が入る。
◆ ◆ ◆
「共生型の元神格存在は稀少だ」
「君が生きている理由でもある」
「だが——」
東雲の視線が鋭くなる。
「一歩間違えれば、最悪の怪異になる」
「史上最大級の特殊怪異災害は、全部このタイプだった」
……嫌な予感しかしない。
◆ ◆ ◆
沈黙。
しばらくして、東雲が立ち上がった。
「明日から、訓練だ」
「侵食制御」
「能力運用」
「精神耐性」
「全部、叩き込む」
「……逃げたら?」
「拘束だねぇ」
即答三連続。
◆ ◆ ◆
扉の前で、東雲は振り返った。
「村野くん」
「君は今——境界線にいる」
「人か」
「怪異か」
「どちらになるかは——君次第だよ」
扉が閉まる。
◆ ◆ ◆
静寂。
俺は、拳を握った。
「……人で、いたいな」
『……ねがい……まもる……』
小さな声が、重なった。
——こうして、俺の“戦い”は本格的に始まった。




