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ヴェルデ・ガルダ〜緑の戦士たち  作者: 石井はっ花


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光影

 あれは、本当に自分だったのか──


 N神社内での光の魔法を発動させた植村(うえむら) 燈乃(ひの)は、この魔法のない地球という世界で、光の魔法を発現させたという事実に、戸惑っていた。


 あれから、二日。

 町は、N神社の怪異など何もなかったかのように平常を取り戻していた。


 何かの拍子に体の芯が熱くなり、意識がその芯へと集中してしまいそうになる。


 光がうずくような、眩しさを内側に感じる。


 多分、そのまま集中してしまったら、また、魔法が引き起こされてしまう。

 集中を促すのも大変だけれども、逆に意識を拡散させるのも、難しい。


 それにしてもあの時は、無我夢中で。


 満園(みつぞの) 一樹(かずき)にも影が迫っていたタイミングだったから。


 だから、その芯への信頼を強くした。

 それしか、行動が取れないと直感したからだ。


 その信頼が、魔法の発現となったと燈乃は考えていた。


 それでも、この何もない家の中であのような魔法を発現させるのは、どうなんだろうと思う。

 周りの家までは、自宅庭が広いためそれほど近所迷惑にはならないだろうが、


 しかし──実際のところ、そういうものがあるのならば、燈乃の魔力は暴走しているのだった。

 一つは、一度発現させたということであり、もう一つは、魔力として感知されていなかった潜在能力である。


 もしかしたら、だが、Zaphrex(ザフラックス)社で測定されていた、燈乃がα(アルファ)であるという数値。


 そこに顕れていたのかもしれないが。それに関しては、今となっては分からない。

 分かるにしても、もうZaphrex社で実験動物のように、検査をされるなんてまっぴらごめんであった。


 岩室(いわむら) 亜結(あゆ)やヴァルッテリ・サールトが捕まり、危うく命を落としかけた。

 それさえもう、許すことが出来ないのだ。


 燈乃はZaphrex社に頼ることは、金輪際しないと固く決めていた。


「それよりも、これ、どうやったら治まるの?」

 燈乃は強く不安を感じ、さらに強く、自身の震える体を抱きしめた。


 *


 一方、一樹は。


 自宅庭で、木刀で素振りをしていた。

 あの燈乃の魔法の発動を見てから、心がどうにもざわついて落ち着かないのだ。


 前世。燈乃であったサナとイェレと呼ばれていた一樹──二人は何かとシンクロする精神のツインであったという。

 生まれ変わりを遂げた今では、おそらくは、そのシンクロはとけているのではないかとも思う。


 何しろ、誕生日がバラバラだし。同い年になったのは、偶然だよな。


 ヴェルデ・ガルダの世界では、精神のツインは生まれた日、時間が一緒であれば、ツインとして認められる──。


 今の燈乃と一樹では誕生日も違うし、生まれた時間だって当たり前だが違う。

 ヴェルデ・ガルダの世界風に言うと、精神のツインではないのだ。


 だが、他の人。他のヴェルデ・ガルダの皆とも違うのだ。


 燈乃と感情が。心がシンクロしてしまう。

 この前はくしゃみやしゃっくりのタイミングまで合ってしまって、弓達(ゆだて) 吹雪(ふぶき)や岩室 亜結にしこたま笑われた。


「だけど──植村が魔法を使った時、俺の体、めちゃくちゃ熱くなったんだよな」


 そして、呼吸まで、なんかシンクロしていた気がする──一樹は素振りの手を止めて、考え込んだ。


 今は、考え込んでも、何もわからないことに気づき、再度集中し木刀を振る。

 木刀を振り下ろしたとき、一瞬だけ、知らないはずの剣の感触が指先に残った。


 一瞬、首をひねるがそれも──いつかは必ずわかる時が来る。


 一樹は、さらなる集中を自分に課した。


 *


 その知らせを聞いて、楠浦(くすうら) (こう)は、古久保(ふるくぼ) 秀亮(ひであき)海老塚(えびつか) 香那美(かなみ)を呼び出した。

 燈乃の魔法の発露も気にはなっていたが、それよりもどうしても、N神社での怪異と影の存在が重要だと思っていた。

 だから、マウヌであった滉は、アウノであった秀亮とヴァルマであった香那美を呼び出したのだ。


「ねぇ。楠浦くんはやっぱり、あの影はセイリュウの影響だと思う?」

「うん。ネットの中でも、少し噂になってるんだ」


 アウノである秀亮が、興味を持った。


「へぇ、どんな?」

「あくまで、ネット民の中の噂だから、信憑性に欠けるかもしれないけど、少し前に日本に禍々しい存在が上陸するのを夢に見たという書き込みが少し多くなっているんだよね」

「書き込みか……」


 香那美は少しがっかりしてみせた。


「いやいや、海老塚さん。近頃のネット民、侮れないって。植村さんの光を感知した人たちも少なからずいるんだから。これを感知できるなら、セイリュウの存在が分かる人だっていると思う」

