18 団欒
隔離区画・生活ブロック。
昼下がり。
照明は落とされ、
窓のない空間に、
人工の“午後”が流れている。
床には、
簡易マット。
低い机。
安全基準ぎりぎりのおもちゃ。
……完全に、
保育室のそれだった。
◆ ◆ ◆
「はい、次は——これ」
三雲が、
小さな積み木を差し出す。
マモリガミは、
床に座り込み、
それをじっと見た。
『……つむ……?』
「そうです」
淡々。
でも、声は柔らかい。
「重ねる」
「崩れたら、またやる」
マモリガミは、
恐る恐る積み木を置く。
——ぐら。
倒れる。
『……あ……』
泣きそうな顔。
「大丈夫です」
三雲は、
すぐにフォローに入る。
「失敗は、悪いことではありません」
「経験です」
……庁の人間とは思えない台詞。
俺は、
思わず言った。
「……慣れてます?」
三雲は、
一瞬だけ手を止めた。
「……昔」
視線を落とす。
「保育士を目指していました」
赤霧が、
思わず振り向く。
「マジで?」
「ええ」
「試験も受けました」
「……落ちましたけど」
淡々。
「意外すぎるだろ」
赤霧が、
頭を掻く。
「なんで、
こんなとこに……」
「……事情です」
三雲は、
それ以上語らない。
◆ ◆ ◆
一方。
赤霧は、
完全に手持ち無沙汰だった。
「……なぁ」
「アタシ、何すりゃいい?」
誰も答えない。
マモリガミが、
赤霧を見る。
じっと。
『……おおきい……』
「……おう」
『……こわく……ない?』
赤霧、
全力で首を振る。
「ない!」
「全然ない!」
「むしろ——」
言いかけて、
言葉に詰まる。
『……じゃあ……』
マモリガミが、
赤霧の袖を引く。
『……これ……』
積み木を、
ぐいっと差し出す。
「……え」
「俺が?」
『……やって……』
赤霧、
全身が硬直。
「……無理だろ」
「アタシ、
そういうの——」
積み木が、
床に置かれる。
期待の目。
「……っ」
赤霧、
しゃがみ込む。
不器用に、
一つ、積む。
——倒れる。
『……ふふ……』
笑われた。
赤霧、
耳まで赤くなる。
「……笑うな!」
『……へた……』
「言うな!」
◆ ◆ ◆
少し離れた場所。
虫喰は、
壁際に座り、
端末を操作している。
「……興味深い」
独り言。
「遊戯行動における」
「他者選別能力」
「恐怖対象と」
「非恐怖対象の」
「切り分けが——」
『……なに……?』
マモリガミが、
いつの間にか背後に立っていた。
虫喰、
びくっとする。
「うおっ」
『……それ……』
端末を指差す。
『……なに……?』
「……見るか?」
画面を、
少し傾ける。
マモリガミ、
じっと覗き込む。
次の瞬間。
影が、
端末の画面に、
にゅっと映る。
『……ここ……』
虫喰の分析データに、
落書きみたいな影が走る。
「……おい」
「やめろ」
『……あそぶ……』
虫喰、
端末を抱きしめる。
「……育児か?」
小さく呟いた。
◆ ◆ ◆
俺は、
その様子を見て、
思わず言った。
「……自由すぎじゃないか?」
三雲が、
即座に振り向く。
「今までの対応が駄目です」
即答。
「情緒形成期です」
「一貫性のない対応は」
「依存を強めます」
「……でも」
「抱っこも」
「制限します」
俺は、
言葉を失う。
マモリガミが、
俺を見る。
『……だっこ……?』
「……あとでな」
三雲、
きっぱり。
「あとでも駄目です」
『……む……』
小さく膨れる。
赤霧が、
小声で言った。
「……強いな」
「ええ」
三雲は、
積み木を片付けながら言う。
「守るには」
「甘やかさないことも、必要です」
その言葉を、
マモリガミは、
完全には理解していない。
でも。
不思議と、
