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ヴェルデ・ガルダ〜緑の戦士たち  作者: 石井はっ花


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慈光

 あれは、魔法なのか……


 満園(みつぞの) 一樹(かずき)は、植村(うえむら) 燈乃(ひの)の魔法の発露を間近で見た。

 N神社内部、電力会社の作業員を助けるために、入り込んだ俺達を禍々しい影が襲いかかろうとした時──


 急に植村の体が光ったんだ……。


 一樹はその時、無意識ではあった。だが、その体の内には、確かな芽吹きがあったのだ。

 戦闘状態に出るホルモン、アドレナリンの影響下ではあったため、それと気付かなかったかもしれない。


 だが、その光に呼応して、燈乃と一樹の心拍や呼吸は、完全に一致していたのである。


 一瞬だけ、胸の奥が熱を持った。


 呼吸のたびに、その熱は心臓から喉、そして指先まで駆け上がっていくような感覚があった。

 そして、その一致は、魔法の収束とともに消え去った。


 燈乃も一樹も気づかないままに──


 *


 江刺(えさし) 嗣郎(しろう)が、北海道神社庁に送付した、今回のN神社での異変は、ただの集団ヒステリーなどが巻き起こした騒動だと片付けられて、雑記として奥底にしまい込まれた。

 何しろ、北海道神社庁は北海道内六百社の総括をしなければいけない、大変な機関である。


 日高の片田舎のしかも無人の社での怪異など、お呼びではないのだ。

 勝手に収束するだろうと、捨て置かれた。


 だが、太平洋を隔てて、この度の燈乃の光の魔法の発露を感じ取ったものがいた。


 K神宮の紺屋(こんや) 宏高(ひろたか)だ。

 紺屋自身、幼い頃から、神に近しい者を感じ取れる要素を持っていたのだ。


 その能力は、ひいばあ様から黙っておけと言われてからは、一切口外していない。


 だが、この年になって──その瞬間、胸の奥に光が落ちた。


 熱でも冷たさでもない、ただ純粋な明るさが、全身を満たしていく。

 それは幼い頃、初めて神の気配を感じた時と同じ──いや、それ以上だった。


 これほどの光を感じられるとはと、心が踊った。


 紺屋は、K神宮の禰宜であった。

 今すぐにでも、光を感じた太平洋を隔てた町まで飛んでいきたいと思ったが、職務を放棄することは出来なかった。


 致し方ないので、神社庁に文をしたためた。

 粗雑に扱われるかもしれないが、何かをせずにはいられなかったのだ。


 *


 浅草にほど近いところにある、白鳳稲荷神社の権禰宜・久留間(くるま) 慎一郎(しんいちろう)は、観光客の騒がしい声を聞きながら、書類整理に勤しんでいた。


 その時である。何やら、胸がむずがゆくなり、そのあと、「カッ」と明るくなる感覚を覚えた。


 事務作業を思わず止め、障子を開け、外に出た。

 風景はいつも通りの午後遅くの神社の風景だ。


 何ら変わることがなかった。


 気のせいか──とやり過ごそうとしたが、そうではないと思い直した。

 これは、どこかで何かが必ず起こっている。


 そう確信した。


 久留間は、文机の上のスマートフォンを手に取り、旧友でもある是常(これつね) 純久(よしひさ)に連絡を取った。

 是常は、神社本庁の人間であった。


 *


 京都紫雲山──。

 周辺には古い竹薮があり、昼間でも木漏れ日が降り注ぐ、どちらかというと薄暗い。


 そこに古社があった。


 紫雲山 祇雲神社、参道の中途には小さな鳥居が三基ほど建てられている。

 そのどれもが苔むしており、歴史の重みを感じさせるが、この古社は表の歴史ではもう、存在していないはずの社であった。

 並木の間に古い石灯籠が点在しており、夜は仄暗い光が宿る。


 幽玄な雰囲気が厳かに漂っている。


 もちろん、この古社はガイドブックなどには決して載らない。

 日本の影の歴史の片隅にある神社である。


 木造、入母屋造りの本殿の屋根は檜皮葺きで、ところどころ苔むしている。


 本殿の前には小さな舞台──神楽殿を擁しているが、神社内での祭事のみに使われているため、外部の者にはその神楽は披露されたことがなかった。

 境内を箒ではいていた舞姫であり巫女の賀茂谷(かもたに) 真白(ましろ)は、今まで感じたことのない、胸の熱さと高揚感に心臓が灼けるような感覚を覚えた。


 そして、自身から光が発せられるような錯覚も覚えたのだ。


「何やの 今のこっちゃ……」

 持っていた箒を取り落としそうだったが、既のところで持ち直した。


 伯父である宮司・賀茂谷(かもたに) 景親(かげちか)も、その力を感じ取った一人だ。


 神事の準備中であった。手元には神札や御神酒、祝詞の巻物などがあった。

 景親には、真白よりもその力の発露はより強い熱量として感じ取れた。


 社殿全体が微かに光に包まれた感覚を受けたのだった。


 すわ、自然災害かと、社殿内で状況を観察した後、巫女である真白に今の力を感じ取ったかを聞きに来たのだった。


「あんたも気づいはったん?」

「はい、気づきました。光までは見えしまへんどしたけど」


 そう言うと真白は遠く北東の空を見上げた。

 その真白を見て、景親は、


「この光は、我らの使命の始まりを告げるものやもしれへん」と告げた。


 *


 光の発露に気づいたものは、少なくはなかったが、


 日向天翔宮ひゅうがてんしょうぐう権禰宜(ごんねぎ)穂北(ほきた) 海渡(かいと)もその中のひとりであった。

