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ヴェルデ・ガルダ〜緑の戦士たち  作者: 石井はっ花


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変化

「おはよう!仰!」


 ダイニングでトーストを頬張っていた弟、植村(うえむら) (あおぐ)の背中を、軽く姉の植村(うえむら) 燈乃(ひの)が叩いた。

 トーストは、気管に入ってしまったらしく、仰は数分間むせていた。


「お姉ちゃん!なにすんだよ。苦しいじゃんか」

「あれ?どんなときにも対応できるようにならないと、一端の剣士にはなれないぞ!」


 呵々と、燈乃は笑った。

 いつもの姉との違いを感じ、仰は戸惑っていた。


 どこか、サナのような?と首をかしげた。


 *


「おはよー!亜結」

「あ、おはよう……」


 いつもとは違う、燈乃のテンションに岩室(いわむろ) 亜結(あゆ)は戸惑いを隠せない。

 もう少し、なんというかおとなしめが燈乃だった。


 それが、ある人物と交差する。


「ねぇ、昨夜何かあったの?」亜結は珍しく真剣に燈乃に問いかけた。

「なにかって。なんだろう?」

「昨日、一樹と打ち合っている間に燈乃、帰っちゃうし。心配したんだから」


 一樹というのは、隣のクラスの2ーDの満園(みつぞの) 一樹(かずき)だ。

 過去世ヴェルデ・ガルダでは、ソードマスターとして活躍するイェレだったのだ。


 そして、燈乃は聖女であるサナ。亜結はレイピアの使い手である、シルカであった。


 精神のツインでもあったイェレ同様、サナも相当な剣技の強者であったが、燈乃自身は、心の優しい少女だった。

 人を傷つけたくないという想いが強く、これまではスポーツすら、出来ずにいたのだ。


 だが──今朝の燈乃は何かが違っていた。


 *


 この日は、体育の授業があった。


 いつもは、この体育の授業の球技でも尻込みをしていた燈乃が、今日は積極的にバスケットボールを楽しんでいる。

 リングから跳ねたバスケットボールを軽々と奪うと、ディフェンスを軽々と交わし敵コートに向かい三点ポイントからゴールを狙った。


 果たして、ついとボールはリングに落ちていく。


「植村さん!すごーい!」

「燈乃ちゃ~ん!え?いつもとぜんぜん違うねー!どうしたー!?」


 同級生たちから声援が飛ぶ中、燈乃は亜結を見つけてブイサインをした。

 亜結は息を呑んでいた。


「もしかして、本当にサナ──?」


 その瞬間、燈乃の中で何かが脈打ち、静かに根を張り始めていた。


 *


「ぷっはー!体育後の水って、こんなに美味かったんだ!」

「ちょっと、燈乃。なんかほんと、あんたおかしいよ!」


 どこか焦り気味の亜結が、蛇口からそのまま水を飲む、燈乃に尋ねる


「え?何が?」

「とぼけないでよ。絶対、なにかあったでしょ、今のあんた、すごく、サナっぽい──」

「ええ?そうかな~。そうだったら、ちょっとうれしいかも」


 燈乃は、水を止めて、袖で口元を拭った。


「ほら!今も!燈乃だったら、そんなだらしないこと絶対にしないもん。──なにかあったんだ」

 亜結の眉間のシワが深くなった。


「ちょっと、こっち来て!」亜結は、燈乃の手を引っ張ると、吹雪のもとに向かった。


 弓達(ゆたて) 吹雪(ふぶき)の元には、今日は2-Bの古久保(ふるくぼ) 秀亮(ひであき)がいるはずだったのだ。


 *


「ってね。いつもの燈乃だったら、取らない行動ばかり取るの。本人に聞いても、なんにもないっていうし。アタシ、どうしていいのかわかんない」

 亜結は燈乃の手首を掴んだまま、ヴェルデ・ガルダのリーダー・アウノであった秀亮と弓の達人・オスクであった吹雪に説明した。


「うん。確かに、いつもの植村さんとなんか姿勢が違う気がする。どこがどうってはいえないけれど」と吹雪が言うと、秀亮も同調する。


「確かに、どことなく、明るくなった感じだよね。声のトーン、違っているよね」

「あ、それって、いつもの私が根暗みたいじゃん」


「根暗ではないのはわかってるけど、大人しめだったよね」

「え。マジ。自覚なかったわ」と、燈乃は呵々と笑った。


「えー。なんか笑い方まで、サナなんだけど」

 亜結は若干引き気味である。

「そこで、引かないでよ」と、燈乃は更に笑った。


 そこへ昼寝から覚めた一樹が、会話に加わった。


「なぁ。今起きたから、なんか会話掴めないんだけど、植村がサナ寄りになったら、なんかまずいのか?俺達は、サナが目覚めてほしいってずっといってたろ。それ、叶ってんじゃないか。だめなのか?」

