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特異点 -特殊怪異対策庁第10課-  作者: 霜月真
アラヒトガミ
18/20

18 団欒


 隔離区画・生活ブロック。


 昼下がり。

 照明は落とされ、

 窓のない空間に、

 人工の“午後”が流れている。


 床には、

 簡易マット。

 低い机。

 安全基準ぎりぎりのおもちゃ。


 ……完全に、

 保育室のそれだった。


◆ ◆ ◆


 「はい、次は——これ」

 三雲が、

 小さな積み木を差し出す。


 マモリガミは、

 床に座り込み、

 それをじっと見た。

 『……つむ……?』


 「そうです」

 淡々。

 でも、声は柔らかい。


 「重ねる」

 「崩れたら、またやる」


 マモリガミは、

 恐る恐る積み木を置く。


 ——ぐら。

 倒れる。

 『……あ……』

 泣きそうな顔。


 「大丈夫です」

 三雲は、

 すぐにフォローに入る。

 「失敗は、悪いことではありません」

 「経験です」


 ……庁の人間とは思えない台詞。


 俺は、

 思わず言った。

 「……慣れてます?」


 三雲は、

 一瞬だけ手を止めた。

 「……昔」

 視線を落とす。

 「保育士を目指していました」


 赤霧が、

 思わず振り向く。

 「マジで?」


 「ええ」

 「試験も受けました」

 「……落ちましたけど」

 淡々。


 「意外すぎるだろ」

 赤霧が、


 頭を掻く。

 「なんで、

 こんなとこに……」


 「……事情です」

 三雲は、

 それ以上語らない。


◆ ◆ ◆


 一方。

 赤霧は、

 完全に手持ち無沙汰だった。


 「……なぁ」

 「アタシ、何すりゃいい?」


 誰も答えない。


 マモリガミが、

 赤霧を見る。

 じっと。

 『……おおきい……』


 「……おう」


 『……こわく……ない?』

 赤霧、

 全力で首を振る。


 「ない!」

 「全然ない!」

 「むしろ——」


 言いかけて、

 言葉に詰まる。


 『……じゃあ……』

 マモリガミが、

 赤霧の袖を引く。

 『……これ……』


 積み木を、

 ぐいっと差し出す。


 「……え」

 「俺が?」


 『……やって……』

 赤霧、

 全身が硬直。

 「……無理だろ」

 「アタシ、

 そういうの——」


 積み木が、

 床に置かれる。


 期待の目。


 「……っ」

 赤霧、

 しゃがみ込む。


 不器用に、

 一つ、積む。

 ——倒れる。


 『……ふふ……』

 笑われた。

 赤霧、

 耳まで赤くなる。


 「……笑うな!」


 『……へた……』


 「言うな!」


◆ ◆ ◆


 少し離れた場所。

 虫喰は、

 壁際に座り、

 端末を操作している。


 「……興味深い」

 独り言。


 「遊戯行動における」

 「他者選別能力」

 「恐怖対象と」

 「非恐怖対象の」

 「切り分けが——」


 『……なに……?』

 マモリガミが、

 いつの間にか背後に立っていた。


 虫喰、

 びくっとする。

 「うおっ」


 『……それ……』


 端末を指差す。


 『……なに……?』


 「……見るか?」

 画面を、

 少し傾ける。


 マモリガミ、

 じっと覗き込む。

 次の瞬間。


 影が、

 端末の画面に、

 にゅっと映る。


 『……ここ……』

 虫喰の分析データに、

 落書きみたいな影が走る。


 「……おい」

 「やめろ」


 『……あそぶ……』

 虫喰、

 端末を抱きしめる。


 「……育児か?」

 小さく呟いた。


◆ ◆ ◆


 俺は、

 その様子を見て、

 思わず言った。

 「……自由すぎじゃないか?」


 三雲が、

 即座に振り向く。


 「今までの対応が駄目です」

 即答。


 「情緒形成期です」

 「一貫性のない対応は」

 「依存を強めます」


 「……でも」


 「抱っこも」

 「制限します」

 俺は、

 言葉を失う。


 マモリガミが、

 俺を見る。

 『……だっこ……?』


 「……あとでな」


 三雲、

 きっぱり。

 「あとでも駄目です」


 『……む……』

 小さく膨れる。


 赤霧が、

 小声で言った。

 「……強いな」


 「ええ」

 三雲は、

 積み木を片付けながら言う。


 「守るには」

 「甘やかさないことも、必要です」


 その言葉を、

 マモリガミは、

 完全には理解していない。


