社
数日前から、異変は起こっていた。
翠月学園馬術部の部員がそれに気づいた。
U町N地区──十勝地方へ向かう道路縁。だれもいない森のふもとに建つ無人の神社に、毎日明りが灯っているというのだ。
近隣の住民も総括している、U町の神社に問い合わせをしてみたが、特にこの時期その神社での祭り事はなく、派遣された神職もないとのことだ。
だが、数日経っても明りが消えた試しはない。
後日、U町神社の神主が調査に出向くこととなった。
*
「ねぇ、燈乃の家って元々、N地区の方にお家があったって聞いたけど」
同級生が聞いてきた。
「ひいおじいちゃんの代のことかな。それがどうしたの?」
「ん。この頃、神社の方でおかしなこと起きてるんだって。植村の家の人に聞けばなにかわかるかもしれないって言ってたんだ」
「おかしなことって?」
「あのね。誰も付けてないのに毎日ずっと電気が消えないんだって」
「へー?」
「宮司さんも見に行ったけど、原因がわからないって話で、昔、ここに入植した人だったら、由来とかわかるんじゃないかって話してたんだ。燈乃ちゃんはなにか知らない?」
「うん。ごめん。わかんない。帰ったらおじいちゃんに聞いてみるよ」
「ごめん。頼むねー」そう言うと彼女は帰っていった。
「神社か」
植村 燈乃は、心の奥が何となくざわめく感じがした。
*
「おじいちゃん、ちょっと、聞きたいんだけど、いい?」
「おう、どうした?」
植村 展久は、分厚い本から目を上げた。
「あのね……」
燈乃は同級生から聞いた話をそのまま伝えた。
「うーん。そうか……特にそういう事、聞いたことはないけどな。気になるか?」
燈乃は頷いた。
「もしかしたら、なにかあるんじゃないかって思うんだ」
「そうか。なら、行ってみるか?」
「うん」
力強くうなずいた燈乃は、見るともなく窓の外を見た。
*
「て、事で、おじいちゃんとちょっと行ってきます」
燈乃は、鍛錬中の仲間に話してからと思い、まずは来ていた弓達 吹雪と満園 一樹と岩室 亜結に伝えた。
三人は笑い合いながら、柔軟をしていた。これから、本格的な鍛錬だ。体をほぐすのは先決だろう。
「なぁ、俺も、一緒に行っていいか?」
「一樹?」
「なんか、引っ掛かるんだよな。悪いこと言わないから、俺、連れてけ」
「わかった。なんか有ったら頼むね」
燈乃と一樹は連れ立って、展久の運転する車に乗った。
*
展久の運転する車は、野山を抜けてくだんの神社まで来た。
小鳥の声が響く森を抜けると、空気が一変した。
腐葉土の湿った匂いに混じって、どこか冷たい、古い鉄のような匂いがする。
鳥の声も聞こえなくなり、妙な静けさが漂っていた。
何が、というわけではない。
そこに建っているのは古ぼけた小さな社だ。
何も変わりがない。
狛犬が居て鳥居があって、社があった。
ここに入植した人々が建て、大事にしてきた神社だ。
無人ではあるが、天之御中主神を祀った結の正しい神社なのだ。
だが。
社殿の中。明かりが煌々とついている。
電灯の灯りを消してもまたついてしまい、ブレーカーを落としても消えないのだという。
「なんだ? 君たちは、お参りかね」
一台の車が神社内の駐車場に止まり、そこから降りてきた男性が、燈乃と一樹に向かって話しかけてきた。
「いえ。俺達は……」
一樹が答えようとするものの、
「おや。江刺さん。どうしたの」
展久が車から降りてきて、江刺と呼ばれた男性に気軽に話しかけた。
江刺 嗣郎は、展久に会釈を返した。
「ああ、植村さん。こっちの子たちは、お孫さんたちかね」
「ああ、孫の燈乃とその友達の満園くんだ。お前達挨拶しなさい。U神社の宮司さん、江刺さんだよ」
「おじいちゃんがお世話になってます」
一樹はなんて言ったらいいのかわからなかったので、深々とお辞儀をした。
「それにしても、ここ、電気が消えないって噂になってるみたいだな」
展久が江刺に尋ねる。
「そうなんだよ。植村さん。これから、電力会社の人が見に来てくれることになってるんだ」
ちょうど言い終わった頃に、オレンジ色が目立つ社用車が到着した。
数名の作業員が、その車から降りてきた。
「あ、宮司さん。社殿の電気の点検、入りますね」
「頼みます」
江刺と三人は、その点検が済むまで待つことになった。
作業員が社殿に入っていく背中を見送ると、境内が妙に静まり返った。
*
作業員たちが、配線からじっくり調べ上げていく。
だが、配線図にしても何らかの不具合はなかった。
そして、もう一度、ブレーカーを落とし明かりが消えるかとやってみるが、電力の供給がないにも拘わらず、灯りは消えなかった。
「山下さん……これ、おかしいですわ」
山下と呼ばれた作業員も、眉を強く寄せた。
「そうだな……これはおかしいぞ」
屋外の電源の配線も見てみるが、問題はなかった。
特に別の電柱からの引き込みもないのだ。
そうなると、そもそもの電力の供給がない以上、電気機器が点ることがないのだが──。
実際、点いている。