 と、一樹は頭をかきながら、あくびを噛み殺しながらいった。


「いや、だめじゃないし、むしろいいことだと思うんだけど。ただ、びっくりして」

 亜結が言葉をつなぐ。


「だって、燈乃、何もいってくれないんだもん。心配になる。無理してサナっぽくしてるんじゃないかって思った」

「植村、岩室はこう言ってるけど、どうなんだ?無理してんのか?」


「無理?してないよ。私は、私のできることがわかったから、頑張ろうと思っているだけ。それだけだよ」

 その瞳は、迷いを焼き払う炎のように澄んでいた。


「そっか。そうなら、よかった。」亜結は正面から、その瞳を見つめると、安心した笑みを浮かべた。


 *


 それでも──。


 亜結の中ではしっくりこない思いもあった。

 高校入学から、亜結と燈乃は親友同士であった。


 少し臆病で、だが、ゆったりと構えている燈乃が、亜結は大好きだったのだ。

 けれども、今朝の燈乃は全く違う人のようだった。


 繊細なところのある燈乃が大好きだったのだ。


 豪胆でひょうきんなサナに、燈乃が遠くへ連れ去られていく気がして──亜結にとっては、その変化が少しばかり許せないものだった。


 でも、亜結のこの思いは、もしかしたら、誰にもわかってもらえないものかもしれない。

 胸が、苦しくて。呼吸が知らずに浅くなった。


 普通であれば。


 明るくて豪胆で楽しい、サナを求めるだろう。


 けれども、亜結がずっと仲良く付き合い、ずっと一緒にいたかったのは、スポーツなんか出来なくても良くて、人の心を一番に考える、繊細な燈乃だ。

 実際のところ、サナのちからの芽吹きがなければ、あの、セイリュウには、どうやったって勝てないだろう。


 それは、多分、真実だ。


 でも、でも。


 ぽたり。


 知らずに、亜結は涙をこぼした。


 アタシたちの勝手な思いから、燈乃を変えてしまったのかな。

 それほど──、燈乃を追い詰めてたのかな……。


 願ったもの、それの代償なのか──亜結の胸の奥で、小さな何かが軋む音がした。


 *


「ヴァルッテリ!ただいま!」

 燈乃は、一旦着替えのために家に寄った。


 制服姿のまま、鍛錬はできない。


 ヴァルッテリは、キッチンでおやつのためにドーナツを揚げていた。

 香ばしくて甘い匂いに釣られ、揚げたてのドーナツに燈乃は手を伸ばした。


「燈乃さん。行儀悪いですよ」ヴァルッテリは揚げる手を止めずに笑って言った。

「あん。ごめんなさい!」


 言っているそばから、口に頬張った。口の周りが、粉砂糖まみれになる。


「おっいっしー!ヴァルッテリ最高!」

 口をモグモグさせながら、燈乃は自室に向かった。


 ヴァルッテリは、燈乃の変化に気づきながらも、少女にはそういうときもあるのかもと、その後姿を見送った。

 燈乃の後ろ姿は、どこか頼もしいほどだった。


 *


 鍛錬が始まって10日は過ぎた。


 その間、運動部のメンバーは大会を挟み、それでも鍛錬に駆けつけた。

 大会の成績は軒並み上位であった。


 特筆すべきは、弓道部の海老塚(えびつか) 香那美(かなみ)と吹雪、剣道部の一樹、そして、秀亮もそれぞれ個人戦で全道へ向かうこととなったのだ。


 香那美に至っては、数日間のブランクを挟んでいるにも拘わらず、ほぼ満点の成績を修めたことだ。


