アウノ
カムイモシリの会のシャーマンたちの祈りの中、新たな祈りが加わった。
カムイエクウチカウシ山、山麓に住まう鍋沢 多恵と神威岳のこちらも麓に住まう大見 紀久代だ。
二人も遅ればせながら、それぞれの自宅にて祈りを捧げ出した。
それぞれにもカムイが付いており、その祈りの力に手助けをしていた。
その祈りが、植村 燈乃の祈りの言葉と同調をみせていく。
そして、その同調が最高点に達した時──ヴェルデ・ガルダの面々の武器がそれぞれ光を放ち出した。
まず、燈乃の刀が白く輝きを放っていく。
続けて満園 一樹の刀だ。猛攻の証、紅に輝いた。
そして、岩室 亜結の刀は翠に。古久保 秀亮の刀は蒼。植村 仰は金に煌めいた。
楠浦 滉の刀は薄紫に輝いている。
また海老塚 香那美の弓は、藍に、弓達 吹雪の弓は銀にそれぞれ輝いている。
そして、その光り輝く武器たちは今までの武器とは何かが違った。
今までは、影から押し返されるようなところもままあったが、輝いてからは違うのだ。
その時、燈乃の心の中──サナが囁く。
「これは、燈乃あなたの力だよ。みんなの武器が神格化したの。立派な神具になったのよ。怖いことじゃないわ。安心して。私はあなたとともにある」
そして、燈乃の心の内にある才能の雫が、もう一段階成長を遂げたのだ。
「みんな聞いて! 私達の武器が神々の祈りとともに神具となったわ! これで、全て倒せる!」
おお! ──異口同音に同意した。
*
全員が、己が強さを信じた。
一樹の猛攻が影達を切り裂いて風塵へと戻していき、その背後から迫る影を秀亮が弾き飛ばす。
その取りこぼしを亜結の突きが素早く処理し、その背後では仰の真剣が強く煌めき、影たちを打ち倒していった。
滉は、主に祈りの最中の燈乃を守ることに徹していた。
そして、遠慮のない弓の攻撃に、なかなか近づけずにいる影たちを、一樹の猛攻が襲っていく。
いつしか、燈乃たちヴェルデ・ガルダの優勢となっていた──
*
その刹那。
『精が出るものだな。アウノよ』
セイリュウの念話が、秀亮の心のなかに響いた。
秀亮は、それどころではないとすべての意識を目の前の影たちに戻そうとしたが、セイリュウの念話は構わずに続いた。
『そう、冷たくするな、アウノ。お前の心は我が一番わかっておる』
瞬間、秀亮の真剣の振りが遅れる。そこを亜結の突きが、カバーに入る。
「すまん。助かった」
亜結は、にっこりと笑うと、他の影に対峙していく。
『ほら、お前の歪みが他のものを危険にするのだ。お前は、この地と仲間を守れない』
秀亮はなんとか集中しようと努力していた。
が、
『お前は、一樹にはなれないし、サナも燈乃もおまえには振り向かない。ヴェルデ・ガルダの面々もそうだ。このまま、全てを守れると本当に思っているのか?』
その時、香那美の背後に、より強力な影が現れた。
『甘い甘い。前方だけに影はいるわけではないぞ』
香那美は、必死で応戦するが、影の爪が香那美へと迫っていく。
その時、燈乃は後ろを振り返り、初めての攻撃魔法を放った。
「白き光よ──我が刃となりて、闇を断て! 《光刃》!」
そして、その光の刃は、香那美に襲いかかろうとした影に当たり、影は粉塵と化した。
「植村さん! ありがとう!」
香那美は、そう言うとまた影たちに矢を放っていく。
『ほお、ようやく攻撃魔法を使えるようになったか。アウノ。救われたものだな』
がくん。
燈乃の体が少し、崩れた。
「燈乃!」崩れ落ちる既のところで、亜結が燈乃を支えた。
『慣れない攻撃魔法の反動が来たようだな』
セイリュウは楽しげだ。
『さあ、アウノ。お前はどうする。どう、乗り越える』
セイリュウは、たまらずに笑うと念話を切った。
秀亮は焦った。
ここで、燈乃と亜結の連携が崩れると、負けが確定するような気がしたからだ。
だが、秀亮は、自分を信じた。
仲間を信じた。
その光が。
秀亮の、身中から発せられる気がした。
ほの淡い蒼の光を、秀亮は身にまとっていた。
そして、一樹の背後につくとより一層援護に徹した。
*
「燈乃! 大丈夫!」
亜結が燈乃を守りながら戦っている。
燈乃は青い顔でふらつきながらも、真剣を握る力だけは強かった。
「亜結! 亜結を信じる! もう少しだけ堪えていて」
燈乃は真剣を持つ右手に左手を重ねた。
「白き光よ──鎖となりて、闇を縛れ! 《光縛》!」
すると──その刹那、影たちの四肢に光の鎖が絡みついて、動きを止めた。
「みんな! 今よ!」
秀亮が一歩、一樹に先んじて前に出た。
「ここは、俺が!」
真正面から影たちを引き受け始めた。
開いた空間で一樹が精神を集中させ始めた。
赤い光が、一樹の体中から溢れ出てくる。
一樹の唇から、魔法の詠唱が漏れ出てきた。
「紅の光よ──我が刃と燃え上がれ! 闇を焼き尽くせ! 《紅蓮斬》!」
赤い刃が四方八方に飛び散り、影たちを屠っていく。
滉の真剣が形を変えだした。短剣──ダガーの形になっていく。
そして、今までより早く滉が敵前へと飛び出していった。
それに負けずに仰も敵を屠っていく。
そして、いつしか仰も詠唱を始めた。
「金色の光よ──我が刃に宿り、闇を裁け! 《金耀閃》!」
仰の持つ真剣が金の光を凝縮しだすと、その時仰が刀を一閃し斬撃波となって影達の前線が総崩れになった。
