15 降臨
雨が、静かに降っている。
誰も、動かない。
久我の手は、まだ武器の近く。
氷室の視線は、俺から離れない。
——逃げ場がない。
その沈黙を、
東雲が、壊した。
「……第四課には」
珍しく、声が低い。
「言ってなかったことがある」
氷室が、眉を動かす。
「“元・神格”って話ですか?」
「うん」
東雲は、雨に濡れた死骸から目を逸らさず、続ける。
「正確じゃなかった」
間。
「——あれは、神格だ」
空気が、変わる。
「……は?」
虫喰が、思わず声を漏らす。
赤霧も、三雲も、
言葉を失っている。
氷室だけが、静かだった。
「……続けてください」
東雲は、ゆっくり息を吐く。
「信仰がなくなった神は」
淡々と。
まるで、事務的に。
「消えるか」
「怪異になるか」
「——その途中で」
一拍。
「“依代”を見つける」
俺を見る。
「いや」
首を、横に振る。
「……逃げ道を、見つけた」
胸が、冷える。
氷室が、静かに問い返す。
「それが——」
「村野くんだ」
断言。
逃げ場のない言葉。
「最初は、偶然だった」
「弱ってた神格が」
「人間に、しがみついただけ」
「でも」
東雲は、俺の足元を見る。
影。
異様に、濃い。
「侵食率が上がって」
「環境が整って」
「——完全顕現条件を満たした」
その瞬間。
足元の影が、蠢いた。
ざわ、と。
黒が、盛り上がる。
以前のような、
俺そっくりの形じゃない。
影が、ほどける。
縮む。
丸まる。
——形が、変わる。
骨組み。
肉。
皮膚。
今度は、
“人に似せる”必要がない。
現れたのは——
幼い姿。
小さな手。
短い足。
あどけない輪郭。
それでも。
目だけは、古い。
恐ろしく、古い。
「……っ」
マモリガミ——
いや。
“神格”が、俺に向かって歩く。
とてとてと。
そして。
ぎゅっと。
俺の脚に、しがみついた。
服を、掴む。
震えている。
『……いかない……』
幼い声。
『……ひとり……いや……』
頭が、真っ白になる。
「……っ、離れろ……!」
声が、震える。
でも。
腕が、動かない。
久我が、即座に判断する。
「……危険度、再分類」
端末を操作。
表示が、切り替わる。
《分類案:10号》
《神格降臨型》
「……冗談じゃない」
赤霧が、唾を飲み込む。
「神が——」
「降りてきた?」
氷室が、静かに笑う。
「……なるほど」
その視線は、
もはや“人間”を見るものじゃない。
「侵食率が高い理由も」
「領域を壊せた理由も」
「貴方が入れ込む理由も」
「全部、説明がつきます」
俺を見る。
「おめでとうございます、村野くん」
優しい声。
「あなたは——」
「神の依代です」
世界が、遠のく。
『……まもる……』
幼い神が、
俺に、顔を埋める。
『……すてないで……』
東雲が、歯を食いしばる。
「……これが」
「俺が、庇えなくなった理由だ」
雨音だけが、続いていた。
俺は、
神を抱えたまま、
立ち尽くしていた。
——人間でも。
怪異でも。
神でもない。
その、どこにも属さないまま。