逃げなかった。
ただ、
俺の服を、
少しだけ掴んで。
―――――――――――――――――――――
隔離区画・食堂。
「……ここで、いいですか」
三雲が、トレーを置いた。
長机。
簡素な椅子。
栄養管理された、庁仕様の食事。
——だけど。
今日だけは、
少し違った。
「10課と」
俺は、
腕の中の存在を見る。
「……一緒に、な」
——神。
マモリガミは、
椅子の上に立って、
きょろきょろしている。
『……ひと……いっぱい……』
赤霧が、
片手を上げた。
「よー」
びく。
一瞬、
マモリガミが俺に抱きつこうと——
「待ってください」
三雲の声。
低いけど、
きっぱり。
マモリガミの動きが、止まる。
『……?』
「食事の前です」
三雲は、
腰を落として、
目線を合わせた。
「座る」
「手は、膝」
「“いただきます”を言ってから」
マモリガミは、
少し考える。
『……すわる……』
ぎこちなく、
椅子に座る。
手は——
机に伸びかけて、
三雲を見る。
「……膝です」
『……ひざ……』
ちゃんと、置いた。
赤霧が、
小声で囁く。
「……すげぇな」
「訓練より厳しい」
虫喰が、
端末を見ながら頷く。
「境界設定だな」
「今やらないと」
「後で地獄を見る」
「やめろ」
俺が言う。
配膳。
白米。
煮物。
柔らかく煮た野菜。
マモリガミは、
皿をじっと見ている。
『……たべる……?』
「まだです」
三雲が、
静かに首を振る。
「全員、揃ってから」
俺たちが、
席に着くのを待つ。
——その間。
マモリガミは、
じわじわと、
俺の方へ身体を傾けてくる。
『……むらの……』
腕を、伸ばす。
「……っ」
思わず、
抱き上げそうになる。
「村野さん」
三雲の声。
「……はい」
「今は、座って食べます」
「抱っこは」
一拍。
「食後です」
『……あと……?』
「あとです」
小さく、
不満そうな顔。
赤霧が、
必死に笑いを堪えている。
◆ ◆ ◆
三雲が、
姿勢を正す。
「……では」
「いただきます」
全員、
声を揃える。
「いただきます」
少し遅れて。
『……いた……』
三雲が、
優しく促す。
「“いただきます”です」
『……いただきます……』
言えた。
赤霧が、
思わず拍手しそうになる。
「やめろ」
俺が止める。
食事が始まる。
マモリガミは、
最初は恐る恐る。
もぐ。
『……!』
目が、丸くなる。
『……おいしい……』
「ゆっくり」
三雲が、
箸の持ち方を直す。
「噛んで」
「飲み込んでから」
完全に、
躾の時間だった。
虫喰が、
ぽつりと言う。
「……これ」
「神格降臨型の食事風景としては」
「前代未聞だな」
赤霧が、
頷く。
「異色すぎる」
しばらくして。
マモリガミが、
そっと立ち上がり——
俺に、
抱きつこうとする。
『……むらの……』
腕が、伸びる。
俺は、
一瞬だけ迷ってから、
手を広げた。
が。
「待ってください」
三雲。
「食後です」
『……え……』
「座って」
『……すわる……』
しゅん、と戻る。
赤霧が、
小声で言った。
「……アタシ、
もう三雲に逆らえる気しない」
虫喰が、
真顔で頷く。
◆ ◆ ◆
食事が終わる。
「ごちそうさまでした」
全員。
少し遅れて。
『……ごちそう……さま……』
三雲が、
小さく頷く。
「よくできました」
その瞬間。
マモリガミが、
勢いよく俺に抱きついた。
『……むらの……!』
「……はいはい」
腕に、収まる。
小さな体温。
赤霧が、
肩をすくめる。
「……初めての家族団らんみたいだな」
誰も、
否定しなかった。
——それが、
10課とマモリガミが、
初めて同じ食卓を囲んだ日の、
記憶だった。




