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ヴェルデ・ガルダ〜緑の戦士たち  作者: 石井はっ花


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祈りの代償

 サナが、兄セイリュウの異変に気づいたのは自身の聖女への目覚めからだいぶ経ってからだった。

 ヴェルデ・ガルダでの活動に加え、神殿での聖女としての活動で忙しかったからだ。


 もし、当初からセイリュウの異変を、サナが気づいていたとしても、肉親の異変だ。


 何が出来ただろうか。


 直ぐ側にいたクリスティアンにしてみたところで、悩みに悩んで、ようやく聖女である姉のところに相談に来たのは、その、しばらく経ったタイミングだった。

 小型の野生動物にはじまり、家畜や、ペットの小動物がいなくなり、

 最終的にはルアヴェリシアの周りで暮らす家を持たない者たちの一人がぽつりぽつりと消えていったのだ。


 それでも、クリスティアンは兄のセイリュウを疑いはしていなかった。


 クリスティアンの眠りは深い。一度寝付くと、叩いても起きないほどだ。

 それをセイリュウも知っていた。


 だから、クリスティアンが寝付いてから、セイリュウは行動を開始した。


 小屋を抜け、広場に出て。闇に溶けるように、セイリュウは歩いた。

 獲物を探す肉食獣のように、けれど、もう空腹さえ感じない。


 感情はすべて、凍りついていた。


 目星は、日中ですでにつけている。一人でぽつんといる人物を狙うのだ。


 セイリュウには魔力があった。

 人まで屠るような今となっては、神殿で測れるわけではないが。


 この力に目覚めてからその魔力は、増大した。

 その代わり、心は、冷えて固まっていくようだ。


 もう、大事だったものも大事にしていたものも何もわからなくなった。

 ただ、肉を裂き血の流れる様こそが、セイリュウの存在価値であった。


 被害者の意識のある中、魔術をもって、動けなくし、そして屠るのだ。


 魔術は、誰に教わったわけでもない。

 セイリュウにとっては自然に、自身の奥底から湧き上がってくるものであった。


 被害者の捕まえられたことの衝撃、動けないことの焦り、傷つけられることの痛み、そして、やがて、体の力が無くなってくることの諦めと絶望──

 瞳にはソレが如実に表れる。


 愉悦──セイリュウはただ楽しかったのだ。


 幼い頃とは真逆の楽しみ。現実社会においての連続殺人犯がそうであったように、セイリュウも、屠るために生きていた。


 そうしていると、だんだんと、己の魔力が増大していくのを感じていた。

 血と絶望が、力の媒介になるのだ。


 それを確信し始めた時、こそこそと人を屠っていくのが、ほんの少しだけ、面倒になった。

 それよりも多くの者を一度に、とできることはないだろうか。


 ひとりひとり、丹精込めて殺していくのも楽しみは、それなりにある。


 けれども、だ。


 その光景が、複数人、何人もの命をなくしていく様子であったら──どれほどの享楽が、心に訪れるだろう。

 セイリュウはだんだんとそんな事を考え始める。


 そのためには、どうしたらいいか。

 頭をひねる。


 この世に、他にも渇いている者がいる──

 そう、反社会的な人物はどの世界にでもいるものだ。


 セイリュウはその者たちを率いる術を、自身の中に見つけた。

 深い闇の中にいると、同じように闇に生きている他の人間たちが浮かび上がってくる。


 セイリュウは、その者共を利用することにした。


 その標的にされた者たちは、ヴァグルザスと言った。

 古代語で炎と支配の契りを結びし者共という意味だった。


 *


 セイリュウは、己の魔力で影を身にまとい、誰にも知られずにヴァグルザスの頭目の前に現れた。


「誰だ。お前!ここまでどうやって入った!」


 ヴァグルザスの頭目・ウルモは、がなった。凶暴性に掛けては、ヴァグルザス一の男だ。

 その凶暴さで頭目までのし上がった男だ。


 口癖は“気に入らねぇ顔してんな”で、それが最期の言葉になる奴がほとんどだった。

 血の気が多く、この侵入者にも目に物見せてくれようとウルモは瞬間、剣に手をかけた。


 刹那──

 首が跳ね飛ばされ、バランスの取れないウルモの体が どさり と倒れた。


 周りの子分たちは、その瞬間を知らない。

 目では見えない。魔術を使ったのだ。


 けれども、子分たちは普通に、こう尋ねてくる。


「お前!何をした!」

 子分たちは、剣を抜きながら、セイリュウに威嚇しているが、どこ吹く風だ。


 黒をまとったセイリュウは、長い銀の髪を風に遊ばせながら、唇を大きく歪めた。

「我とともに来い。さすれば、命だけは助けてやろう。でなければ、今すぐに死ね」


 念波か──


「選択の余地を与えてやる。……死ぬか、生きて人間やめるか。選べ」


 そこにいる誰しもがその声を聞いた。

 セイリュウの近くにいたものから、順にひれ伏していく。


 彼らは、見てしまったのだ。

 セイリュウの深い深い深淵のような眼を──


 *


 サナはその日、神殿での祈りの儀式に従事していた。


 祈りの儀式は、日暮れまでかかる。儀式の最中は、他者の介入を最も嫌うところである。


 たとえ肉親でもだ。


 だから、セイリュウが帰ってこないことを心配し、相談に来たクリスティアンも随分と待たされた。

