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特異点 -特殊怪異対策庁第10課-  作者: 霜月真
一章 マモリガミ
4/22

4 顕現


——ぐにゃり。

 視界が、水の中に沈んだみたいに歪んだ。

 音が、遠のく。


 仲間たちの声も、足音も、全部。


 ……まずい。

 胸の奥が、焼けるように熱い。


 『……だめ……まだ……』

 マモリガミの声が、焦っている。

どうやら守れるのは物理的なものだけらしい


 怪異《潮喰い》の“目”が、俺を捉えた。

 無数の視線が、脳の裏側をなぞる。


 ——読まれている。

 記憶。

 後悔。

 恐怖。

 全部、引きずり出される感覚。


◆ ◆ ◆


 「村野ッ!」

 三雲の叫びが、遠くで響く。


 赤霧が前に出る。

 「チッ……精神干渉か!」


 ——ドン!

 銃声。

 衝撃弾が怪異の胴を撃ち抜く。


 だが、効いていない。

 《潮喰い》の身体は、水の塊みたいに歪んで再生する。


 虫喰が舌打ちする。

 「再構成早すぎ! こいつ、かなりヤバいよ!」

焦りながら叫ぶ


◆ ◆ ◆


 俺は、その場に膝をついていた。

 頭の中に、映像が流れ込む。


 ——幼い頃の記憶。

 ——誰にも言えなかった後悔。

 ——普通でいる為に逃げてきた選択。


 「やめろ……見るな……」


 《潮喰い》は、“人だった頃”の顔で笑った。

 「……おまえも……沈んだ……」


 声が、直接脳に響く。

 「……忘れた……ふり……して……」


 呼吸ができない。


◆ ◆ ◆


 『……だまされるな……』

 マモリガミの声が、強くなる。

 『……キミは……まもる……』

 『……わたし……まもる……』


 胸の熱が、爆発する。


 ——ごうっ。

 俺の影が、床に広がった。


 異様な形に、歪みながら。


 東雲の声が無線で飛ぶ。

 「来るぞ……!」


◆ ◆ ◆


 《潮喰い》が、俺に向かって跳んだ。

 水飛沫。

 腐臭。

 無数の目。


 ——近い。


胸の奥が、破裂しそうだった。

 ——もう、無理だ。


 その瞬間。

 俺の影が、勝手に立ち上がった。

 影は、俺と同じ輪郭を持ち始める。

 骨組みができ、肉が付き、皮膚が張る。

 数秒で、“俺に似た何か”が完成した。


 だが——

 顔には、何もなかった。

 目も、鼻も、口もない。

 真っ白なのっぺらぼう。

 その表面に、ひびが走る。

 割れ目から、黒い霧が滲み出す。

 指が、不自然に伸びる。

 関節が逆向きに折れ曲がる。

 影が、背後で牙の形を作った。


 『……まもる……』


 低く、濁った声。

 それは祈りでも、優しさでもない。


 ——執着だった。


◆ ◆ ◆


 ——ズァァン!!

 衝突音。


《潮喰い》が影の牙に弾かれ、壁に叩きつけられる。

 トンネルが揺れる。


 赤霧が目を見開く。

 「……マジかよ」


 虫喰は、半ば呆然。

 「不完全だけど……顕現……?」


 三雲は、すぐに指示を飛ばす。

 「赫夜!」  


 「任せろ!」

 赤霧が突撃。


 重装外骨格の拳が、  怪異の側頭部を叩き潰しはじき飛ばす。

——バゴォン!!

 だが、倒れない。


 再生していく。


 その瞬間。

 マモリガミが、囁いた。


 『……こわす……まもる……』


 違う。  それは守るじゃない。


 ——排除だ。


 マモリガミの影が膨張する。

 天井まで伸び、 牙のついた顎の形になる。


 巨大な影の顎が——

怪異を、噛み砕いた。


 ——ゴシャァッ!!


 粉砕。


 沈黙。


 数秒後。


 崩れ落ちる肉片のような怪異のカケラ。

 俺は、震えながら呟いた。

 「……やりすぎだろ……」


 マモリガミは、ゆっくり振り返る。

 顔のない顔で。


 『……いきてる……まもった……』


 その声は、  どこか——嬉しそうだった。

 そして。


 俺の視界が、暗転した。



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