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ヴェルデ・ガルダ〜緑の戦士たち  作者: 石井はっ花


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プラント

 昔、小学生の頃だったか。

 あいつ──弓達(ゆだて) 吹雪(ふぶき)が、俺のこと、なんて呼んだっけなぁ。


 イなんとか。うーん。思い出せない。

 でも、今日見た夢で同じように呼ばれていた気がする。


 満園(みつぞの) 一樹(かずき)はとっぷり日が暮れた通学路を一人歩く。


 周りは住宅街だ。

 明かりのついた屋内からは料理の温かい匂いがし、屋外の犬が、わんわんと吠えている。


 部活後に個人練習をしていたら、思いの外遅くなってしまった。


 角を曲がった先。街灯の下。何かが──いる?

 薄くぼんやりと、人の形のようなものが確かに見えた。


 一樹は足を止め、目を凝らす。


 ……だが。

 街灯の光の中には、何もいない。


 風もないのに、首筋がひやりと冷えた。


 やれやれ、おかしなことばかり起きると、肩をすくめて一樹は歩を進める。

 すると後ろから──


 ぽんと肩を叩かれる。びくっ、体が勝手に跳ね上がった。


(怖いんじゃねえんだぞ)そう、一樹は強がった。


 肩を叩いたのは、吹雪だ。

「あれ?一樹、まだ、帰ってなかったんだ」


 危うく悲鳴を上げそうになった一樹は、声を出さずに器用に息を吐いた。

「お前なぁ。先に声かけるとかしろよ」

「ふふ。相当驚いたろ」


 吹雪が意地悪な目をして笑う。

「うるせーよ」


 ばつが悪いのか、一樹は一言返して、先を歩く。そして、吹雪の方を顔だけで振り返る。

「おい、お前も個人練の後か?」


 吹雪は、早足で一樹に追いついた。

「うん。すぐ、公式戦だしね」


「そっか。お互い精が出るなぁ」

「うん」


 小さなガキの頃から、こいつとはずっと、こうして歩いてきた。

 それが、夢の中でも一緒だったなんて。


 ……なにか不思議な感じだ。


 一樹は見るともなく吹雪を見た。

「?なに?」

「お前とは、ずっと一緒だよなと思ってさ。ありがとうな、吹雪」

「なにいってんのさ、気持ち悪い」


 こういえばこう返ってくる軽口に、居心地の良さを一樹は感じていた。

 夢は夢でしかない。


 一樹はそう、思うことにした。


 本当かもしれないけれど。

 俺が信じるのは、吹雪とこうして笑い合っていられる今がある。それだけで良かった。


 オスクを、もう、失いたくない──ふと、そう思った。


 おいおい、オスクって誰だよ。

 あいつは吹雪だろ。

 俺はイェレじゃないし。


 満園 一樹だ。


 一樹は、夢の中の世界が幾分侵食していることに戸惑いを感じていた。

 とある十字路の右手にその一軒の家がある。その家を指しながら、吹雪が言った。


「あ、一樹、僕こっちだから」

「ああ。じゃあな」


 吹雪は、手を降ると、何故かなにかを決意した表情をして、自分の家の敷地に入っていく。

 その表情は、真っ直ぐ前を向いて、口をぎゅっと結び、そして握りしめた手が少し震えていた。


 一樹は、その先の自宅を目指して歩を進めた。


 *


 夕食後、植村(うえむら) 燈乃(ひの)はソファでいつの間にかまどろんでいた。

 祖父の展久が見ている、野球中継がそこか遠くに聞こえている。

 そして段々と深い眠りに入る──


「──サナ!サナ姉さん!起きて!起きて!」

 二つ下のクリスティアンが、慌ててサナを呼ぶ。

 揺り起こされてサナはようやく目を開ける。


 背中が少し痛んだ。砂利の匂いがした。

 どうやら板の間──床に寝転んでいるらしい。


「あれ?私、どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ!急に倒れて。びっくりしたんだから」


 クリスティアンが涙目で応える。

「大げさね。なにもないわよ。でも、ちょっと背中が痛いかな」


 そう、サナが言うと、クリスティアンは少し複雑そうな顔をした。


 やっぱり、大丈夫じゃないじゃないか──


 そこへ横から兄のセイリュウが、笑いながら言う。

「大丈夫だ。クリスティアン、サナは倒しても死ぬような弱いやつじゃないから」

「兄さん。それはどういう意味ですか?」


 クリスティアンが不思議そうに尋ねた。


「文字通りだろ」

 くくっ。セイリュウは意地の悪い笑い方をした。


「もう、兄さんはそんなことばかり言って。たった一人の妹が可愛くないんですか」

 サナが尋ねると、セイリュウは真顔で

「可愛いから、いじめるんだろう」と言った。


「もう!兄さん嫌い!」

 サナが膨れ面をする。


 いつもの一コマだった。


 ──その時、燈乃の意識が目覚めた。

 夢はまた燈乃の記憶の中に入っていってしまった。


 その時気がついたことがある。


 クリスティアンは弟の(あおぐ)だ。

 また、弟に生まれてくれたんだ。

 私の弟になりたいと、生まれてきてくれたんだ。


 燈乃は涙とともに目を覚ました。

 展久が見ている、テレビの野球中継がやけにうるさい。


 ふと、考えた。

 仰が、クリスティアンだとしたら、そしたら、兄さん。


 セイリュウは誰だろう?