 どうにか日暮れになり、サナの祈りの儀式は終わりを迎えた。


 また明日、正聖女による祈りの儀式が執り行われるのだ。

 それでも、サナは祈りの儀式明けでも、自分の足で立って歩いてきた。


 通常の聖女は、疲労困憊により、介添が必要になるのだが、サナは違う。

 タフなのか、聖女としての力が満ちているのか──そこまでは誰にもわからなかった。


 礼拝堂で待っていたクリスティアンのもとに、祈りの儀式が終わったサナがようやく、顔を見せた。


「どうしたの?クリスティアン。あなたが祈りの儀式中に来るなんて」

「セイリュウ兄さんが帰ってこないんだ」


「え?もう、ずっと?」

「もう、ずっと。帰ってきてない。兄さんもいい大人だから、帰ってこない事、本当に珍しくないんだってわかるけど。その前から、考えたらおかしかったんだ」


 ──曰く、一切食事を摂らなくなり、クリスティアンが目覚めて数時間経ってようやく戻ってきたりしていたという。


「それに、変な事件が立て続けに起きているし。兄さんにはなんの関係もないんだって、わかっているけど。何か腑に落ちなくて」

「そうだったの。知らせてくれてありがとう。事件のことは、ヴェルデ・ガルダでも調べている。でも、手がかりがなくて」


 サナは、一旦言葉を切った。


「……目撃者がいて。その者が、犯人は銀髪の男だったっていうの。ルアヴェリシアでは、珍しくない髪色だから、考えもしなかった……」

「サナ姉さん!セイリュウ兄さんを疑うの?」


「疑っているわけでは、もちろんないわ。でも。ヴェルデ・ガルダでは、疑われるかも……」

 サナは、兄の姿を思い浮かべようとした。あの、静かに微笑むセイリュウを。けれど


 ──どうしてだろう、その顔がうまく思い出せなかった。


 クリスティアンは、深く傷ついた顔をした。

「サナ姉さんは。サナ姉さんは、セイリュウ兄さんの事、心配じゃないの?」


「え?どうして?」

「すぐに、そんな事件と結びつけて!僕は、セイリュウ兄さんが、そう、なってしまったんじゃないかと、不安なのに!」


 サナも、兄が殺されてしまったという不安はないわけではなかった。

 けれども、治安を預かるヴェルデ・ガルダの一員でもあるサナは、肉親としての情よりも職務として見てしまう向きはあった。


「違うの。クリスティアン。落ち着いて聞いて」

「もういい。姉さんを訪ねてきた僕が間違いだった。もう、姉さんを頼らないで僕達だけでやっていくから」


 そう言い残し、クリスティアンは去っていった。


 *


 サナは、翌日も、ルアヴェリシア全体のために、祈らねばならなかった。


 だが──どうしても、集中はできなかった。

 サナは祈ろうとした。けれど、そのたびにセイリュウの瞳がよぎる。無表情に、何かを諦めたように、虚ろに──


 そして、昨日あんな別れをした弟、クリスティアンのこと──


 胸は散り散りに張り裂けそうだった。

 それでも、夕刻、少しの余力を残して祈りを捧げ終わることが出来た。


 サナは、神殿長に頼み込んで、外出許可をもらった。

 聖女の祈りのあとは、前述だが、外出まで、できるはずがないのだ。


 が、サナは違った。


 自身の足で、ルアヴェリシアの反対側にあるヴェルデ・ガルダの本部に向かった。

 そこでは、今まであった事件の詳細がわかるはずだった。


 そして、里のものであれば、被害者の名前もわかるはずなのだ。


 サナは急いだ。

 果たして、被害者の名前の中にセイリュウの名はなかった。

 胸を撫で下ろしながら、帰宅しようと本部を出た。


 そこに、クリスティアンがいた。


「サナ姉さんの嘘つき。やっぱりセイリュウ兄さんの事疑っているんじゃないか」

「違うの。そうじゃなく、被害者の名前……」


「うるさい!うるさい!うるさい!サナ姉さんはいつもそうだ!」

 クリスティアンは、目にいっぱいの涙をため、顔面蒼白になりながら、叫んでいた。


「結局は僕らのこと、見下しているんだ!僕達が、姉さんみたいに能力がないから。だから、今みたいに軽くあしらって!」

 クリスティアンは大きく頭を振った。


「もういい!!!あなたのことは、もう、姉じゃない!僕のことももう、弟とおもわないで!」

 そう言い残すと、クリスティアンは闇の中に走って消えてしまった。


 サナは、涙を拭うことが出来なかった。


 *


 燈乃は、絶望感のまま、ベッドで身を起こした。


 顔も枕も涙でぐちゃぐちゃだ。


「クリスティアン……、ごめん。ごめんなさい……」

 今の燈乃は、サナではない。


 それでも、あの時、弟であったクリスティアンに謝ることしか出来なかった。


 遠く低く、夜鷹の声が静かな闇の中に響いている。

 燈乃はベッドを降り、廊下を抜けた。


 表玄関の鍵を開け、まだ春になりきっていない夜風を感じながら外に出た。


 空は、満天の星空だった。

 カシオペアも北斗七星も豊かに輝いている。


 この星空には、幾度となく慰められてきた。


 ざざざ、ざん……

 潮騒が夜風を伴って耳に響いてくる。


 体が冷えていくと同時に、心の焦りも、消え失せていくようだった。

「それでも、私は、向き合っていかないと」


 燈乃は、まだ、この先がわからない夢と向き合う決意を初めて持った。

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