「うん。そうかもな」


 秀亮はうなずいた。


「で、書き込みはなんて書いてあったんだ」

「黒い影のようなものが、日本全土を一瞬で覆ってその後、東京方面に消えたっていう書き込みが何件か」

 香那美と秀亮は一様に腕を組んで首を傾げた。


「あ、やっぱり?」

「うん。信憑性はかなり薄いよね」

「そんなふうに言ったら、今、やつは日本にいることになるしな」


「だよねぇ。けど、いままで、神社に影が現れるとか聞いた事、なかったよね」


 そう、滉が言うと、香那美と秀亮が口々に「確かに」とうなずいた。


「だけど。今の私達じゃ、普段の鍛錬をする以外、対セイリュウなんて考えられないよね……」

「そこが悩みどころだね。サナ──植村さんのように、魔法が使えるわけじゃないし……」


 三人は同じように、考え込んだ。


 *


「まだ起きてんの!和剛!早く寝なさいよ!」

「うるせえよ。ババア」


「お母さんに向かってなんてこと言うの」


 和剛はほんの少し開いていた襖を強く閉めた。思ったより大きな音がして、ひやりとした。


 それだって、今みたいに母さんが口うるさく言ってくるから悪いんだ。

 ババアなんて口汚いことは言いたくないけどな。


 そんな事を考えながら、和剛は机の上のノートパソコンに向かい直した。

 書き込み途中だった巨大掲示板が今日も賑わっている。


 和剛はスレ立てをするまでもないなと、今日あった不思議なことを書き込んでいくスレに投稿しようとしているのだ。

 なにか嫌なものが、この東京の何処かに入り込んできた、そんな感じがしたのだ。


 スレの中では他にも、ソレを感じ取った人が多くいるらしく、それなりに盛り上がっている。


 中には子持ちのお母さんが、昼寝する子供をあやしていた時、ほぼ寝落ちしそうな子供が引きつけを起こしたように泣き始めて、なだめるのがすごく大変だったという書き込み。

 夜勤の人が、終末のようにボロボロになった新宿辺りのビル群を他の人が影を見たという付近の時間帯に見ていたり。


 その影を見てから、仕事でミスが増えて上司からいつもより叱責を受けているという愚痴や、友達も見たって言ってたのに翌日確かめると手のひらを返したかのように見てないと言われたなどなど。


 和剛は、それを見ながら、平和だなぁと微笑ましくなった。


 だが、和剛も見ているのだ。

 ──あの日、海の方から迫る黒い影を。


 そして、その影は、他の見ていた人が言っていたように、空いっぱいに広がると、瞬間的に消えたのだ。

 その時、言葉にできない嫌悪感で、背筋が痛いほど冷たくなった気がした。


 影を見た人はそんなに多くないのかもしれない。


 クラスメート達も皆見ていないし、その後部活に行っても、見ていた人は殆どいなかった。

 だから、匿名のこの巨大掲示板を開いたのだ。


 そうすると、影についての考察や陰謀論なども読むことが出来た。

 そのうち、和剛も自分の見た影を他の人に知ってほしくなった。


 初めての書き込みではないが、見るだけに徹していた和剛は、送信ボタンを押す手が震えてしまった。

 その内容へのレスが何件かついたが、半信半疑が七割くらいだった。


 そして、レスの中に『見たよ、君も見たんだな』というものがあった。


 まるで画面の向こうから誰かに覗かれている気がして、和剛は驚いて、慌てて画面を閉じた。


 *


「おめでとう!燈乃!やっぱり燈乃はサナだったんだね!」

「岩室さん。それ、何度め?」


「弓達くん。ほんと、それな。なの」


 弓達 吹雪は、岩室 亜結にツッコミを入れると、燈乃が同意した。

 サナ──ヴェルデ・ガルダの聖女でもあり、ソードマスター・イェレの精神のツインでもある。


 燈乃の中ではまだ、自分がサナと同様に魔法を使ったかどうか、それこそ半信半疑だ。


 その後の魔力の暴走は少しずつ落ち着いてきてはいるが、それでも、また、魔法を使ったせいで、今回みたいに暴走するなら正直、もう使えなくてもいいのかなって思う。


 だって、自分がどうなるかわからないなんて、怖すぎるじゃない。

 燈乃はそう思うのだ。


 だが──


「だって、燈乃はサナだもん。いつかはこうやって魔法が使えるって、信じてたんだ」


 そう、亜結に言われるとそうなのかなとも思う。


 以前の夢の中で──サナ自身もサナを信じてほしいと言っていた。

「植村さんは、今、僕から見てもサナらしくなってきたなって思うよ。どこがとはいえないけど。鍛錬の時の動きが、すごくサナっぽい。本人以上に本人ぽいっていうか。ごめん。伝えたいことうまく言えないや」


 そう言うと吹雪は頭を掻いた。

 燈乃は首を振ると、静かに笑った。


「弓達くん。そんな風に言わなくてもいいよ。私だって、前に話した、サナが出てきてくれたあの夢から、サナが私なんだって思えるようになったから。そこのところは、もう迷ってはいないの。いないんだけど。本当に魔法が使えるようになるなんて思ってもみなかったから」


 吹雪も、亜結もうなずいた。


「今はね。この魔法ってやつが、きちんと使えるのかがすごく心配なんだ」

 燈乃はそこまで言うとしょぼんと俯いた。


「でもね。きっと、私がサナだった理由が必ずあるから、めげないことにしたの」

 そう言って亜結と吹雪を見つめる目は、未来を信じる目をしていて、透き通っていて美しかった。


 二人は、その燈乃の眼を見ると、遠い昔信じていた友を思い出して、安心したのだった。


 あのヴェルデ・ガルダたちがいたあの森の風が、この潮風の吹く町に吹いた気がした。

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