 過去世である、ヴァルマも弓の達人であった。その過去を受け入れることにずっと抵抗を感じていた香那美であったが、今、その抵抗感は微塵もない。

 ヴァルマであった過去を受け入れたからこその、今回の成績だと今までよりも深く、自信を持っている。


 秀亮も同様であった。


 過去世に目覚めたからこそ、自身のやるべき役割に目覚めたのだ。だからこそ、大会も終わった今日、より一層の鍛錬に打ち込んでいた。


 楠浦(くすうら) (こう)と仰に関しては、その周囲の人々に釣られて動きがより一層機敏になっていた。


 滉も仰も、いい動きをしていた。フットワークも軽く、だが、剣戟は重い。

 一手、二手、木刀ではあるが、それぞれの剣が合わさる度。火花が飛び散るような錯覚が起きる。


 唯一、闇の支配者を名乗るセイリュウと対峙した、亜結が、調子を崩していた。

 やはり、燈乃の変化が気になってしまっているのだ。


 無理はないだろう。


「亜結、私と、手合わせしてくれない?」

 昨日までの燈乃なら、絶対口にしなかった言葉だ。


 亜結は信じられないものを見る目をして、燈乃を見つめた。

 燈乃はため息をつくと、剣戟のさなかの滉と仰がやり合っている中に突っ込んでいった。


「燈乃……、本当にどうしちゃったのよ」

 亜結の握りは、もう剣を支える意味を失っていた。


 木刀は、指の間をすり抜け、土の上に乾いた音を落とした。


 *


「あ、亜結!これから、帰り?一緒に帰っていい?」


 香那美が、亜結に声を掛ける。

 あの、事件の後。香那美は、亜結への警戒心をすっかり解いたようだった。


 それはそうだ。


 ヴェルデ・ガルダでいた時は、ヴァルマ、シルカ、サナはそれぞれ幼馴染だったのだ。

 あれが過去生だという、わだかまりがなくなれば、あとは、昔のように幼馴染であった旧友に戻ってしまう。


「それにしても、燈乃ちゃん。すごく変わったね。昨日は泣いて帰っちゃったのに」

「あ、香那美も気づいてたんだ」


「それはそうでしょ。仰くんもえげつないなって思って見てたから」亜結はため息をついて、苦笑する。

「けど、あんなにサナみたいな燈乃、見ていられなくて」


 少し荒れた波の音が、沈黙した二人の間に響いた。


「そうだよね。小出しだったら、すごくわかるけど、いまの燈乃ちゃん、昨日と全然別人格だよね。放課後会って、びっくりしちゃった。朝から、ずっとあんな感じなんでしょ?」

「うん。それが嫌だとか、もとに戻ってっていう、そんなんじゃないけど。でも、燈乃にそれだけ苦しい思いをさせてたのかなって」


「うん。そうだね」


 海で冷えた風が、二人の間を吹き抜けていく。

 ヴァルマであることを受け入れられずにいて、目覚めを強制させてくる亜結に始終追いかけられていた香那美は再度苦笑した。


「亜結の真っ直ぐさは、今では、私、大好きだよ。でも、人には人のペースってかならずあるから、それを無視されたら辛いよ」

「そっか、香那美にも嫌な思いさせてたのね……ごめんなさい」


「ううん。でも、燈乃ちゃんも結構辛かったと思う。今は、サナに引きずられていると私も思うから。もう少し、燈乃ちゃんを信じて待ってみよう?」


 亜結はうなずいた。


 二人の上空には、レグルスが青白く輝き、スピカがきらめいていた。

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