21 選択
突然、
ノックもなく、
扉が開いた。
空気が、変わる。
背の高い男。
濃紺の外套。
胸元の徽章。
——副総監。
上層部。
現場に来るはずのない人間。
「……ふむ」
部屋に入るなり、
俺を見る前に、
マモリガミを見た。
値踏みする目。
「これが例の」
「“完全顕現”した神か」
声に、敬意はない。
興味だけ。
東雲が、即座に前に出る。
「ここは隔離区画ですよ」
「許可は——」
「ある」
副総監は、
短く遮る。
「私が許可だ」
視線が、
今度は俺に向く。
「……君が依代か」
鼻で、笑う。
「思ったより」
「安っぽい」
マモリガミが、
ぴくりと動く。
『……?』
俺の服を掴む力が、
わずかに強くなる。
「依代の質が低ければ」
「神格の出力も、たかが知れている」
「まぁ」
肩をすくめる。
「それでも、
十分に“使える”がね」
東雲の声が、硬くなる。
「……その言い方は」
「事実だろう?」
副総監は、
楽しそうに続ける。
「神格降臨型」
「再現性は低い」
「希少価値は高い」
「だが」
俺を見る。
「依代が壊れれば」
「替えは利かない」
「——管理は、重要だ」
「……俺は」
口を開きかけた瞬間。
「喋らなくていい」
遮られる。
「君は“人間”じゃない」
「装置に、
意思は不要だ」
マモリガミが、
小さく、息を吸った。
『……いや……』
副総監は、
気づかない。
「利益の話をしよう」
淡々と。
「神格が安定すれば」
「領域抑止」
「大規模怪異の封印」
「国家間の抑止力」
「使い道はいくらでもある」
俺を、
上から下まで眺める。
「君一人の人生と」
「国家規模の利益」
「——釣り合うと思わないか?」
笑う。
「どうせ」
「普通になど、
戻れないのだろう?」
その言葉で。
胸の奥が、
——切れた。
『……やだ……』
マモリガミの声が、震える。
影が、
床に、
じわりと広がる。
『……これ……だめ……』
副総監が、
ようやく気づく。
「おや」
「反応が——」
次の瞬間。
影が、
命を刈り取る形を取ろうと——
「やめろ」
俺が、先に動いた。
拳を、握る。
距離は、近い。
考える前に、
体が出ていた。
——ドン。
鈍い音。
副総監の顔面に、
拳が叩き込まれる。
身体が、
後ろへ吹き飛び、
壁に激突する。
静寂。
東雲が、
目を見開いている。
副総監は、
床に倒れたまま、
呆然としている。
俺は、
拳を下ろし、言った。
「……もういい」
声は、
自分でも驚くほど、
落ち着いていた。
「俺は」
「普通を望んでただけだった」
一歩、前に出る。
「こいつは」
膝の上の、
小さな神を見る。
「消えたくなかった」
「生きたかった」
それだけだ。
「それを」
副総監を、
真っ直ぐ見下ろす。
「くだらん理由で」
「踏み潰すなら」
息を吸う。
「——奪い返すだけだ」
「俺たちの“普通”を」
部屋の影が、
静かに、
俺の足元に集まる。
でも、
もう暴走じゃない。
マモリガミは、
攻撃しなかった。
ただ、
俺の背に、
小さな額を押し付ける。
『……いっしょ……』
俺は、
初めて。
誰かに言われたからじゃなく。
守られるからでもなく。
——自分で、選んだ。
「一緒だ」
副総監の呻き声が、
床に落ちる。
この瞬間。
俺は、
“依代”でも
“装置”でもなくなった。
——ただの人間として。
戦うと、
決めた。