 高千穂の流れを汲む伝承を持ち、天孫降臨の神話と関係が深い神社である。

 30代前半。宮崎の自然と神話に深く心酔しており、感知力も高い男であった。


 その光の発露を感じた時、近隣の住民と立ち話をしていたのだが、

 脳天から、つま先までの痛いような謎の感覚が走り、その場で立っていられなくなり、へたり込んだ。


 そして、日向天翔宮全体を包み込むような光を感じた。

 その光は、厳かであたたかかった。


 光の収束と共に、体の痛みはすべて取れた。


「穂北さん! 穂北さん! だれやみ? だれやみけ?」

 地区長の甲斐が、急に崩れ落ちた穂北を心配して抱き起こそうと必死だ。


「すまん。甲斐さん。今んの、見たか?」

「いんや? 見ちょらんが、なんかあったとけ?」


 甲斐は首を振った。甲斐は、崩れ落ちた穂北が心配でそれどころではなかったのだ。

 穂北は、なんでもないことを甲斐に告げると、辞去し本殿に戻った。


 そして、その夜、日誌にしたためた。


「日向神話の再来か」と密かに記録に残したのだった。


 *


 生方(うぶかた) 広充(ひろみつ)は、その光の一切ない瞳が、嫌いだった。

 嫌いというより、恐れていたという言葉のほうが、正しいのかもしれない。


 何しろ、生殺与奪の権をすっかり他人である、セイリュウにしっかり握られているからだ。


 それも、いつ、その逆鱗に触れて魂ごと消されるかわかったものではないのだ。

 表向きは必死に従ってはいるが、心の奥底では抗いたいと全く納得していない。


 このような殺人鬼のそばに居て、普通に振る舞えるほどの人間性は、生方にもなかった。

 目の前の圧倒的な力の前に、どうしようもなく屈するしかない、そんな自分をも生方は恨んだ。


 その一方。


 セイリュウは優雅な東京の一日を、日常的に過ごしている。

 街に繰り出しては、カフェで一杯のコーヒーを嗜み、本屋に行っては地球人の書物を興味深いと読み漁った。


 そして、虎ノ門辺りの高層マンションから、夜闇に溶け、輝くような虚構の街に繰り出しては、愚かなる魂を屠るのも忘れなかった。

 行方不明者はセイリュウの出現とともにうなぎ上りで増えていく。


 だが、死体すら残さないセイリュウに、生方は胸をそっと撫で下ろした。


 従属した今、死体の処理まで頼まれるなどたまったものではない。

 それだけは、良かったと歪んだ認知で息をついた。


 *


 生方は運転席の後ろ、革張りシートにゆったりと体を沈めながら、東京の街を眺めていた。

 運転手の手元に目をやることもなく、頭の中では今日の予定とセイリュウへの報告内容を整理している。


「秋田プラント、出雲プラント……異常はなし。廃棄対象候補は現地判断だが、報告は漏れなく。不要な人員は計画通り整理」


 生方の指先が軽く膝の上で動く。

 書類や端末に目を向けずとも、情報の流れと優先順位はすべて頭の中で完結していた。


 会社に到着する直前、スマートフォンが振動する。セイリュウからの簡潔な指示だ。


「秋田は午前中のデータを集約、出雲は午後に現地確認」

「了解」と一声。


 声は冷静そのものだが、内心では無駄のない完璧な手順を組み立てる快感があった。

 オフィスに入るや否や、生方は表情を切り替え、部下たちを睥睨する。


「リスク管理課、進捗はどうだ。遅れてる者は今日中に挽回せよ」

「品質監査チーム、昨日の報告書、誤記が多い。再提出」


 部下の顔色が変わる。


 生方はそれを確認すると、無言で次の書類に目を落とす。

 手元の資料を扱う指先だけが微かに震える。


 それは力の誤差ではなく、緊張感の演出だ。


 昼、デスクに腰を下ろす暇もなく、冷やしたゼリー飲料を口にする。

 咀嚼の必要もなく、液体の冷たさだけが胃に沁みる。


 栄養補給と集中力の維持、それだけだ。


 全てが効率的で無駄がない。

 しかし、孤独も深い。嫁も愛人もいない。


 誰にも心を許さず、誰も信じない。

 目の前の部下たちは従うしかない存在であり、セイリュウへの報告は命綱でもある。


「今日も、無駄なく回さなければ……」


 生方はそう心の中でつぶやき、次の報告書の整理に手を伸ばす。

 冷たい手つきのまま、しかし頭は常に未来を読むためにフル回転していた。


 *


「ふん。ここに来て、か」

 セイリュウも、その光を感じていた。


 サナの光の発露である。


 感知したところによると、この星、地球全土をも、押し包むような光であった。


 待ち望んでいたのか──否。

 今の我の魔力からしてみたら、サナの光など、取るに足らないものだ。


 ワイングラスの中、ベルベットのような液体を、すっと口の中に含んだ。


 血液だ。


 この地球という星には、血を啜り生き延びる種族が数多く点在しているという。

 なるほど、と思い、屠る対象の血液を残しておいたのだ。


 だが──特にその血液だけを飲んだところで、魔力にはなんの変化も起きなかった。


 茶番だな。


 セイリュウは、嘲る。


 この地球という星は、光の力も強いが、しっかりと闇の力もある。

 それを頼れば、吸血鬼とやらもこのような血をすするなどという作業をしなくても良いだろうに。


 まぁ、魔力の弱い星ではあるからな。


 一瞬目を閉じる。


 セイリュウは、再び眼を開けた。

 その目は透明な闇の力を宿していた。

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