災厄の予兆
星々の海の中。その男の意識はあった。
あの、世界を滅ぼしたあと。
意識体だけの男は、虚しい気持ちがあった。
我に滅ぼされるだけの世界など、成長しなければ良いのにな。
そして、行く当てのない男は、星の海の中に逃れた。
そのまま。何千年も。何万年も。眠りについた。
たまに、目を覚ましては。気の向いた文明を見つけ、それを滅ぼした。
──なぜ、そんなことをするのか。
そう、死にゆくものに尋ねられたが。
可能だったからにほかならない。できることをしただけだ。
ヒトは皆そうだろう。
できるから、それをし、できる限りの力を尽くして遂行するだろう。
では、我もなぜそうであってはいけない?
男は、意識体のまま、首をひねった。
命を生むものがいるとしたら、男は真逆だった。
命を終わらせる存在として生を受けたのだ。
そして、生を受けた世界を、己のできる限りの力を使い滅ぼした。
それのどこがいけなかったのか、何万年を費やしてもわからなかった。
男は、遠く地球という星で、いのちの輝きを見た。
大昔、男が人間として生を受けた時、きょうだいがいたのだ。
血を分けた存在。そのきょうだいのみが唯一、男を滅亡させられる存在だった。
その魂が、生まれて。成長している。
そして、あの世界の記憶が、蘇りつつあるのも感じ取った。
ふむ。
意識体の男は、一瞬考えを逡巡させて、その後笑ったようだ。
あの者たちは、生まれ変わっても我を討つと豪語していた。
それならば。
男は、瞬間的に移動した。みるみる青い星が眼下に迫る。
その戯曲に乗ってやるのも一興だ。
男は、大気圏内に安々と入り、地表に降り立った。そこは──民家のない森の中だった。
国という存在がもし、あるならばどの国に降り立ったのかは、男にはわからなかった。
男はそうして、地球という緑の世界に降り立った。
周囲の木々は、イヤイヤをするように大きく森全体が波打った。
男の過去の名はセイリュウと言った。
*
Zaphrex社の世界の観測機器で、一瞬の異常波が観測されたが、その後すぐに通常通りの数値に戻ったため、Zaphrex社の観測職員もうっかり見逃した。
数値は記録に残っていた。だが、ある一種のバグとされた。
それはバグではないと数人の観測職員がそれに気づいたが、結局はもみ消された。
*
地球の些細な変化を感じ取った僅かな人間の中に、弓達 吹雪と植村 仰がいた。
二人はそれぞれ離れたところにいたにも拘わらず、同時に同じ方向を見た。
吹雪は、弓道の練習中。ふと違和感を感じたのだ。弓を引き絞る手を止めた。
あたりを見回すが、通常の光景しか見えてこない。
仰は、ヴァルッテリを手伝って夕食の手伝いをしていた。
玉ねぎを切る包丁の手を一瞬止めて、その方向を見た。
──そこには、セイリュウがいるのだ。
けれども、今の仰にはもう、何も感じはしなかった。
彼らは、それとはわからずに災厄の予兆を感じ取った。
*
「仰。イツモお手伝いアリガトウゴザイマス。たすかります。」
ヴァルッテリが、鍋の中をかき混ぜる手を止めて、言う。
「何?改めて言われると気持ち悪いな。今朝も姉ちゃん変だったし。皆どうしたの?」
仰は目を丸くして、ヴァルッテリを見る。
「何故か、今、言わナキャいけない気ガして」
ヴァルッテリもどうしてそんなことを言ったのか思案顔だ。けれども、意を決して笑顔で続けた。
「でも、コウシテ仰さんと料理シテイルのが好きで、大切だなってオモッタんです。本当にアリガトウございます」
「僕だって、料理教えてもらって楽しいよ。ヴァルッテリありがとう」
二人は顔を見合わせてニッコリと笑った。
それにしても。
さっきのあの感覚。なんだったんだろう。でも、今も、なにか、危機が差し迫ってくる感覚があって気味が悪い。
そう思って、鱒を使ったマリネを作る手を止めた。
そう思っていると。
「ただいま!」燈乃が帰宅した。
「また、亜結ちゃんと、パフェかよ。このあと夕食普通に食べるんだろ?太るぞ」
「大きなお世話よ!」
「燈乃さん。スグ出来ますから、ハヤク手を洗ってきてくだサイ」
「うん!」燈乃は洗面所へ向かった。
仰は、こうして、笑顔で皆で生きていられることに、深く感謝していた。
*
楠浦 滉は、夕食後、いつものようにPCに向かっていた。
インターネット掲示板に有象無象の書き込みをするべく、ノートPCを開いた。
掲示板の中はいつも通りの騒ぎだった。
ためになることも書いてはあるが、取り立ててすごいことを書いているわけでもない。ただの愚痴や暴言などが多い。
あの夢を見てからというもの、滉は久しぶりにスレッドを立てた。
夢の内容を記録するためだった。眉唾だと罵られもしたが、そこは掲示板あるあるで特に傷ついたりもしない。
誹謗中傷程度になるなら、正式に抗議する手立てをとるが。今回は幸いなことにそこまでのアンチはいないようだ。
滉の立てたスレッド以外で、おかしな書き込みが若干目立っていた。
今日の夕方に、ラジオを聞いていたときに、非常に強いノイズが走ったという。
