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特異点 -特殊怪異対策庁第10課-  作者: 霜月真
一章 マモリガミ
13/22

13 赤い装飾

 

 トンネル内。


 ——異変は、唐突だった。


 「……あれ?」

 俺は、足を止めた。


 前方。

 暗闇の奥に——


 微かな、光。

 白熱灯みたいな、弱い明かり。


 さっきまで、なかった。

 「……東雲さん?」

 無線。


 ——雑音。


 ザー……。

 ブツ……。


 返事は、ない。

 周囲を見る。

 赤霧も。

 三雲も。

 虫喰も。


 ……いない。


 久我も。

 氷室も。

 全員、消えていた。


 「……え?」


 心臓が、跳ねる。


 ——迷った?

 いや。

 違う。


 感覚が、ズレている。

 空間が。

 時間が。


 『……だいじょうぶ……』


 マモリガミの声。


 『……まもってる……』


 足元。

 影が、わずかに濃くなっている。


 まるで——

 地面に、縫い止められているみたいに。


 ……そうか。


 ここは、

 「同じ場所を歩かせ続ける領域」。


 普通なら、抜けられない。

 でも。


 俺は、進めている。

 『……るーる……こわす……』


 ——マモリガミが。

 この場所の“決まり”を、

 ねじ伏せている。


 ぞっとした。

 守られている。


 でも。

 代償がある。

 腕のモニター。


 《侵食率:48.7%》

 ……上がっている。


 ◆ ◆ ◆


 光が、近づく。

 出口。


 ——外。


 山。

 空。

 霧。


 そして。

 村。


 「……あった……」

 犬泣奥村。


 確かに、そこにあった。

 古い木造家屋。

 畑。

 石畳。

 祠。


 生活の痕跡。

 ……人影。


 「……人?」

 いた。

 住民。

 十人以上。


 立っている。

 歩いている。

 話している。

 生きている。


 「……助けられる……」

 胸が、熱くなる。

 俺は、駆け寄った。


 「大丈夫ですか!?」

 「特殊怪異対策庁です!」

 声が、震える。


 近づく。

 ——違和感。


 顔。

 白すぎる。

 目。


 焦点が、合っていない。

 皮膚の下で、

 何かが、蠢いている。


 「……あ?」

 老人が、俺を見る。


 口が、歪む。

 「……そと……いく……?」


 女が、囁く。

 「……いっしょ……いよ……」


 子供が、笑う。

 ——歯が、多すぎた。


 「……っ」

 後ずさる。

 遅かった。


 住民たちが、

 一斉に、動く。


 走る。

 這う。

 跳ぶ。

 人間の動きじゃない。


 「やめ——」

 掴まれる。


 腕。

 脚。

 肩。

 「出るな」

 「ここにいろ」

 「一緒だ」

 声が、重なる。


 圧。

 息ができない。


 『……まもる……!』


 マモリガミが叫ぶ。


 ◆ ◆ ◆


 影が、盛り上がった。

 足元。

 黒い液体みたいに、広がる。


 波打つ。

 蠢く。

 形を持つ。

 骨組み。

 肉。

 皮膚。


 数秒で——

 “もう一人の俺”が、立ち上がった。


 ——今度は。

 顔が、ある。


 俺に、似ている。

 でも。

 目が、ない。


 ひび割れた皮膚。

 隙間から、黒い霧。

 異様に、整った輪郭。


 どこか——

 神像みたいだった。


 顕現。


 『……まもる……』


 低い声。

 感情が、ない。


 次の瞬間。


 影が、爆発する。

 地面から。

 壁から。

 家の影から。


 ——牙。

 ——槍。

 ——鎌。

 黒い刃が、無数に伸びる。


 ズシャッ!!

 肉が裂ける音。


 悲鳴。

 ……いや。

 悲鳴になる前に、

 潰れる。

 貫かれる。

 切断される。


 住民が。

 一人。

 二人。

 三人。


 ……次々と。

 「やめろ……!」

 叫ぶ。


 届かない。

 マモリガミは、止まらない。


 影の鎌が、首を刈る。

 影の槍が、胸を貫く。

 影の牙が、顔を噛み砕く。


 血。

 肉。

 骨。

 雨みたいに、降る。


 『……まもる……』


 『……ぜんぶ……こわす……』


 ——理解したいや、思い出した。

 こいつは。

 俺を守るためなら。


 世界を壊す。


 ◆ ◆ ◆


 膝が、崩れる。

 「……俺が……」

 助けようとした。


 だから。

 殺した。


 俺のせいで。


 『……だいじょうぶ……』


 マモリガミが囁く。


 『……いなくなった……』

 『……あぶなくない……』


 ……違う。

 違う。


 でも。

 一瞬。

 ——安心した。


 生きている。

 俺は。

 それが、事実。


 腕のモニター。

 《侵食率:61.9%》


 警告音。

 ピッ——

 ピッ——

 ピッ——


 赤。

 危険域。

 頭の中に、声が響く。


 ——来い。

 ——奥へ。

 ——核へ。

 祠の方向。


 自然と、足が向く。

 「……やばい、でも、やらなきゃ……」


 わかっている。

 わかっているのに。

 止まらない。


 俺は、

 闇の奥へ、歩き出していた。


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