カムイ
その日──ある啓示がそれぞれのもとに届いた。
支笏湖、温泉街にほど近い民家の一室、山沿いにあり、広い窓から支笏湖の湖畔が風によってゆっくりと揺れ動くのが見て取れる。
能登谷 圭紀は老いた体を伸ばし、瞑想に耽っていた。
そこへ──その精神世界に衝撃が走る。
カムイ シ・コッだ。
支笏湖のカムイが、能登谷の精神に干渉してきたのだ。
それは、かなりの衝撃だっただろう。
あまりのことに、閉じていた目を開ける。
けれども、次はあまりの眩しさに目を開けていられずに能登谷はまた目を閉じた。
『圭紀よ。お主はいつになったら気づくのじゃ。あの者たちの存在は、お主には視えぬか』
「カムイ。どのようなことですか」
『数日前の光、お主には感じなかったのか?』
「はい。──感じてはいたのですが……」
能登谷自身、それを感じ取ってはいたがどう動けばいいのか、わからないままだったのだ。
『ならば、次に来る影の攻撃に備えよ。彼奴はお主らをも狙ってくるかもしれん』
「我らをですか」
『そうだ。今は、無辜の人々を狙っておるが、これからは違う。神職、お主らシャーマン、それがどんどん広がりを見せるだろう。頼れるのはお主らじゃ』
「はい!」
『期待しておる』
ふと。シ・コッカムイの気配が能登谷のそばから離れた。
「これは、大変なことになった」
その時、大きめの音量で傍らにあったスマートフォンが鳴り出した。
能登谷は、震える手でスマートフォンを持った。
*
電話の主は、洞爺湖の入江のほど近いところに住まう、能登谷と同じアイヌのシャーマンである真屋 チカコだ。
真屋は洞爺湖のカムイ、キムントカムイの訪問を受けたという。
キムントカムイもシ・コッカムイと同じ啓示を残したと言う。
二人は、どうするか話し合っていたが、その時、同時にある気配を感じ取った。
影が、動き出したように感じたのだ。
肺に鉛を詰められたように感じられ、そして肩から頭から全身が重くなるような痛みを感じた。
「今の、気づいたかね」
「真屋さんもかね」
「カムイの言うことは本当だったんだな」
二人は、電話を切り、対象になっているもののために祈りだした。
能登谷は、古式の祈りの踊りを踏み、真屋は洞爺のカムイへの祈りを謳った。
*
その時、日高地方東部の神社に同時に異変が現れた。
小さな社を含めてだ。
社周辺が急に暗い闇に覆われた、その瞬間、ずしり。
社周辺の土地が1~2mばかり沈んだ。
山の中腹にあろうが、平地にあろうがである。
ただ、重く沈んだのだ。
そして、その沈んだ社をめがけてその周辺2mほどの土地も沈んでいく。
即座に警察や消防などが動いたが、原因がわからない。
慌てたのは、ようやく知らせが届いた北海道神社庁だ。
問い合わせを聞いても、何も答えようがない。
前例がないからだ。
U神社の江刺 嗣郎宮司が、前回よりも早く北海道神社庁に問い合わせを入れても、返事は梨の礫であった。
「本当に、どいつもこいつも……」江刺の肩は怒りに震えていた。
江刺は、旧友の植村 展久に連絡を取ることにした。
屈斜路湖畔の民家でその異変にいち早く気づき祈りを捧げていた畔木 かづ子とその側で同様に祈っていた普段は硫黄山に程近くに居を構える中添 沙千子(なかぞえ さちこ)が、音を上げる。
「だめだ、中添さん。わしの力じゃ、闇に押し込められる」
「わしもじゃ、畔木さん。いくらカムイの力だって、これじゃあ……歯が立たない」
いくら、祈りの力を最大限に強くしても、闇の力は、その祈りをも糧に強く増大していくようだった。
その時、同様にクッチャロカムイとアトサヌプリのカムイも見守っていたが、闇の力が強すぎて、それぞれ音を上げそうになっていた。
カムイの力すら、声を放つたびに胸の奥が冷たく抉られるようなものだったのだ。
そこへ──小動物たちがその社へ飛び込んでいくのを周辺の住民たちが見て取った。
動物たちの小さな命が踏み石のように奪われ、やがて人が次の供物とされた。
それを現場にいた人間たちが止めようとしているが、全ての社に手が回るわけではなく、数名が命を落としていた。
その頃、祖父、植村 展久から燈乃に連絡が入った。
昼休みがちょうど終わりかけのタイミングであった。
「おじいちゃん、予鈴、なってんだけど」
「いいから、聞きなさい。なんなら、そのまま早退しても構わないから、よく聞きなさい」
かくして、展久から燈乃への第一報が入った。
その昼時間帯に、昼食をともにしていた満園 一樹と古久保 秀亮と岩室 亜結が、急に気配を険しくした。
その後の展久からの連絡だったのだ。
四人は推して知るべしであった。
「どうする?」燈乃が秀亮に尋ねる。「行くでしょ」と即座に応える一樹だった。
一方で。秀亮は、今いる光景と別の光景を目にしていた。
*
秀亮は幻か、と目を何度もこすったが、
その人は幻ではない──その姿は、ルアヴェリシアにいたときのサナの兄セイリュウそのままだった。
