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特異点 -特殊怪異対策庁第10課-  作者: 霜月真
アラヒトガミ
17/20

17 日常

 数日後。

 隔離区画・生活ブロック。


 「……日常、ってやつだな」

 俺は、廊下を歩きながら呟いた。


 腕の中。

 ——神。


 マモリガミは、幼い姿のまま、

 俺の腕にしがみついている。


 完全に、抱っこ前提。

 床に下ろそうとすると、

 即、服を掴んで戻ってくる。


 『……ここ……』

 「歩け」

 『……だっこ……』


 ……話が通じない。


◆ ◆ ◆


 第10課・共用スペース。

 自動ドアが開いた瞬間——


 「おっ」

 赤霧の声。


 瞬間。

 マモリガミの身体が、

 びくっと硬直した。

 そして。


 ——俺の背中に、隠れる。

 完全に。


 「……?」

 赤霧が固まる。


 「……え、アタシ?」

 視線が合う。


 いや、

 正確には合ってない。

 マモリガミは、

 俺の服を掴んだまま、

 赤霧を“見ないように”している。


 『……いたい……』

 『……こわい……』

 小声。


 赤霧の顔が、みるみる引きつる。

 「……あー……」

 頭を掻く。

 「……悪かったって」


 「その……一か月前の件は」

 「訓練だと思って……」


 俺が口を挟む。

 「赤霧さん、

 一番最初の訓練の時に

 本気でマモリガミボコしましたもんね」


 「いや、あれは!」

 「暴走しかけてた」


 『……いたかった……』

 泣きそうになっていた


 赤霧、完全にタジタジ。

 「……すまん」


 正座しそうな勢いで、

 頭を下げた。

 マモリガミは、

 しばらく様子を見て——


 『……もう……しない?』

 赤霧、即答。

 「しない!」

 「二度とやらん!」


 『……ほんと……?』

 「ほんとだ!」


 長い沈黙。

 そして、

 マモリガミは、

 ほんの少しだけ、

 俺の背中から顔を出した。

 赤霧、

 めちゃくちゃ気まずそう。


◆ ◆ ◆


 食堂。


 三雲が、

 いつものようにトレーを持って座っている。

 「おはようございます」


 「……おはよう」

 マモリガミが、

 じっと三雲の皿を見る。


 白米。

 煮魚。

 味噌汁。


 『……たべる……?』

 三雲は、一瞬だけ考えてから、

 白米を少しスプーンに取った。


 「塩分は控えめにしてください」

 「……どうぞ」


 差し出す。

 マモリガミは、

 恐る恐る口を開け——

 もぐ。

 『……!』

 目が、少し見開かれる。

 『……あったかい……』


 三雲が、

 ほんのわずかに微笑んだ。

 「栄養は」

 「安定化に寄与します」

 「……神でも」

 「例外ではありません」


 それ以来。

 マモリガミは、

 三雲の隣に座りたがる。

 俺の腕から離れないくせに。


◆ ◆ ◆


 少し離れた席。

 虫喰が、

 メモ端末を片手に、

 興味津々でこちらを見ている。

 「なぁ村野」

 「その神」

 「影、今どのくらい操作できる?」


 「……さあ、今出したらダメだろ」


 『……?』

 マモリガミが、

 虫喰を見る。

 虫喰、

 目が輝く。


 「ほら!」

 「自我の形成速度が」

 「侵食率に比例して——」


 「やめろ」

 「わくわくすんな」


 虫喰は、

 なおも止まらない。

 「いやぁ」

 「神格降臨型が」

 「ここまで幼児化するの」

 「前例、ほぼゼロだぞ?」


 『……よく……わかんない……』


 マモリガミは、

 俺の服を掴む力を強める。

 「……落ち着け」

 「研究は後だ」


 虫喰、

 しぶしぶ引き下がる。


◆ ◆ ◆

 その様子を、

 少し離れた場所から、

 東雲が見ていた。


 腕を組み。

 何も言わず。

 ただ——


 ほんの一瞬だけ、

 安心したような顔をして。


 俺は、

 その視線に気づいて、

 目を逸らした。


 守られている。

 利用されている。


 どちらも、事実。

 マモリガミは、

 俺の胸に顔を埋めて、

 小さく言った。

 『……ここ……すき……』


 俺は、

 答えなかった。


 ——日常は、戻った。


 ただし。

 もう、普通の形ではない。

 それでも。

 今日を生きるしか、

 俺にはできなかった。


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