20 決定
それから、しばらく。
隔離生活は、
奇妙な安定を見せていた。
朝。
起きる。
簡単な訓練。
短い授業。
食事。
夜。
眠る。
外は知らない。
中は狭い。
でも——
マモリガミは、確かに成長していた。
言葉が、増えた。
「だめ」
「あとで」
「まつ」
最初は真似だったそれが、
やがて、
自分の判断として使われるようになる。
影も、
前ほど荒れない。
怒りより先に、
迷いが生まれる。
それを、
ちゃんと見ている。
——選ぼうとしている。
それだけで、
救われた気がした。
だからこそ
その通達は、
あまりに唐突だった。
昼。
生活ブロック。
ブザー。
三回。
業務用。
嫌な予感は、
もう驚きにならない。
壁面モニターが点灯する。
《通達》
無機質な文字列。
《対象:村野智也》
《および怪異番号11》
《本日付をもって》
《対象の人権を停止する》
——人権。
マモリガミが、
俺の服を掴む。
『……?』
《当該存在を》
《国家管理資源として再分類》
《今後は》
《対怪異抑止・実験・運用目的に供する》
《拒否権は存在しない》
《即時執行》
画面が、消える。
静寂。
呼吸音だけが、
やけに大きい。
『……むらの……』
マモリガミの声が、
震えている。
『……また……とられる……?』
——忘却。
——消失。
過去の記憶が、
蘇っているのが分かる。
俺は、
深く息を吸った。
そして、
ゆっくり言った。
「……来たな」
避けてきた現実。
先送りにしていた答え。
次に来るのは。
交渉か。
強制か。
それとも——
また、選択だ。
マモリガミは、
俺を見上げる。
もう、
ただ守られるだけの存在じゃない。
「……大丈夫だ」
そう言いながら、
自分に言い聞かせる。
「今度は」
「俺たちで、選ぶ」
影が、
床に静かに広がった。
暴れる気配は、ない。
ただ、
待っている。
——次の一手を。
◆ ◆ ◆
隔離区画・生活ブロック。
通達が消えてから、
どれくらい時間が経ったのか。
分からない。
マモリガミは、
俺の袖を掴んだまま、
黙っていた。
——そのとき。
ノック。
短く、二回。
聞き慣れたリズム。
「……入るよ」
東雲だった。
扉が開く。
いつも通りの皺のあるシャツ。
いつも通りの、軽い表情。
でも。
目だけが、
少しだけ疲れていた。
「……来たんですね」
俺が言うと、
東雲は頷いた。
「うん」
「話しておいた方がいいと思って」
マモリガミが、
東雲を見る。
警戒と、わずかな信頼が混じった視線。
東雲は、
その視線を避けずに受け止めた。
「……まず、結論から言うね」
一拍。
「第10課は」
そこで、
ほんの一瞬だけ言葉を選んでから。
「——解体だ」
空気が、止まる。
「正式には、
業務再編に伴う組織整理」
「要するに、
上から“邪魔だ”って言われた」
淡々。
でも、冗談めかす余裕はなかった。
「全員、免職だよ」
マモリガミの指が、
きゅっと強くなる。
『……みんな……いなく……なる……?』
東雲は、
しゃがんで目線を合わせる。
「……仕事としてはね」
「人としては、消えない」
でも。
その言葉が、
どれほど脆いかは、
誰より東雲自身が分かっていた。
「赤霧は」
「どこ行っても生きていける」
「三雲は」
「元々、引く手あまただ」
「虫喰は……まあ」
肩をすくめる。
「研究所が放っておかない」
それでも。
「第10課として」
「君たちのそばにいることは」
「もう、できない」
俺は、
しばらく黙ってから言った。
「……俺のせいですか」
東雲は、
即座に首を振った。
「違う」
「“原因”ではあるけど」
「“罪”じゃない」
視線が、
まっすぐ刺さる。
「君を人として扱おうとした」
「神を、
ただの災厄として切らなかった」
「それが、
上には許せなかった」
沈黙。
遠くで、
設備の作動音が響く。
「……ごめんね」
東雲が、
ぽつりと言った。
「守れると思ってた」
「選択肢を残せると思ってた」
「でも」
笑う。
自嘲気味に。
「俺は、
思ってたより偉くなかったよ」
マモリガミが、
俺の胸に額を押しつける。
『……また……なくなる……』
その声が、
東雲の胸を刺した。
「……いや」
俺は、
はっきり言った。
「なくならない」
マモリガミが、
小さく囁く。
『……いっしょ……?』
俺は、
その問いから、
逃げなかった。
「……ああ」
「一緒だ」
それは、
——覚悟だった。
普通は、もうない。
でも。
奪われきるつもりも、
なかった。




