17 日常
数日後。
隔離区画・生活ブロック。
「……日常、ってやつだな」
俺は、廊下を歩きながら呟いた。
腕の中。
——神。
マモリガミは、幼い姿のまま、
俺の腕にしがみついている。
完全に、抱っこ前提。
床に下ろそうとすると、
即、服を掴んで戻ってくる。
『……ここ……』
「歩け」
『……だっこ……』
……話が通じない。
◆ ◆ ◆
第10課・共用スペース。
自動ドアが開いた瞬間——
「おっ」
赤霧の声。
瞬間。
マモリガミの身体が、
びくっと硬直した。
そして。
——俺の背中に、隠れる。
完全に。
「……?」
赤霧が固まる。
「……え、アタシ?」
視線が合う。
いや、
正確には合ってない。
マモリガミは、
俺の服を掴んだまま、
赤霧を“見ないように”している。
『……いたい……』
『……こわい……』
小声。
赤霧の顔が、みるみる引きつる。
「……あー……」
頭を掻く。
「……悪かったって」
「その……一か月前の件は」
「訓練だと思って……」
俺が口を挟む。
「赤霧さん、
一番最初の訓練の時に
本気でマモリガミボコしましたもんね」
「いや、あれは!」
「暴走しかけてた」
『……いたかった……』
泣きそうになっていた
赤霧、完全にタジタジ。
「……すまん」
正座しそうな勢いで、
頭を下げた。
マモリガミは、
しばらく様子を見て——
『……もう……しない?』
赤霧、即答。
「しない!」
「二度とやらん!」
『……ほんと……?』
「ほんとだ!」
長い沈黙。
そして、
マモリガミは、
ほんの少しだけ、
俺の背中から顔を出した。
赤霧、
めちゃくちゃ気まずそう。
◆ ◆ ◆
食堂。
三雲が、
いつものようにトレーを持って座っている。
「おはようございます」
「……おはよう」
マモリガミが、
じっと三雲の皿を見る。
白米。
煮魚。
味噌汁。
『……たべる……?』
三雲は、一瞬だけ考えてから、
白米を少しスプーンに取った。
「塩分は控えめにしてください」
「……どうぞ」
差し出す。
マモリガミは、
恐る恐る口を開け——
もぐ。
『……!』
目が、少し見開かれる。
『……あったかい……』
三雲が、
ほんのわずかに微笑んだ。
「栄養は」
「安定化に寄与します」
「……神でも」
「例外ではありません」
それ以来。
マモリガミは、
三雲の隣に座りたがる。
俺の腕から離れないくせに。
◆ ◆ ◆
少し離れた席。
虫喰が、
メモ端末を片手に、
興味津々でこちらを見ている。
「なぁ村野」
「その神」
「影、今どのくらい操作できる?」
「……さあ、今出したらダメだろ」
『……?』
マモリガミが、
虫喰を見る。
虫喰、
目が輝く。
「ほら!」
「自我の形成速度が」
「侵食率に比例して——」
「やめろ」
「わくわくすんな」
虫喰は、
なおも止まらない。
「いやぁ」
「神格降臨型が」
「ここまで幼児化するの」
「前例、ほぼゼロだぞ?」
『……よく……わかんない……』
マモリガミは、
俺の服を掴む力を強める。
「……落ち着け」
「研究は後だ」
虫喰、
しぶしぶ引き下がる。
◆ ◆ ◆
その様子を、
少し離れた場所から、
東雲が見ていた。
腕を組み。
何も言わず。
ただ——
ほんの一瞬だけ、
安心したような顔をして。
俺は、
その視線に気づいて、
目を逸らした。
守られている。
利用されている。
どちらも、事実。
マモリガミは、
俺の胸に顔を埋めて、
小さく言った。
『……ここ……すき……』
俺は、
答えなかった。
——日常は、戻った。
ただし。
もう、普通の形ではない。
それでも。
今日を生きるしか、
俺にはできなかった。