作業員は首をひねりながらも、点検を行っていくが、ふと、一人の作業員が動きを止めた。
そして、音もなく倒れた。
数名の作業員たちは順を追うようにばたりばたりと倒れた。
慌てたのは、見守っていた燈乃達だ。
「ガスか? ガスが出たのか?」
「いや、植村さん。こんなところでガスなんかでないよ」
「じゃあ、なんで倒れてるんだ」
「そんな、言い争いしてる場合じゃないでしょ」
燈乃が作業員たちに向かって走る。
それに、一樹も追従する。
「おじいさんたちは、救急車! 早く!」
「わかった! 救急車だな!」
「110番か?」
「119番だよ!」
燈乃は、慌てている展久たちに冷静にツッコミを入れながら走った。
作業員たちは、意識はないようだが、呼吸は止まっていなかった。
屋外で二名、屋内でも二名が倒れていた。
社の戸を開けて、燈乃が中に入る。
続けて、一樹も中に入ると、開けてあった引き戸がだれも触っていないのに急に閉まった。
そして、何かの影が目の端に映り込む。
その影は、揺らめきながら燈乃と一樹に近づいてくる。
「離れていろ」
一樹は、燈乃をかばうが。
燈乃は首を振ると、一樹に並ぶ。
とはいえ、今は武器を持っていない。木刀すらない。
こんなとき、タンクであるアウノ──古久保 秀亮なら、どうするか──
燈乃は、瞬間考えた。
そして、未経験ながら、柔道のように身構えた。
それを見た一樹は、一瞬、短い口笛を吹くと、同様に構えを取った。
影は、二人に近づくと同時に濃い影となった。
そして、二人に襲いかかった。
その時、燈乃の中で何かが芽吹いた。
地の底、深くから、宇宙の遠くまでつながるような感覚が、燈乃の芯にはあったのだ。
芽吹きは、言葉になって、燈乃の唇から音節となって溢れ出てくる。
体中が熱く感じるのに、脳髄だけは冴えていく感じがした。
燈乃は、そんな自分から逃れたいと思ったが、一方で信じたいと思った。
胸の奥がじくじくと熱く、指先が光を欲しがるように震えた。
闇よ、母の懐を畏れよ
命を育む光は、すべてを包み
その影を焼き尽くす
我、エルガ=ノアスの名において呼び起こす
──照らせ、慈光の灯
いつの間にか、燈乃は両手を合わせるような体勢になっていた。
その両手から溢れるように光が漏れ出て、社全体を包みこんだ。
その時、屋外では夕焼けが始まっていたが、その夕焼けの光にもまけない透明な光が溢れ出た。
そして、影は怯み、後退り消滅した。
光の影響なのか──意識を失っていた作業員達も、次々と起き上がってくる。
社から離れたところにいた、展久と江刺には何が起こったのかわからなかった。
*
「植村……。もしかして、目覚めたのか?」
「え? 何? 私、なにかやったの? 私、ただ、夢中で……」
燈乃は、自分が何をやったのか、わかっていない様子でいた。
顔色は悪く、今にも倒れそうだった。
「……もしかして、力の使いすぎってやつなのか?」
「私に……聞かないで……しんどい……」
燈乃の吐息は荒く、唇は青く震えていた。
一樹は燈乃の腕を取ると自分の肩に回した。
*
展久たちが呼んだ救急車が数台、N神社に到着した。
だが、作業員たちは回復している。
一番容態の悪い燈乃だけが救急車に乗ることとなった。
作業員達も気を失っていることから、救急病院に念の為向かっている。
救急車には、燈乃のみが乗り、その後を展久と一樹が乗用車で追いかけていく。
その車内──一樹は前を走る救急車を心配そうに見ている。
展久は、一樹に何があったのかを尋ねる。
一樹は、状況をかいつまんで話すが、影がいたこと、燈乃が魔法を発動させたことまでは、話せなかった。
*
江刺は──
その後、警官たちの対応に追われた。
それが終わると、U神社に戻り、管轄する北海道神社庁に報告書を挙げた。
宮司としては、N神社のことのみ書くべきだが……あの少女のことが気になった。
そして、その報告書には、燈乃が光を発生させたことがしっかりと記載されていたのである。
*
数日後、N神社での明かりが灯るという状態がはっきりと消えたと、さらに噂が広まった。
だが、それも、すぐに消えたのだった。
*
そして、燈乃である。
その後、もう一度、光を灯す魔法を同じように発動させようともしたが、やはりうまくはいかなかった。
あの時の胸の熱も、指先の痺れも、何一つ戻ってこない。
それを亜結に話すも、やっぱりという風に笑うだけだった。
「そこまで、サナ、なんだね」と亜結はしみじみとうなずいた。
聞くと、サナも聖女の力の発露の際、平時に自身の魔法を発動させようと何度もやってみたが、一つも発動できなかったとのことだ。
だが、戦いの際は、魔法切れも起こさず、高度な魔法を強力に発動させていたとのことだった。
「だからね。サナは、慌てなくていいんだよ。燈乃の魔法は絶対その時必ず使えるようになるから」
澄んだ空は、夕暮れの空。遠くの水平線に浮かぶ雲がオレンジ色に染まっていた。
オレンジ色の雲は、あの日の光の色に少し似ていた。




