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特異点 -特殊怪異対策庁第10課-  作者: 霜月真
一章 マモリガミ
11/20

11 暴食


 帰投。

 特殊怪異対策庁・本部地下。

 深夜三時過ぎ。


 雨と血と緊張を洗い流したあと、

 俺たちは、そのまま食堂へ向かった。


 「腹減った……死ぬ……」

 赤霧がうめく。


 「任務帰りは糖分と炭水化物です」

 三雲が真顔で言う。


 「つまり全部食えってことだな」

 虫喰が笑う。


 トレー。

 山盛りご飯。

 唐揚げ。

 味噌汁。

 カレー追加。

 深夜メニューのフルセット。


 俺は、まだ少しぼーっとしていた。


 「……村野」

 赤霧が横を見る。

 「よくやったじゃん」


 「そうですね」


 三雲も頷く。

 「初の合同任務で、あれは上出来です」


 「生きて帰ってきたのが一番だろ」

 虫喰が箸を動かしながら言う。


 「村野くん、昇格だな?」


 「やめてください……」

 苦笑いが、こぼれる。


 少しだけ、肩の力が抜けた。

 赤霧が、唐揚げを俺の皿に放り込む。

 「ほら、食え」

 「今日は祝いだ」


 「……ありがとうございます」


 みんなで、黙々と食べる。

 ときどき、くだらない雑談。


 「そういや虫喰、この前——」赤霧。


 「言うなよ」


 「絶対言う」

 笑い声。

 ……久しぶりだ。

 こんな、普通の時間。



 ——そのとき。


 「賑やかですねぇ」

 聞き覚えのある声。


 振り向くと、

 入口に、第四課。


 氷室レイナ。

 久我零司。


 トレーを持っている。

 ……というか。

 久我の皿。

 ご飯。

 山。

 いや、壁。

 異常。


 氷室が、俺を見るなり微笑んだ。

 「村野くん」

 「今日は“大変”でしたね?」


 嫌な予感。

 「引き金、重かったですか?」

 「それとも、怖くて震えちゃった?」


 空気が、少し冷える。


 「……っ」

 赤霧の箸が止まる。

 「おい」


 「まぁまぁ」

 氷室は肩をすくめる。

 「事実ですし?」

 「現場で泣きそうでしたよね」


 俺は、俯く。


 久我は——

 無言。


 いただきます。


 そして。

 がつがつがつがつ。


 尋常じゃない速度で食う。


 会話?

 知らない。


 咀嚼最優先。


 「第四課って、やっぱり甘いんですね」

 氷室が続ける。

 「処理できない新人を——」


 「いい加減にしろよ」

 赤霧が立ちかける。

 「てめ——」


 「はいはい」

 東雲が、ひょいっと間に入る。

 「ストップ、ストップ」


 「ここ、食堂」

 「戦場じゃないからね?」

 にこにこ。

 でも、目は笑ってない。


 赤霧は舌打ちして座り直す。

 「……ちっ」


 その間も。

 久我。

 黙々。

 無表情。

 山盛り一号、消滅。


 おかわり。

 山盛り二号。


 「……すご……」

 虫喰が呟く。


 氷室はまだ、ちまちま食べている。

 サラダ。

 一口。

 スープ。

 一口。

 その合間に、嫌味。


 「でも、命があってよかったですね」

 「次はどうでしょう?」


 久我。

 山盛り三号、完食。

 箸を置く。


 ……終わった。


 立ち上がる。

 ふらっと。

 目が、とろん。

 眠そう。


 「……先に戻る」


 それだけ。

 氷室が振り向く。

 「え?」

 「ちょ、久我?」


 返事なし。

 去っていく背中。


 置いていかれる、上司。

 「……ちょっと!」

 「まだ話して——」


 届かない。

 久我、退場。

 残された氷室は、少しだけ口を尖らせる。

 「……愛想ないんだから」


 その後、しばらくして。

 第四課も退出。


 食堂には、また第10課だけが残った。

 赤霧が言う。


 「気にすんなよ」


 「……はい」


 「お前は、お前でいい」


 三雲も続ける。

 「壊れたら、意味がありません」


 「壊れたら俺らが助ける」

 虫喰が笑う。


 ……ずるい。


 こんなの、また泣く。


 ◆ ◆ ◆

 自室。

 ベッド。

 机。

 端末。

 静か。


 やっと、一人。

 俺は、ベッドに腰掛けて、

 今日の映像を思い返す。


 倒れていた男。

 震える手。

 引けなかった引き金。


 ——甘い。


 わかってる。

 でも。

 「……間違ってなかった、よな……」


 誰にともなく、呟く。


 『……うん……』


 マモリガミが、そっと答える。


 『……やさしかった……』


 優しさは、武器にならない。


 ——そう言われる世界だ。

 それでも。


 俺は、今日も生きている。

 普通の人間のままで生きてる。


明日も、戦う。

 そう、決めて。

 灯りを消した。


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