すれ違い
意を決して、楠浦 滉は、弓達 吹雪に話しかけることにした。
滉にとっては、清水の舞台から飛び降りるよりも、何百倍も勇気のいることだった。
滉自身の夢が、もう一段階深まり、災厄の種子、もしくは、その災厄そのものが近いということに気がついたからだ。
陰キャの滉にとって、誰かに話しかけるなどは無理ゲーに近しい。
できれば、どんなことをしても避けたい事だった。
けれども、一掴みの勇気を振り絞って、吹雪に声をかけた。
2-Cと2-Dは移動教室などで、組み合わされることが多いのだ。
その隙を縫って、授業終わりに吹雪が廊下に出ようとしたタイミングで、滉は声をかけたのだった。
吹雪は、滉のことをすでに夢の中、仲間の一員だとわかっていたから、いつもの笑顔で応答した。
「あの……弓達くんは、変な夢をよくみたりしますか」
「みるよ。僕も。いつ、皆がわかるか、ずっと、僕は待っていたんだ」
「待っていたって、何を?って。あれ?」
滉は、混乱している。
以前、名前がわからないけど、多分、アウノ?彼から話しかけられて、怖くなって逃げた。
けれども、その他にも、そう、この目の前の人物もあの夢を事実だと認識し、自分を待っていたなんて。
「マウヌ。だよね。僕はオスクだよ。夢の世界では、君と同じヴェルデ・ガルダの一員。本当に、僕、待っていたんだよ。
良かった。やっと声をかけてくれたね。ありがとう」
「オスク……」
確かに、夢の中でオスクと呼ばれていた、弓の名手がいた。
それが、彼、弓達 吹雪なのだ。
わかってはいても、それを突きつけられると滉の中でやはり混乱する。
言いたいこと、言わなきゃいけないことも組み立てていたものが全て飛んでしまった。
滉は、混乱しつつも、その断片をかき集めて、吹雪と対面した。
「オスク……さんは、さっき、待っていたって言ってましたけど、夢は、どこまで見ていますか?」
「え。アウノなのに、敬語、なんだ。ふふっ。なんかちょっと変」
吹雪は笑った。ふっくらとした頬にえくぼがみえる。
夢の中のオスクも美男なのに、こっちでも、イケメンなのだ。
滉は、その残酷さを感じた。
そういう滉も実際は負けず劣らず、鼻筋の通った良い顔立ちをしているのだが、なにせ自身の自信の持てなさで、そうとはとってもらえていないのだ。
目元を厚く覆うようなヘアスタイルをし、猫背で歩く。
友達は、出来た試しがなかった。
そんな人生に嫌気が差していた頃──この夢、ヴェルデ・ガルダの夢を見たのだ。
最初は、ただの願望夢かと思っていた。
それでも、その夢が深まるにつれて、そうじゃなく、自分の過去の、過去世の夢だとそう、深く感じた。
そして、夢を見続けることで、この今の人生に、他の人物達がいることに気がついたのだった。
ただの夢と片付けること。
それが一番だと思っていた。
滉は、もし、夢の人物たちが自身と同じ校舎にいても話しかけたりは絶対しないと誓っていたのだ。
今の滉がそうであるように、夢の中の人格とは、真逆な可能性があるからだ。
夢の中のマウヌは、情報戦に優れ、人の中にこそ活路を見出すタイプであった。
けれども、現実社会の滉は、人の輪から外れ、ただのゴミのような存在だと自己評価している。
──本来の滉はそうではなかった。
幼少期に遭った、いじめによる性格の歪みが起こった結果なのだ。
元の滉は、明るく実直で多才であった。
人は、掛け違いのせいで、人間関係を歪ませ、たやすく人を傷つける。
滉は学んだのだ。
人という生き物は、たやすく信じてはいけないのだと。
それから、明るく人気者だった、滉は真逆に性格を歪ませた。
それまでの経過を吹雪は知らない。
今のマウヌが夢の中の彼とイコールではないことを、肌では感じているけれど。
それのギャップはどうしても埋められない。
だから、あの、少しばかり横柄な部分もある、マウヌだった滉にどうして敬語?と尋ねてしまった。
「敬語、だめ……ですか?いや、なんて、話していいか?わからないです。敬語で、いいですか?」
滉はなんとか言葉をつなぐと、吹雪の目を見つめた。
その吹雪の瞳は、優しく仲間を見つめる瞳だった。滉は、ひとまず、吹雪の人柄に安心した。
この人なら、普通に話しかけても、嫌がられないと──
*
「ねえ!まってよ!ヴァルマ!」
先をゆく海老塚 香那美の後を追って岩室 亜結が追いかける。
「あなたなんて知らないし、私はヴァルマなんかじゃないって、何度いえばわかるの!ついてこないで!」
「そんなこと言っても、海老塚さんはヴァルマだし!ただ、話をしたいだけなのに!」
「私には、話なんかありません」香那美は冷たく突き放した。
そうして、2-Aの教室についた。香那美は強く引き戸を閉めた。
香那美は、亜結に付きまとわれて困っていることを担任に何度か話してはいた。
けれども、そのたびに対処はしてくれても、亜結には、効果はいまひとつのようだ。
一度治まるには治まるが、数日後、また亜結によるつきまといが始まるのだ。