 *


 育成牧場のその奥にプラントはあった。


 Zaphrax(ザフラックス)社の北海道日高プラントだ。

 表向きは、医療用バイオソリューション研究施設という名目で立てられたプラントだ。


 難病治療・希少疾患の遺伝子治療技術の開発をするため、空気と水のきれいなところをと求めて建てられたのだ。

 北海道の医療支援モデル地域として、地域医療貢献も兼ねているのだ。


 とはいえ、それはやはり表向きの話だ。

 実際は、兵士強化や人格捜査に使える遺伝子編集を追求している。


 その日、夕刻。


 プラント全体を揺るがす大騒動が起きた。

 操作対象だった遺伝子が暴走的に発現したという。実験個体が予想外の成長速度・筋力増強・異常行動のいずれをも示した。


 研究員数名が重症を負い、その実験個体は隔離された。

 戦闘強化兵士を作製する過程での騒動である。


 外部への影響はゼロではあったが、噂は噂を呼んだ。

 あの建物は化物を作っている──や、人体実験を繰り返していると──


 それはほとんど事実ではあったが、公にはしているわけがないのだ。


 所長を務める池脇(いけわき) 稚葉(わかば)は、その事態を収拾するべく迅速に動いた。

 かくして、騒動はすぐに終わった。


 しかし。噂自体の収束はすぐにはつかなかった。とはいえ、人里からかなり離れてはいるのだ。

 プラント内にいる分にはなんの支障はない。


 また、そんな様な環境だ。


 職員たちは、軽々と倫理規定違反を行っていた。

 そんな折の騒動だったのだ。


 *


「ええ。それは、こちらの落ち度でした。申し訳ございません」

 池脇は、オンライン会議の最中だった。


 相手は東京支社にいる遺伝子開発部長の生方(うぶかた) 広充(ひろみつ)だ。

 池脇が現場責任者なら、それを取り仕切るのが生方となる。


 生方は、冷酷な人間であった。何より成果第一主義なのだ。

「勝ったものが正義」という信念のもとのし上がってきた叩き上げでもある。


『いいか、次こそは成功させろ。そのための学園だろう』

 今回の事故の被検体だったものは、学園の教師だったものだ。


 燈乃たちが通う翠月学園は元をたどるとZaphrax社が本体となっている。

 その人材を確保するための教育施設というのが創立理由であったが、実際は教育を通しての人材牧場であった。


 どれほどの教育を受けさせれば、人は育つのかという実験も兼ねられているのだ。

 通常の学校であれば、身体検査も年一~二回というところであろうか。


 翠月学園では年四回行われる。脳波や心臓の波形も検査項目に入っている。

 学年考査も他の学校よりも厳しく、一定の学力から下回れば、二度の再試験はあるが、それでもその再試験に受からなければ、退学の憂き目が待っている。


「その、人材牧場、いえ、翠月学園ですが、新たな適合者が出てきたようです」

 生方の左眉がはねた。


『ほぉ。そいつは誰だ』

「女子です。竹口 彩耶といいます。彼女は高い数値を示しています。コレなら、あの実験もうまくいくに違いありませんわ」


『ふむ。選定の方は現場に任してある。その線でいってくれ。だが──』

 生方はそこで、一旦言葉を切った。

『次の失敗は許されん。肝に銘じておけよ。いいな』


 そこまでいうと生方は通話を終えた。暗い画面に疲れた池脇の顔が映る。

 オンライン会議を繋げるまで、隠蔽工作の指示に追われていたのだ。


 殆ど寝てもいない。だが、任務の遂行。


 それが彼女の流儀だった。


 *


 人体実験に使われた男は殺されもせず、牢屋のような施設の中にただ一人いた。

 二四時間監視の中、定期的に鎮静剤と共に栄養剤も点滴されるのだ。


 男はまどろみの中だ。

 まどろみの中、危険なものが確かに近づいてきていた。しかし、それに気づいた者はいなかった──どの職でも、どの立場でも。


 それは、別の名を災厄といった。

 だが。今はまだ種子にすぎない。


 目覚めの時を待っているのだ。


 *


「お爺ちゃん!おはよう!」

 燈乃が、朝の慌ただしさの中元気よく祖父の植村(うえむら) 展久(のぶひさ)に挨拶をする。


「ああ、起きたのか?おはよう。昨日はよほど疲れてたんだな」

「うん。なんか気持ちが少し疲れちゃってたみたい」

「おや。大丈夫かい」


「姉ちゃんは、大抵大丈夫だから」横から、すでに朝食を取っていた仰が笑っていう。

「仰!……うるさいぞ!」


 燈乃もひょうきんな声を出して笑った。

 ヴァルッテリが、笑顔で燈乃の分の焼き立ての目玉焼きを出してくれた。


(ああ、いい朝だなぁ。このまま、こうした朝が続けばいいなぁ)


 燈乃は切に願った。


 *


 三時間目の休み時間。不意に校内放送のチャイムが鳴った。


『1年C組、竹口彩耶さん。至急、生徒指導室まで来てください』

「ねえ!彩耶。なんか悪いことでもしたの?呼ばれてるよ!」


「えーだるい。行きたくないー。さやかいってきてよー」

「てか、呼ばれたの私じゃないし!彩耶、行ってこないとだめじゃん」


「もう、ほんとだるい……」

 彩耶は頭を掻きながら、生徒指導室に向かった。


 彩耶は、生徒指導室に向かったきり、教室へ戻ってくることはなかった。

 急な転校をするといって教師から伝えられたのだ。


 それを最後まで違うって言ってたのは、彩耶の友達のゆかりだ。

「私に黙って転校するはずないんです」と、ゆかりは言った。

 だが、それを聞き入れるものは誰ひとりいなかった。


 そのうち、彩耶のことも思い出すものはいなくなった。


 実の両親すら、闇のどこかに消え去ってしまった。

 突然の失踪に周囲は探したが、その手がかりも痕跡も見つからなかった。


 数日後、プラントには変わり果てた彩耶が言葉もなく繋がれていたのだった。

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