11 暴食
帰投。
特殊怪異対策庁・本部地下。
深夜三時過ぎ。
雨と血と緊張を洗い流したあと、
俺たちは、そのまま食堂へ向かった。
「腹減った……死ぬ……」
赤霧がうめく。
「任務帰りは糖分と炭水化物です」
三雲が真顔で言う。
「つまり全部食えってことだな」
虫喰が笑う。
トレー。
山盛りご飯。
唐揚げ。
味噌汁。
カレー追加。
深夜メニューのフルセット。
俺は、まだ少しぼーっとしていた。
「……村野」
赤霧が横を見る。
「よくやったじゃん」
「そうですね」
三雲も頷く。
「初の合同任務で、あれは上出来です」
「生きて帰ってきたのが一番だろ」
虫喰が箸を動かしながら言う。
「村野くん、昇格だな?」
「やめてください……」
苦笑いが、こぼれる。
少しだけ、肩の力が抜けた。
赤霧が、唐揚げを俺の皿に放り込む。
「ほら、食え」
「今日は祝いだ」
「……ありがとうございます」
みんなで、黙々と食べる。
ときどき、くだらない雑談。
「そういや虫喰、この前——」赤霧。
「言うなよ」
「絶対言う」
笑い声。
……久しぶりだ。
こんな、普通の時間。
——そのとき。
「賑やかですねぇ」
聞き覚えのある声。
振り向くと、
入口に、第四課。
氷室レイナ。
久我零司。
トレーを持っている。
……というか。
久我の皿。
ご飯。
山。
いや、壁。
異常。
氷室が、俺を見るなり微笑んだ。
「村野くん」
「今日は“大変”でしたね?」
嫌な予感。
「引き金、重かったですか?」
「それとも、怖くて震えちゃった?」
空気が、少し冷える。
「……っ」
赤霧の箸が止まる。
「おい」
「まぁまぁ」
氷室は肩をすくめる。
「事実ですし?」
「現場で泣きそうでしたよね」
俺は、俯く。
久我は——
無言。
いただきます。
そして。
がつがつがつがつ。
尋常じゃない速度で食う。
会話?
知らない。
咀嚼最優先。
「第四課って、やっぱり甘いんですね」
氷室が続ける。
「処理できない新人を——」
「いい加減にしろよ」
赤霧が立ちかける。
「てめ——」
「はいはい」
東雲が、ひょいっと間に入る。
「ストップ、ストップ」
「ここ、食堂」
「戦場じゃないからね?」
にこにこ。
でも、目は笑ってない。
赤霧は舌打ちして座り直す。
「……ちっ」
その間も。
久我。
黙々。
無表情。
山盛り一号、消滅。
おかわり。
山盛り二号。
「……すご……」
虫喰が呟く。
氷室はまだ、ちまちま食べている。
サラダ。
一口。
スープ。
一口。
その合間に、嫌味。
「でも、命があってよかったですね」
「次はどうでしょう?」
久我。
山盛り三号、完食。
箸を置く。
……終わった。
立ち上がる。
ふらっと。
目が、とろん。
眠そう。
「……先に戻る」
それだけ。
氷室が振り向く。
「え?」
「ちょ、久我?」
返事なし。
去っていく背中。
置いていかれる、上司。
「……ちょっと!」
「まだ話して——」
届かない。
久我、退場。
残された氷室は、少しだけ口を尖らせる。
「……愛想ないんだから」
その後、しばらくして。
第四課も退出。
食堂には、また第10課だけが残った。
赤霧が言う。
「気にすんなよ」
「……はい」
「お前は、お前でいい」
三雲も続ける。
「壊れたら、意味がありません」
「壊れたら俺らが助ける」
虫喰が笑う。
……ずるい。
こんなの、また泣く。
◆ ◆ ◆
自室。
ベッド。
机。
端末。
静か。
やっと、一人。
俺は、ベッドに腰掛けて、
今日の映像を思い返す。
倒れていた男。
震える手。
引けなかった引き金。
——甘い。
わかってる。
でも。
「……間違ってなかった、よな……」
誰にともなく、呟く。
『……うん……』
マモリガミが、そっと答える。
『……やさしかった……』
優しさは、武器にならない。
——そう言われる世界だ。
それでも。
俺は、今日も生きている。
普通の人間のままで生きてる。
明日も、戦う。
そう、決めて。
灯りを消した。