 でも。

 不思議と、

 逃げなかった。


 ただ、

 俺の服を、

 少しだけ掴んで。



―――――――――――――――――――――




 隔離区画・食堂。


 「……ここで、いいですか」

 三雲が、トレーを置いた。

 長机。

 簡素な椅子。

 栄養管理された、庁仕様の食事。


 ——だけど。

 今日だけは、

 少し違った。


 「10課と」

 俺は、

 腕の中の存在を見る。

 「……一緒に、な」


 ——神。

 マモリガミは、

 椅子の上に立って、

 きょろきょろしている。


 『……ひと……いっぱい……』


 赤霧が、

 片手を上げた。

 「よー」


 びく。

 一瞬、


 マモリガミが俺に抱きつこうと——


 「待ってください」

 三雲の声。

 低いけど、

 きっぱり。


 マモリガミの動きが、止まる。

 『……?』


 「食事の前です」

 三雲は、

 腰を落として、

 目線を合わせた。


 「座る」

 「手は、膝」

 「“いただきます”を言ってから」


 マモリガミは、

 少し考える。


 『……すわる……』

 ぎこちなく、

 椅子に座る。


 手は——

 机に伸びかけて、


 三雲を見る。

 「……膝です」


 『……ひざ……』

 ちゃんと、置いた。


 赤霧が、

 小声で囁く。

 「……すげぇな」

 「訓練より厳しい」


 虫喰が、

 端末を見ながら頷く。

 「境界設定だな」

 「今やらないと」

 「後で地獄を見る」


 「やめろ」

 俺が言う。


 配膳。

 白米。

 煮物。

 柔らかく煮た野菜。


 マモリガミは、

 皿をじっと見ている。


 『……たべる……?』


 「まだです」

 三雲が、

 静かに首を振る。

 「全員、揃ってから」


 俺たちが、

 席に着くのを待つ。


 ——その間。

 マモリガミは、

 じわじわと、

 俺の方へ身体を傾けてくる。


 『……むらの……』

 腕を、伸ばす。


 「……っ」

 思わず、

 抱き上げそうになる。


 「村野さん」

 三雲の声。


 「……はい」

 「今は、座って食べます」

 「抱っこは」

 一拍。

 「食後です」


 『……あと……?』


 「あとです」


 小さく、

 不満そうな顔。


 赤霧が、

 必死に笑いを堪えている。


◆ ◆ ◆


 三雲が、

 姿勢を正す。

 「……では」

 「いただきます」


 全員、

 声を揃える。

 「いただきます」


 少し遅れて。

 『……いた……』


 三雲が、

 優しく促す。

 「“いただきます”です」


 『……いただきます……』


 言えた。

 赤霧が、

 思わず拍手しそうになる。


 「やめろ」

 俺が止める。


 食事が始まる。

 マモリガミは、

 最初は恐る恐る。


 もぐ。

 『……!』


 目が、丸くなる。

 『……おいしい……』


 「ゆっくり」

 三雲が、

 箸の持ち方を直す。


 「噛んで」

 「飲み込んでから」


 完全に、

 躾の時間だった。


 虫喰が、

 ぽつりと言う。

 「……これ」

 「神格降臨型の食事風景としては」

 「前代未聞だな」


 赤霧が、

 頷く。

 「異色すぎる」


 しばらくして。

 マモリガミが、

 そっと立ち上がり——


 俺に、

 抱きつこうとする。


 『……むらの……』


 腕が、伸びる。

 俺は、

 一瞬だけ迷ってから、

 手を広げた。


 が。

 「待ってください」

 三雲。

 「食後です」


 『……え……』


 「座って」


 『……すわる……』

 しゅん、と戻る。


 赤霧が、

 小声で言った。


 「……アタシ、

 もう三雲に逆らえる気しない」


 虫喰が、

 真顔で頷く。


◆ ◆ ◆


 食事が終わる。

 「ごちそうさまでした」

 全員。


 少し遅れて。

 『……ごちそう……さま……』


 三雲が、

 小さく頷く。

 「よくできました」


 その瞬間。

 マモリガミが、

 勢いよく俺に抱きついた。


 『……むらの……!』


 「……はいはい」

 腕に、収まる。

 小さな体温。


 赤霧が、

 肩をすくめる。

 「……初めての家族団らんみたいだな」


 誰も、

 否定しなかった。

 ——それが、

 10課とマモリガミが、

 初めて同じ食卓を囲んだ日の、

 記憶だった。

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