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特異点 -特殊怪異対策庁第10課-  作者: 霜月真
一章 マモリガミ
15/22

15 降臨

 雨が、静かに降っている。

 誰も、動かない。


 久我の手は、まだ武器の近く。

 氷室の視線は、俺から離れない。


 ——逃げ場がない。


 その沈黙を、

 東雲が、壊した。


 「……第四課には」

 珍しく、声が低い。

 「言ってなかったことがある」


 氷室が、眉を動かす。

 「“元・神格”って話ですか?」


 「うん」

 東雲は、雨に濡れた死骸から目を逸らさず、続ける。


 「正確じゃなかった」


 間。


 「——あれは、神格だ」


 空気が、変わる。


 「……は?」

 虫喰が、思わず声を漏らす。


 赤霧も、三雲も、

 言葉を失っている。


 氷室だけが、静かだった。

 「……続けてください」

 東雲は、ゆっくり息を吐く。


 「信仰がなくなった神は」

 淡々と。

 まるで、事務的に。


 「消えるか」

 「怪異になるか」

 「——その途中で」


 一拍。


 「“依代”を見つける」


 俺を見る。

 「いや」


 首を、横に振る。

 「……逃げ道を、見つけた」


 胸が、冷える。

 氷室が、静かに問い返す。

 「それが——」


 「村野くんだ」

 断言。


 逃げ場のない言葉。

 「最初は、偶然だった」

 「弱ってた神格が」

 「人間に、しがみついただけ」


 「でも」

 東雲は、俺の足元を見る。


 影。


 異様に、濃い。

 「侵食率が上がって」

 「環境が整って」


 「——完全顕現条件を満たした」


 その瞬間。

 足元の影が、蠢いた。


 ざわ、と。

 黒が、盛り上がる。


 以前のような、

 俺そっくりの形じゃない。


 影が、ほどける。

 縮む。

 丸まる。


 ——形が、変わる。


 骨組み。

 肉。

 皮膚。

 今度は、


 “人に似せる”必要がない。


 現れたのは——

 幼い姿。

 小さな手。

 短い足。

 あどけない輪郭。

 それでも。

 目だけは、古い。

 恐ろしく、古い。


 「……っ」

 マモリガミ——


 いや。

 “神格”が、俺に向かって歩く。


 とてとてと。

 そして。

 ぎゅっと。

 俺の脚に、しがみついた。


 服を、掴む。

 震えている。


 『……いかない……』

 幼い声。

 『……ひとり……いや……』


 頭が、真っ白になる。

 「……っ、離れろ……!」


 声が、震える。

 でも。

 腕が、動かない。


 久我が、即座に判断する。

 「……危険度、再分類」

 端末を操作。


 表示が、切り替わる。

 《分類案:10号》

 《神格降臨型》


 「……冗談じゃない」

 赤霧が、唾を飲み込む。


 「神が——」

 「降りてきた?」


 氷室が、静かに笑う。

 「……なるほど」


 その視線は、

 もはや“人間”を見るものじゃない。

 「侵食率が高い理由も」

 「領域を壊せた理由も」

 「貴方が入れ込む理由も」

 「全部、説明がつきます」

 俺を見る。


 「おめでとうございます、村野くん」

 優しい声。

 「あなたは——」

 「神の依代です」


 世界が、遠のく。

 『……まもる……』


 幼い神が、

 俺に、顔を埋める。

 『……すてないで……』


 東雲が、歯を食いしばる。

 「……これが」

 「俺が、庇えなくなった理由だ」


 雨音だけが、続いていた。

 俺は、

 神を抱えたまま、

 立ち尽くしていた。


 ——人間でも。

 怪異でも。

 神でもない。


 その、どこにも属さないまま。

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