「本当にいい加減にしてほしい」
ボソッと、香那美は声に出してしまう。
「ねえ、海老塚さん。つきまとい、まだひどいの?」クラスメートが尋ねてくる。
「うん。本当にしつこくて。困っちゃう」
「ねぇ、考えたんだけど、向こうが口出しできないようにしたら、それで済むことかなって思うんだ」
「確かに、そうかも。方法って何かあったりするの?」
今の香那美にとっては、ヴァルマという過去世は一番思い出したくないものだ。
もし、思い出してしまったら、今の香那美は崩壊してしまうんじゃないかという恐怖心がある。
忌避すべき問題なのだ。
そこを、亜結──シルカは思い出してと懇願しに来るのだ。
どうにもうざい。
亜結──シルカ自身はすでに思い出して、なんの矛盾点も何一つ感じていないんだろう。
けれど、人にはそれぞれ心があって、許容範囲もバラバラだ。
香那美にとっては、香那美自身じゃなく過去の人格があったことなど、許容範囲外にあることだ。
到底受け入れられるものではない。
けれど、亜結は違うのだろう。
過去世のシルカも自身だという認識だという。
だからこそ、香那美が過去世を受け入れたくないという気持ちがさっぱりわからない。
そのすれ違いが、亜結の香那美に対するストーカー行為となってしまっている。
クラスメートは、香那美にひそひそと耳打ちをした。
香那美は、強くうなずいた。
*
「亜結、遅いなぁ。どこで油を売ってるんだろう」
燈乃は、生徒が部活や帰宅などでほとんどいなくなった教室で亜結を待っていた。
亜結はこのところ、2-Aの海老塚 香那美って子に話さなければいけないとご執心だ。
その子は過去世のヴェルデ・ガルダにおいてはヴァルマだという。
サナとしての自分に未だそこまでの確証が持てない自分はだめなのだと、燈乃は落ち込むこともある。
けれども、その前に、燈乃自身としての気持ちも心もある。
セイリュウの夢を見たあととなれば、尚更だ。
けれども、サナとしての夢を燈乃自身の全てのパーツを見たわけではない。
だから、この先、何が待ち受けているのかはわからないままだ。
しかし、亜結はその先の夢をすべて見ているという。
セイリュウによって、あの世界がどうなったのかも、もし、ヴェルデ・ガルダの自分たちが目覚めなかったらこの世界がどうなるかも。
知っているのだという。
肌感覚として、燈乃には亜結の言っていることは、伝わっては来るが、それは亜結といっしょにいる時間が長いからだ。
亜結と燈乃は、この学校・翠月学園に入学してからの知り合いだった。
クラスは違っても、顔を合わす機会が多かった。
そうして顔を合わせているうち、自然と仲良くなり、二年生に進級してからは、偶然にも同じクラスになった。
そして、二人は親友と呼び合うまでの仲となったのだった。
ただ──亜結は思い込みが激しく、思いのままに行動してしまう。
それは、シルカ自身の性格もあっただろう。
直情型で、血の気が多く喧嘩早い。瞬発力に長けた戦い方をするのだった。
そんな記憶を持つ亜結だ。
岩のように落ち着いて、相手の心が開くまで待つなんて様は土台無理な話だ。
時計の針はどんどんと進む。燈乃は、暮れゆく窓辺から、諦めた顔で下校することにした。
*
燈乃は校舎内に響く部活動の生徒たちの声を聞きながら、階段を降りていく。
その時、トレーニングウェアの男子生徒が一階から駆け上がってくるのに、ぶつかりそうになった。
その拍子に燈乃は階段からずり落ちていきそうになったが、その男子生徒にすんでのところで抱きとめられた。
「ごめんなさい!大丈夫ですか」
満園 一樹だ。
動き足りないと、ランニングの最中だと一樹は言う。
──先輩にバテすぎって言われて。やるなら徹底的にって思って持久力アップのために階段を走っていたのだ。
燈乃は、ありがとうと一樹に礼を言って、その場から離れようとした。
燈乃が何かを言う前に、一樹が尋ねる。
「もしかして、サナか?」
燈乃は、一瞬首を傾げたが、心の奥底で何かが引っかかるような感覚があった。
その次の瞬間、夢の中でサナと呼ばれていたことに気づいた。
だが──、燈乃が言葉を返す前に一樹が続けた。
「サナ、なんて、呼んで済まない。忘れてくれ」
一樹は自分がそんなふうに人を呼び止めるなんて、自身でも思っていなかったようで首をひねっている。
燈乃自身もまだ夢の断片を思い出せていなかった。
セイリュウの夢は見ても、それ以上の確信はまだ得られていないのだ。
かたや、一樹の夢の進行度もそのようなものだ。
イェレ──弓達 吹雪との夢は繰り返し見るが、他の仲間達との関わりの夢はまだ殆ど見ていない。
一樹自身。その調子なのだ。
過去世には間違いないのかもしれないけれど、確信がやはり持てずにいる。
でも、今、サナである女生徒──燈乃と対峙して、つい、サナと呼びかけてしまった。
女生徒も、困惑している。
一樹は、頭を掻きながらその場を離れた。




