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特異点 -特殊怪異対策庁第10課-  作者: 霜月真
アラヒトガミ
21/22

21 選択


 突然、

 ノックもなく、

 扉が開いた。

 空気が、変わる。


 背の高い男。

 濃紺の外套。

 胸元の徽章。

 

 ——副総監。

 上層部。

 現場に来るはずのない人間。


 「……ふむ」

 部屋に入るなり、

 俺を見る前に、

 マモリガミを見た。


 値踏みする目。

 「これが例の」

 「“完全顕現”した神か」

 声に、敬意はない。

 興味だけ。


 東雲が、即座に前に出る。

 「ここは隔離区画ですよ」

 「許可は——」


 「ある」

 副総監は、

 短く遮る。

 「私が許可だ」


 視線が、

 今度は俺に向く。

 「……君が依代か」

 鼻で、笑う。

 「思ったより」

 「安っぽい」


 マモリガミが、

 ぴくりと動く。


 『……?』


 俺の服を掴む力が、

 わずかに強くなる。

 「依代の質が低ければ」

 「神格の出力も、たかが知れている」


 「まぁ」

 肩をすくめる。

 「それでも、

 十分に“使える”がね」


 東雲の声が、硬くなる。

 「……その言い方は」


 「事実だろう?」

 副総監は、

 楽しそうに続ける。

 「神格降臨型」

 「再現性は低い」

 「希少価値は高い」

 「だが」

 俺を見る。

 「依代が壊れれば」

 「替えは利かない」


 「——管理は、重要だ」


 「……俺は」

 口を開きかけた瞬間。


 「喋らなくていい」

 遮られる。

 「君は“人間”じゃない」

 「装置に、

 意思は不要だ」


 マモリガミが、

 小さく、息を吸った。


 『……いや……』


 副総監は、

 気づかない。


 「利益の話をしよう」

 淡々と。

 「神格が安定すれば」

 「領域抑止」

 「大規模怪異の封印」

 「国家間の抑止力」

 「使い道はいくらでもある」


 俺を、

 上から下まで眺める。


 「君一人の人生と」

 「国家規模の利益」


 「——釣り合うと思わないか?」

 笑う。


 「どうせ」

 「普通になど、

 戻れないのだろう?」


 その言葉で。

 胸の奥が、


 ——切れた。


 『……やだ……』


 マモリガミの声が、震える。

 影が、

 床に、

 じわりと広がる。


 『……これ……だめ……』


 副総監が、

 ようやく気づく。


 「おや」

 「反応が——」


 次の瞬間。

 影が、

 命を刈り取る形を取ろうと——


 「やめろ」

 俺が、先に動いた。

 拳を、握る。


 距離は、近い。

 考える前に、

 体が出ていた。


 ——ドン。


 鈍い音。

 副総監の顔面に、

 拳が叩き込まれる。


 身体が、

 後ろへ吹き飛び、

 壁に激突する。


 静寂。


 東雲が、

 目を見開いている。


 副総監は、

 床に倒れたまま、

 呆然としている。


 俺は、

 拳を下ろし、言った。

 「……もういい」


 声は、

 自分でも驚くほど、

 落ち着いていた。


 「俺は」

 「普通を望んでただけだった」


 一歩、前に出る。

 「こいつは」


 膝の上の、

 小さな神を見る。


 「消えたくなかった」

 「生きたかった」


 それだけだ。


 「それを」

 副総監を、

 真っ直ぐ見下ろす。


 「くだらん理由で」

 「踏み潰すなら」


 息を吸う。


 「——奪い返すだけだ」

 「俺たちの“普通”を」


 部屋の影が、

 静かに、

 俺の足元に集まる。


 でも、

 もう暴走じゃない。


 マモリガミは、

 攻撃しなかった。


 ただ、

 俺の背に、

 小さな額を押し付ける。


 『……いっしょ……』


 俺は、

 初めて。


 誰かに言われたからじゃなく。

 守られるからでもなく。


 ——自分で、選んだ。


 「一緒だ」


 副総監の呻き声が、

 床に落ちる。


 この瞬間。

 俺は、

 “依代”でも

 “装置”でもなくなった。


 ——ただの人間として。

 戦うと、

 決めた。


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