ラジオ波だけでなく、テレビの送信施設、インターネット上も何かしらの異変があったというのだ。
数年に一度起きる、世界の終末だ、それが近づいてきたのだと取るものもいれば、ただの太陽風とかじゃない?と楽観的なものも多かった。
何が本当かは滉には全くわからない。ただの高校生である滉には、どれが正解かはわからない。
今はまだ、あの夢との接点は考えられない滉であった。
掲示板の閲覧を終えると、自身のブログに日記を載せた。夢の所感と今日あったことをちょこちょこ書いているのだ。
ただし、閲覧数はほとんど0だ。だが、滉はそれで良かった。
それで、良かったのだ。
*
「あの、楠浦くん。だっけ」
滉は翌日、ちょっと顔は見たことがあるかもしれないくらいの隣のクラスの男子生徒から、声をかけられた。
購買からの帰りだ。手には菓子パン二個とコーヒー牛乳を持っている。
その目当てのものを買って、これから昼ご飯と思って教室に戻っているときだった。
実際、滉に話しかけてくる生徒は、こちらもほとんどいない。
初めは自分に話しかけられたんじゃないと、思った。
だが、名指しである。
滉はかなりきょとんとした、顔をしていたと思う。
「うん、君だよね。すぐわかった。マウヌ、でしょう?……僕はアウノだよ。」
滉は、怪訝そうな顔MAXで、アウノと名乗った男子生徒を見た。
実直そうな顔。黒髪で短く切り揃えられている。人好きのする笑顔だった。
そんな人物に親しげにされたことのない滉は、非常に戸惑った。
逃げたくなった。
目線でつい逃げ道を探す。それを察知して、話しかけた男子生徒は少し慌てる。
「あ。急に話しかけて悪かった。でも、君の書いたブログとスレッド見たよ。すごいね。僕はそんなに文章かけないから、ものすごく感心した」
滉の眼に怯えた光が宿り始める。それがわかったのか、古久保 秀亮は、詰め気味だった距離を少し離した。
途端、滉が大きく息を吐く。
「あ……あの……なんの用ですか?」それだけを滉はようやく言った。
「用、っていうか。変な話かもしれないけど、僕も君の見た夢、よく分かるんだ。だから、話したかった。それだけだよ」
「それだけなら、俺、行きます。昼、これからだから」
なんとか滉は小さな声でそう言うと教室に向かった。
あとに残された秀亮は、バツの悪そうな顔で頭を掻いた。
「唐突だったかな。反省だなー」そう独り言を言うと、別の階段を使うべく、回れ右をした。
*
「ねぇ!先生!これ、忘れ物じゃない?教科書置きっぱなし」
海老塚 香那美が、理科室実験台の上に置かれている教科書を発見した。
「んー?その教科書に名前書いてないかー?あとででいいから、海老塚お前届けてやってくれー。先生見ての通り忙しいから」
「えー!いやだ!」
「頼む。よろしくな!」
かくして、移動教室から戻った香那美は、2-C 岩室 亜結のもとを訪れることになるのだった。
2-Cの教室を前の出入り口から覗く。
活気のある教室の真ん中辺。ショートカットの少女が、茶色の髪を二つに結った少女と談笑中だ。
それがまず、眼に飛び込んできた。
香那美は、出入り口近くの女生徒に声をかけた。
「ねえ、このクラスの子なんだけど、岩室 亜結って子いる?いたら、この教科書渡しておいてくれる?」
「あ!いるよ!待って!亜結!!」
女生徒は教科書を受け取らずに、亜結を呼んだ。するとさっき目についた二人がこちらに来た。
「なぁに?マナ?」
「亜結の忘れ物だって!いっつもなんだから、ちゃんとしないとー」
「あ!ほんと!わたし、また忘れ物しちゃった!すみません!」
香那美は、この二人と初対面にもかかわらず、激しい親近感を覚えた。
それが気持ち悪くて、教科書を無言で渡すと、そのまま戻ろうとした。
「ねぇ、間違ってたらごめんだけど、ヴァルマ?」
亜結がその香那美の手を引いて、一番聞きたくなかった名前で呼んできた。
「やっぱり!ヴァルマ!懐かしい!シルカだよ!わかる?」
亜結は飛びついて抱きしめようとする気満々だった。
だが──
「人違いです。私は関係ない。気持ち悪い──」と、亜結に掴まれていた手を振り払うと、2-Aに戻っていった。
(私はヴァルマなんかじゃない。ただの海老塚 香那美だ。他の人間なんかじゃない!)
香那美は、今にもこぼれそうな涙をこらえていた。
「なあにあれ、感じ悪い!」
「いやぁ、今のは亜結が悪いよー」
「そうかなー?」
亜結は腑に落ちない顔をした。燈乃は香那美が戻っていった方をずっと見つめていた。
燈乃は、亜結がここまできちんとした夢を見ていることに、半ば焦りを感じ始めていた。
前世、とでも言うのだろうか、弟の仰がクリスティアンだとわかったのに、仲間の殆どがまだわからない。
早く目覚めないといけない、なにかが迫っている感覚があるのに、一向に目覚めない自分が不甲斐なかった。
「私も亜結みたいに夢が見れたらな……」そう声に出した独り言に亜結が反応する。
「サナなら、大丈夫。いつも、最後には頼りになるんだ」と励ました。