これからは掃討戦である。
燈乃は、光の力を振り絞り、何度も魔法をかけている。
「白き光よ──絆の環を描き、闇を退けよ! 《光環》!」
ヴェルデ・ガルダ達の足元に光の輪が描かれ、一層力が強まった。
「あと! 一体!」
「満園! 行けぇ!!!」
秀亮は喉を枯らして叫んだ。
その最後の一体が倒れるまで、戦闘は続いた。
*
影たちは、全て粉塵と化した。
辺りは異様な静けさに包まれている。
その中でヴェルデ・ガルダの面々が、制服が汚れるにも構わずにぐったりと地面にへたり込んでいる。
唯一、一樹と燈乃だけが余力を残してまっすぐに立っていた。
それを見た吹雪が冗談めかして、
「さすがはサナとイェレだ」と称えた。
「ほんと、どんな体力してんの」と亜結。
「僕はもう、クタクタです」と滉が続ける。
その中で、秀亮が俯いていた。
「どうしたの。古久保さん」
仰が秀亮を気にかけている。
「いや。俺がリーダー格なのに、実質なにもできなかったと、思ってさ」
仰はゆっくりと首を横に振った。
「古久保さんの指示があったから、僕達は安心して戦えたんだ。僕なんてスポーツもしたことがないへなちょこだし、クリスティアンは戦場にも出たことがないんだからね」
仰は、にこりと笑った。
「だから、古久保さんは堂々としていていいんだ。実質、僕にはヴェルデ・ガルダたちが今までどうやって戦ってきたかっていうところはわからないけど、サナお姉ちゃんもきっと、アウノがいたから安心して、魔法を使えていたんだと思うよ」
仰は、秀亮の肩をバシバシと叩くと、少し足を引きずりながら、吹雪の方へ向かっていった。
秀亮はうなだれると、涙を流した。
*
ヴェルデ・ガルダたちが、戦闘を収束させた時、その同じ時間でのことである。
異変があったすべての神社の怪異が収まったと、警察や消防などの報告書が上がっていた。
あちこちの小さな社まで数えると、死者数は、二十名にのぼった。
その他、動物たちの亡骸が折り重なっていたため、その場の正常化など、考えるべきは山ほどあった。
何しろ、社の面積全体が地盤沈下しているのだ。
それを修復しようとすること自体、頭を抱えざるを得ないことである。
そして、各地のカムイとシャーマンたちは、力を出し尽くしてはいたが各々無駄口を叩けるほど元気ではあった。
カムイ達もそれぞれ湖や山々に戻っていった。
この事件は、一大センセーションとしてネットニュースを賑わせたが、そのうち何事もなく忘れ去られるのだった。
*
忘却へと向かわないのは、北海道神社庁だ。
結局は何も動けずにいたわけだ。
神社本庁や、各地の神社からの問い合わせに追われた。
そして、八人の高校生たちを使って事態を収束させるとは何事かという問い合わせをはじめ、様々な意見が集中した。
北海道神社庁は困っていた。
いうなれば、勝手に動かれて事態を大きくされたのではないかと憤慨した。
けれども、その憤慨もK神宮の紺屋などあちこちの神社などから文が相次いで押し寄せると次第に沈静化していった。
後日、手助けをしてくれた高校生たちの素性についてヒアリングをしたいと江刺宮司に連絡が入った。
*
秀亮は、自宅の自室で机に座っていた。
自主休講となってしまった授業分のレポートを書かなければいけなかったのだ。
「少し、疲れた……」
秀亮は、机に突っ伏して仮眠を取ることにした。
夢の中で。繰り返し見る夢がある。
アウノ──自分が死ぬ所の夢だ。
戦況はひどいものだった。
ヴェルデ・ガルダだけではなく、他の隊の者も次々と倒れていく。
守れない──そう思った時、敵の魔法の矢が胸に直撃した。
アウノは血を大量に吐き、ドオと倒れて、動かなくなった。
そして、混戦の中絶命したのだった。
秀亮はその夢を見るたび、飛び起きるが、この時は体をロープで縛られているかのように動けずにいた。
そこへ──
「どうだ。自分が死ぬ時の夢は。良い心地だろう」
セイリュウが現れた。念話ではない。本体だ。
「お前、どうして……」
「お前とは、話が合いそうだ」
「俺が、セイリュウなんかと合う話なんてない」
秀亮の喉の奥が詰まるような心地がした。
「黙って聞け」
「ぐっ」
秀亮は、セイリュウの眼力に押し黙った。
「お前は、お前自身の価値に気がついていない。我と来い」
「価値ってなんだよ! 行くわけ無いだろ!」
「再び生まれついたお前は闇の属性を抱えている」
「なんだって……」
秀亮はあまりのことに、崩れ落ちそうになった。
「我とともに来い」
「──嫌だ」
秀亮は駄々っ子のように首を振った。
「そんな事言われて、ハイそうですかと行くわけない。俺はヴェルデ・ガルダだ!」
秀亮は、セイリュウに向かって突進した。
セイリュウは、ひらりとそれを躱すと、秀亮は突進したまま家具にぶつかった。
派手な音がして、秀亮はひっくり返った。
「どうしても嫌か」
むくりと起き上がった秀亮は、何度も首を振った。
「俺は、ヴェルデ・ガルダの一員だ! 他の何者でもない!」
セイリュウは、その唇に酷薄な笑みを湛えた。
「そうか。それなら、ここで死ね」
セイリュウが腕を一閃させると、秀亮は絶命した。
看取る者もいない最期であった。