青に輝くような黒髪を長く垂らし、切れ長の目は人を人とも思わないような冷たさを放ち、薄い唇は今にも呪いの言葉を吐きそうであった。
『ようこそ。アウノ。いや──古久保 秀亮。お前のことは随分前から期待して視ていた。なかなか優秀だったな』
声なのに頭の中に直接響く「感覚」がある。
「お前が──セイリュウか……!」
『いかにも、我がセイリュウだが。お前ほど、光のものの中で優秀な闇を抱えたものはいなかった』
「……!何を言って!」
『驚くことは、ないだろう。自分でも自覚はあるのだろう?内心、まだ、目覚めきってもいない一樹が重要視されて、自分への注目などないに等しいと。それに憤っている自分がいるのだろう。隠さなくても我にはわかる』
ニィ……とセイリュウの薄い唇が笑うように歪む。
秀亮が、無意識に握りこぶしを作る。
が、
「満園くんを妬ましく思っていたのは、確かに本心だ。だけど。あんたにそれを言われなくても、注目されてないことくらい自分でもわかるよ!」
『認めるか……。アウノよ。お前の本心から愛した、聖女サナは結局はお前のものにはならなかったぞ』
「何が言いたいんだ。そんなことくらいわかってる!」
『サナは今もイェレのものだ』
「うるさい!」
『今生もそうなるだろうな。お前が今のままであれば。な』
秀亮は、両手で耳をふさいだ。
「うるさい!うるさい!うるさい!」
セイリュウは楽しげに笑うと、
『とくと……考えよ』
セイリュウは身につけていたマントを翻すと、その身を消した。
──その瞬間、秀亮の意識はいつもの学校内に戻ってきた。
「どうする?」燈乃が秀亮に尋ねる。
「行くでしょ」と即座に応える一樹だった。
そして、瞬間的に、秀亮はめまいを強く感じた──
*
展久が車を運転して、翠月学園までやってくるのが、20分弱。
それまでに、亜結がその他の三人──海老塚 香那美と 楠浦 滉、 弓達 吹雪、──そして、クリスティアンである 植村、仰を呼びに行った。
四名は、その後江刺の乗る車で現場まで運ばれることになった。
*
U神社に着いた面々は、いつもの穏やかだった神社の惨状に言葉を失った。
境内のおよそ百段ある石階段は、無惨にも中腹から沈んでおり、その先の神社本殿自体も既に土の中だ。
そして、その周囲には小動物や鹿などの動物たちが息絶えて横たわっている。
ここは、港の側であるが町の中心部に位置しており、周囲には人家も多い。
心の弱った人々が集まり、その空洞となった社に近づいていこうとしていたが、警官達がなんとかとどめていた。
「うわぁ。これってマジ?」
亜結が思わず口にする。
動物たちの屍の匂いが漂っている……その死臭に仰は思わず、むせた。
「仰、大丈夫?」
「うん……、お姉ちゃんたちは、平気なの?」
「うん。なんとか、大丈夫みたい」
「それよりも、これ、なんとかしないとな」
一樹が駆け出して行きそうになる。
「満園くん。待ちなさい」
展久が、一樹を引き止めた。
「あ。なんすか」
「これを持っていきなさい」
展久は、剣士と聞いていた燈乃、一樹、秀亮、滉、そして仰に一振りずつ真剣を手渡した。
「おじいちゃん。これ、銃刀法違反?」
「安心せい。既に届け出は済ませてあるわい。じいちゃんを舐めるなよ。元は、士族、刀くらい用意してあるわ」
ふと、真剣な目で燈乃たちを見つめる。
「だが、わしに戦いは無理じゃ。お前たちを危険な目に合わせてしまうかもしれん。済まないが、この地のためじゃ。許してくれ」
「わかってるわ。これは、私達が負わなければいけない戦いだもの」
燈乃は頼もしく笑うと、制服のスカートを翻した。
「さあ、行くわよ。皆!」
おう。などと、口々に気合を発した。
*
江刺宮司が警官たちにあらかじめ話をしていてくれたようで、警官達は渋々といった様子でバリケードテープを押し上げてくれた。
燈乃たち八人は、そうして現場に足を踏み入れた。
小鳥、ネズミ、犬猫、鹿たちの死体で土が埋もれている。
中心地から放射線上に死体が積み重なっていた。
それを申し訳なく思いながら、踏みつけにして進んだ。
通常の弓であった吹雪と香那美の弓が、鳴った。
弓を番えていたり、触ってもいないのにである。
それは、合図だった。
八人を中心に、影が溢れ出てきた。
ここで、秀亮が動いた。
「俺が先に出る!次に満園!岩室!植村!楠浦と植村弟は無理せず、ついてこい!弓達!海老塚は援護を頼む!」
口々に返事をした。
秀亮は、ヴェルデ・ガルダではタンクであった。
いうなれば、隊の指揮役なのだ。
だから、自然に指揮をする言葉と態度が表れた。
そして、皆も自然にその指示に従った。
正面の影たちは、秀亮と対峙することになる。
横からの攻撃は、両翼の亜結と一樹が戦い、取りこぼした分を滉、仰がさらっていく。
その後ろから、香那美と吹雪が矢で仕留めていく。
そして、燈乃は光の魔法を発していた。
影たちは、その光の魔法で動きが鈍くなっているのだった。
今回の戦闘は、すべての敵を屠ることであった。
だが、闇は濃く、影は生まれ続ける──終わりが見えないのだった。




