2 特異点
黒塗りの車は、街外れの山道を抜け、巨大なコンクリート施設の地下へと入っていった。
外見はただのコンクリの建物の施設。
だが、ゲートを三重に通過した時点で、ここが“普通じゃない場所”だと嫌でも分かる。
「ここが……特異点?」
俺の呟きに、三雲は小さく頷いた。「正式名称 特殊怪異対策庁、第10課管理区画
あなたの“新しい生活圏”です」
……冗談じゃない。
―――――――――――――――――――――
まず通されたのは、白一色の検査室だった。
頭、胸、腕、脚にセンサーを貼られ、ベッドに寝かされる。
周囲では白衣の人間たちが無言で端末を操作している。
その中の一人が、眼鏡をかけた髪を一つ結びにした女性だった。
「医療監察官、黒野才子です」
淡々とした声。
「これから、あなたの精神汚染率と怪異同調率を測定します」
「……汚染?同調?」
「ええ。もう始まっています」
さらっと怖いことを言う。
モニターに、赤と青の波形が映し出された。
「通常値を三割超えています。
このまま放置すれば、半年以内に人格変質が起きるでしょう」
「…人格変質したらどうなるんです?」
「あなたの人格が消滅し、怪異に乗っ取られます。」
俺は思わず声を荒げた。
「は?そんなのどうすればいいんですか!」
黒野は一瞬だけ目を伏せた。
「だから、ここに来たのです」
―――――――――――――――――――――
検査が終わると、個室に案内された。
簡易ベッドと机、監視カメラ付きの部屋。
ほぼ監禁だ。
扉が閉まると、急に現実感が押し寄せてきた。
——俺、誘拐されたんじゃないか?
ベッドに腰を下ろし、頭を抱える。
「……ただ、普通に働いて、給料上げたかっただけなのに……」
神社なんか行かなければ。
あの声を聞かなければ。
後悔ばかりが湧いてくる。
すると、脳裏にあの囁きが浮かんだ。
『……まもる……なぜ……かなしい……』
「うるさい……!」
思わず叫んだ。
「頼んでねぇよ……俺は……」
声が震える。
「俺は、普通に生きたいだけなんだよ……」
沈黙。
そして、静かな声。
『……ふつう……こわれる……まもらねば……』
守るために壊す。
それがマモリガミの論理なのだと、本能的に理解した。
―――――――――――――――――――――
11月25日 福岡県 特殊怪異対策庁
第10課管理区画 PM15:16
翌日。
俺は、灰色の廊下を歩かされ、重たい防音扉の前に立たされた。
「……ここです」
案内役の職員がカードキーを通す。
低い電子音とともに、扉が開いた。
◆ ◆ ◆
中は、円卓型の会議室だった。
すでに五人が席についている。
中央に立っていたのは、白髪混じりの初老の男。昨日事故現場にいた人だな。
よれたスーツに、眠そうな目。
だが、その背筋は異様に伸びていた。
「やあ。調子はどうだい、新入りくん」
軽い口調で言う。
「私は——東雲凡兆。
特殊怪異対策第10課、課長だ」
拍子抜けするほど普通のおじさんだ。
「君の人生をぶち壊した張本人みたいな立場だから、
まずは謝っておくよ。すまない」
……そんなこと言われたら、怒りづらい。
「次」
東雲が視線を送る。
無言で立ち上がったのは、昨日の黒髪の女性だった。
背筋は真っ直ぐ。
制服の着こなしも寸分の乱れがない。
「三雲柚葉です。現場指揮・対怪異戦術担当」
簡潔すぎる。
「あなたは現在、“不安定状態”にあります。
感情的行動は禁止。勝手な外出も不可」
いきなり説教。
「……よろしく、って言葉は?」
隣の金髪が横から口を挟む。
「必要ありません」
即答だった。
◆ ◆ ◆
三雲に口を挟んだ金髪が、にやにやしながら立ち上がる。
「はいはーい! じゃあ次、僕ね!」
金髪ショートにラフな白衣。
どこか大学生みたいな雰囲気。
「虫喰アラタでーす。担当は分析・解析・裏方全部!
君の脳波と霊波、マジで芸術品だよ?」
「褒められてる気がしない……」
「最高の褒め言葉だよ!」
サムズアップされても困る。
◆ ◆ ◆
椅子を引く音。
筋肉質で赤髪短髪の女性が立った。
腕に走る無数の傷跡。
「赤霧赫夜。武装班長」
低い声。
「怪異は殴って黙らせる。
邪魔するなら、味方でも容赦しねぇ」
……一番怖い。
「ちょっと赫夜くん、最初から脅さないで」
東雲が苦笑する。
「事実だろ」
即答だった。
◆ ◆ ◆
最後に、静かに立ち上がったのは昨日の白衣の女性。
眼鏡の奥の視線は冷たいが、どこか疲れている。
「改めて、黒野才子。全課の医療監察担当です」
手元のタブレットを見ながら言う。
「あなたの身体は、すでに通常人類の基準を逸脱しています。
今後、定期的な人体実験と投薬を義務づけます」
「……拒否権は?」
「ありません」
即答だった。
◆ ◆ ◆
東雲が軽く手を叩く。
「というわけで、これが第10課の主要メンバーだ」
全員、クセが強すぎる。
俺は思わず聞いた。
「……ここ、まともな人いないんですか?」
「失礼だな。私は常識人だよ?」
東雲が胸を張る。
誰も同意しなかった。
◆ ◆ ◆
東雲は真顔になる。
「さて、村野くん。君の話をしよう」
机の中央に資料が投影される。
【怪異11号:マモリガミ】
【適合者:村野智也】
文字を見ただけで胃が痛くなる。
「君は今、“共生型怪異”と深く同調している。
このままだと、いずれ自我が侵食される」
三雲が補足する。
「最悪の場合、“完全怪異化”」
「……要するに、人間やめるってことです?」
「そういうことです」
淡々と頷く。
突然、警報が、会議室を震わせた。
——ウゥゥゥゥン!
赤色灯が回る。
虫喰が端末を叩く。
「来た来た!福岡市地下鉄・箱崎線旧支線!」
三雲が即答する。
「……箱崎埠頭方面の廃区画?」
「そう。貨物用トンネルとして残ってたやつ。
今は完全封鎖区域」
來宮が肩を回す。
「湿気多そうだな」
黒野が補足する。
「失踪者二名。いずれも港湾関係者です」
東雲は俺を見る。
「村野くん、ようこそ、特異点へ」




