3 怪始
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東雲は俺を見る。
「村野くん、ようこそ、特異点へ」
一瞬、意味が分からなかった。
「……歓迎されてるんですか、それ」
「もちろん。取り憑かれてるのに生きてる。
それだけで、十分すごい」
軽い口調なのに、不思議と嘘には聞こえなかった。
◆ ◆ ◆
東雲は卓上端末を操作する。
壁面モニターに、地下構内の映像が映し出された。
薄暗いトンネル。
水たまり。
崩れかけたホーム。
その奥で——何かが、蠢いている。
「今回の対象は、未登録怪異」
東雲が説明する。
「仮称《潮喰い》。
港湾エリアの負の記憶に反応して発生した可能性が高い」
虫喰が補足する。
「失踪者の残留波形と一致してる。
ほぼ確定で“捕食型”だね」
……嫌な単語しか出てこない。
◆ ◆ ◆
三雲が俺を見る。
「村野。あなたは後衛配置です」
「……後衛?」
「赫夜の前に出ない。
能力が暴発すれば、味方が死にます」
はっきり言うな。
「でも、使うんですよね……俺の力」
「使わなければ、あなたが死ぬ」
即答だった。
◆ ◆ ◆
赤霧が立ち上がり、拳を鳴らす。
「準備するぞ」
虫喰も端末を閉じる。
「よーし、初陣だねぇ」
黒野は、俺に小さなケースを渡した。
「侵食抑制剤です。
異変を感じたら即注射してください」
「……効くんですか?」
「六割程度」
微妙すぎる。
◆ ◆ ◆
俺は、思わず聞いた。
「……俺、行かなきゃダメですか」
部屋が静まり返る。
東雲だけが、穏やかに答えた。
「義務ではない」
一拍。
「だが——逃げれば、君は一生“管理対象”だ」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
管理されて生きる。
檻の中で、安全に腐る。
それが“普通”なのか?
頭の奥で、あの声が囁く。
『……まもる……だいじょうぶ……』
……くそ。
選択肢なんて、最初からなかった。
「……行きます」
声は震えていたが、嘘ではなかった。
東雲は、満足そうに頷く。
「決まりだ。出動準備」
◆ ◆ ◆
十分後。
俺は、防護ジャケットと軽装甲を身につけさせられていた。
「重……これ、意味あります?」
「多少はね」
虫喰が笑う。
「精神汚染を二割軽減。
残りは……気合」
「無理だろ」
◆ ◆ ◆
ワゴン車は、博多湾沿いを走った。
夜の港は静かで、不気味なくらい穏やかだった。
コンテナの影が、怪物みたいに並んでいる。
「……ここ、普段こんな静かですっけ」
「異常現象発生時は、だいたいこうなる」
三雲が答える。
「“日常が薄くなる”」
嫌な表現だ。
◆ ◆ ◆
現場についた
三雲は警棒?のようなものを
虫喰はSFチックな拳銃を
赤霧はゴテゴテした小手を装備してた
封鎖トンネル前。
錆びた鉄扉。
警告テープ。
赤霧が殴り飛ばす。
「失礼しまーす」
——ガァン!
派手な音とともに、扉が歪んだ。
「もうちょっと静かに……」
「無理」
即答だった。
◆ ◆ ◆
中は、湿った闇だった。
水滴の音だけが響く。
……いや。
違う。
“何かが、呼吸している”。
背筋が凍る。
俺の胸が、熱を帯びた。
『……ちかい……』
マモリガミの声。
『……あぶない……』
「……います」
思わず呟く。
三雲が即反応した。
「感知?」
「……多分」
虫喰が目を見開く。
「マジ? まだ視認前なのに?」
赤霧がニヤリと笑う。
「当たりだな」
◆ ◆ ◆
闇の奥で、水音が大きくなった。
ずるり、と。
何かが、這い出してくる。
人の形。
だが、顔が溶け、空洞だらけ。
そこから、無数の“目”が覗いていた。
「……あれが、怪異……」
息が止まる。
東雲の声が、通信に入る。
「村野くん」
「……はい」
「君の“物語”は、ここから始まる」
怪異が、こちらを見た。
世界が、歪んだ。




