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特異点 -特殊怪異対策庁第10課-  作者: 霜月真
アラヒトガミ
20/20

20 決定

 

 それから、しばらく。

 隔離生活は、

 奇妙な安定を見せていた。


 朝。

 起きる。

 簡単な訓練。

 短い授業。

 食事。

 夜。

 眠る。


 外は知らない。

 中は狭い。


 でも——

 マモリガミは、確かに成長していた。


 言葉が、増えた。

 「だめ」

 「あとで」

 「まつ」

 最初は真似だったそれが、

 やがて、

 自分の判断として使われるようになる。


 影も、

 前ほど荒れない。


 怒りより先に、

 迷いが生まれる。


 それを、

 ちゃんと見ている。


 ——選ぼうとしている。

 それだけで、

 救われた気がした。


 だからこそ

 その通達は、

 あまりに唐突だった。


 昼。

 生活ブロック。


 ブザー。

 三回。

 業務用。


 嫌な予感は、

 もう驚きにならない。


 壁面モニターが点灯する。

 《通達》

 無機質な文字列。


 《対象:村野智也》

 《および怪異番号11》

 《本日付をもって》


 《対象の人権を停止する》


 ——人権。


 マモリガミが、

 俺の服を掴む。


 『……?』

 《当該存在を》

 《国家管理資源として再分類》

 《今後は》

 《対怪異抑止・実験・運用目的に供する》

 《拒否権は存在しない》


 《即時執行》


 画面が、消える。


 静寂。


 呼吸音だけが、

 やけに大きい。


 『……むらの……』

 マモリガミの声が、

 震えている。


 『……また……とられる……?』


 ——忘却。

 ——消失。


 過去の記憶が、

 蘇っているのが分かる。


 俺は、

 深く息を吸った。

 そして、

 ゆっくり言った。


 「……来たな」


 避けてきた現実。

 先送りにしていた答え。


 次に来るのは。

 交渉か。

 強制か。


 それとも——


 また、選択だ。


 マモリガミは、

 俺を見上げる。


 もう、

 ただ守られるだけの存在じゃない。


 「……大丈夫だ」

 そう言いながら、

 自分に言い聞かせる。


 「今度は」

 「俺たちで、選ぶ」

 影が、

 床に静かに広がった。


 暴れる気配は、ない。

 ただ、

 待っている。


 ——次の一手を。


◆ ◆ ◆


 隔離区画・生活ブロック。

 通達が消えてから、

 どれくらい時間が経ったのか。


 分からない。

 マモリガミは、

 俺の袖を掴んだまま、

 黙っていた。


 ——そのとき。


 ノック。

 短く、二回。

 聞き慣れたリズム。


 「……入るよ」

 東雲だった。


 扉が開く。

 いつも通りの皺のあるシャツ。

 いつも通りの、軽い表情。


 でも。

 目だけが、

 少しだけ疲れていた。


 「……来たんですね」

 俺が言うと、


 東雲は頷いた。

 「うん」

 「話しておいた方がいいと思って」


 マモリガミが、

 東雲を見る。

 警戒と、わずかな信頼が混じった視線。


 東雲は、

 その視線を避けずに受け止めた。

 「……まず、結論から言うね」


 一拍。

 「第10課は」


 そこで、

 ほんの一瞬だけ言葉を選んでから。


 「——解体だ」


 空気が、止まる。


 「正式には、

 業務再編に伴う組織整理」


 「要するに、

 上から“邪魔だ”って言われた」


 淡々。

 でも、冗談めかす余裕はなかった。

 「全員、免職だよ」


 マモリガミの指が、

 きゅっと強くなる。

 『……みんな……いなく……なる……?』


 東雲は、

 しゃがんで目線を合わせる。


 「……仕事としてはね」

 「人としては、消えない」


 でも。

 その言葉が、

 どれほど脆いかは、

 誰より東雲自身が分かっていた。


 「赤霧は」

 「どこ行っても生きていける」


 「三雲は」

 「元々、引く手あまただ」


 「虫喰は……まあ」

 肩をすくめる。

 「研究所が放っておかない」


 それでも。

 「第10課として」

 「君たちのそばにいることは」

 「もう、できない」


 俺は、

 しばらく黙ってから言った。


 「……俺のせいですか」

 東雲は、

 即座に首を振った。

 「違う」

 「“原因”ではあるけど」

 「“罪”じゃない」


 視線が、

 まっすぐ刺さる。

 「君を人として扱おうとした」


 「神を、

 ただの災厄として切らなかった」


 「それが、

 上には許せなかった」


 沈黙。


 遠くで、

 設備の作動音が響く。


 「……ごめんね」

 東雲が、

 ぽつりと言った。

 「守れると思ってた」

 「選択肢を残せると思ってた」


 「でも」

 笑う。

 自嘲気味に。


 「俺は、

 思ってたより偉くなかったよ」


 マモリガミが、

 俺の胸に額を押しつける。


 『……また……なくなる……』


 その声が、

 東雲の胸を刺した。


 「……いや」

 俺は、

 はっきり言った。

 「なくならない」


 マモリガミが、

 小さく囁く。

 『……いっしょ……?』


 俺は、

 その問いから、

 逃げなかった。

 「……ああ」

 「一緒だ」


 それは、

 

 ——覚悟だった。


 普通は、もうない。

 でも。

 奪われきるつもりも、

 なかった。


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