4 顕現
——ぐにゃり。
視界が、水の中に沈んだみたいに歪んだ。
音が、遠のく。
仲間たちの声も、足音も、全部。
……まずい。
胸の奥が、焼けるように熱い。
『……だめ……まだ……』
マモリガミの声が、焦っている。
どうやら守れるのは物理的なものだけらしい
怪異《潮喰い》の“目”が、俺を捉えた。
無数の視線が、脳の裏側をなぞる。
——読まれている。
記憶。
後悔。
恐怖。
全部、引きずり出される感覚。
◆ ◆ ◆
「村野ッ!」
三雲の叫びが、遠くで響く。
赤霧が前に出る。
「チッ……精神干渉か!」
——ドン!
銃声。
衝撃弾が怪異の胴を撃ち抜く。
だが、効いていない。
《潮喰い》の身体は、水の塊みたいに歪んで再生する。
虫喰が舌打ちする。
「再構成早すぎ! こいつ、かなりヤバいよ!」
焦りながら叫ぶ
◆ ◆ ◆
俺は、その場に膝をついていた。
頭の中に、映像が流れ込む。
——幼い頃の記憶。
——誰にも言えなかった後悔。
——普通でいる為に逃げてきた選択。
「やめろ……見るな……」
《潮喰い》は、“人だった頃”の顔で笑った。
「……おまえも……沈んだ……」
声が、直接脳に響く。
「……忘れた……ふり……して……」
呼吸ができない。
◆ ◆ ◆
『……だまされるな……』
マモリガミの声が、強くなる。
『……キミは……まもる……』
『……わたし……まもる……』
胸の熱が、爆発する。
——ごうっ。
俺の影が、床に広がった。
異様な形に、歪みながら。
東雲の声が無線で飛ぶ。
「来るぞ……!」
◆ ◆ ◆
《潮喰い》が、俺に向かって跳んだ。
水飛沫。
腐臭。
無数の目。
——近い。
胸の奥が、破裂しそうだった。
——もう、無理だ。
その瞬間。
俺の影が、勝手に立ち上がった。
影は、俺と同じ輪郭を持ち始める。
骨組みができ、肉が付き、皮膚が張る。
数秒で、“俺に似た何か”が完成した。
だが——
顔には、何もなかった。
目も、鼻も、口もない。
真っ白なのっぺらぼう。
その表面に、ひびが走る。
割れ目から、黒い霧が滲み出す。
指が、不自然に伸びる。
関節が逆向きに折れ曲がる。
影が、背後で牙の形を作った。
『……まもる……』
低く、濁った声。
それは祈りでも、優しさでもない。
——執着だった。
◆ ◆ ◆
——ズァァン!!
衝突音。
《潮喰い》が影の牙に弾かれ、壁に叩きつけられる。
トンネルが揺れる。
赤霧が目を見開く。
「……マジかよ」
虫喰は、半ば呆然。
「不完全だけど……顕現……?」
三雲は、すぐに指示を飛ばす。
「赫夜!」
「任せろ!」
赤霧が突撃。
重装外骨格の拳が、 怪異の側頭部を叩き潰しはじき飛ばす。
——バゴォン!!
だが、倒れない。
再生していく。
その瞬間。
マモリガミが、囁いた。
『……こわす……まもる……』
違う。 それは守るじゃない。
——排除だ。
マモリガミの影が膨張する。
天井まで伸び、 牙のついた顎の形になる。
巨大な影の顎が——
怪異を、噛み砕いた。
——ゴシャァッ!!
粉砕。
沈黙。
数秒後。
崩れ落ちる肉片のような怪異のカケラ。
俺は、震えながら呟いた。
「……やりすぎだろ……」
マモリガミは、ゆっくり振り返る。
顔のない顔で。
『……いきてる……まもった……』
その声は、 どこか——嬉しそうだった。
そして。
俺の視界が、暗転した。




