22 交渉
静寂は、
一秒も続かなかった。
——警報。
甲高い電子音が、
区画全体に叩きつけられる。
赤色灯。
隔壁が下りる音。
副総監は、
床に座り込んだまま、
口の端を歪めて笑った。
「……やはり、そうなるか」
俺は、
一歩下がって、頭を下げた。
「……殴ったことは、すみません」
声は、
自分でも驚くほど冷静だった。
「感情的になりました」
「交渉の余地があるなら——」
副総監は、
立ち上がり、
俺を見下ろす。
「交渉?」
鼻で、笑う。
「物と、話す趣味はない」
その瞬間。
隔壁が開き、
武装した影が流れ込んできた。
——4課執行部隊。
その後ろ。
氷室。
久我。
氷室の声が、
無線越しに響く。
「村野智也」
「即時確保」
「抵抗があれば」
「——処分」
俺は、
ゆっくりと両手を上げた。
「……話をしましょう」
誰も、止まらない。
銃口が向けられる。
発砲。
——ドン。
マモリガミが、
俺の背に回った。
影が、
床を這い、
壁を登る。
『……もう……いい……?』
小さな声。
「……ああ」
「でも」
「襲ってくるやつだけだ」
次の瞬間。
影が、
牙になり、
槍になり、
鎌になる。
執行部隊の先頭が、
声を上げる暇もなく、
床に崩れ落ちた。
血。
赤色灯に照らされて、
黒く見える。
「話をしましょう」
俺は、
倒れた兵士を踏み越えながら言う。
「武器を下ろせば」
「誰も、殺しません」
返事は、
追加の銃声だった。
——ズドン。
影が、
弾丸より速く動く。
喉。
手首。
膝。
急所だけを、
正確に。
「……っ!」
氷室が、
一瞬、目を見開く。
「久我!」
久我が、前に出る。
無言。
踏み込む。
俺は、
その目を見て、言った。
「久我さん」
「あなたは」
「話せる人だと思ってました」
久我は、
答えない。
斬撃。
影の鎌が、
彼の武器を弾き飛ばす。
続く一撃で、
床に沈めた。
——殺していない。
動けないだけ。
「……次」
淡々と。
ただ、
襲ってくる者だけを、
選別する。
叫び。
血。
崩れる影。
それでも俺は、
繰り返した。
「話をしましょう」
「やめてください」
「俺は」
「交渉したいだけです」
返るのは、
銃声と命令だけ。
だから。
鏖殺した。
◆ ◆ ◆
どれくらい、
時間が経ったのか分からない。
気づけば。
立っているのは、
三人だけだった。
俺。
東雲。
副総監。
床には、
動かない人影が転がっている。
血の匂い。
副総監は、
息を荒げながら、
それでも気丈に立っていた。
俺は、
ゆっくりと向き直る。
「……覚えておいてください」
声は、静かだった。
「俺は」
一歩。
「最初から」
もう一歩。
「話をしようとした」
副総監は、
何も言わない。
——言えない。
俺は、
その横にいる東雲を見る。
「東雲さん」
少しだけ、頭を下げる。
「ごめんなさい」
「……これ以上」
「あなたを、
巻き込めません」
マモリガミが、
俺の背にしがみつく。
『……?』
「拘束、お願いします」
東雲の目が、
大きく揺れた。
「……村野」
「10課のみんなにも」
「ごめんなさい、ありがとうって」
「伝えてください」
静寂。
赤色灯が、
ゆっくり回り続けている。
俺は、
その場に立ったまま、
両手を下ろした。
——逃げなかった。
選んだのは、
暴走でも、
服従でもない。
責任だった。
普通を、
奪い返すための。




