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ヴェルデ・ガルダ〜緑の戦士たち  作者: 石井はっ花


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19/29

恐れ

「仰。仰はすごいな。どうして、そんなに戦えそうなの?私、こんなに何も出来ないんだって痛感した」


 植村(うえむら) 燈乃(ひの)は弟の植村(うえむら) (あおぐ)の傍らに座り、愚痴を言う。

「僕?僕は、そんなにすごくないよ。すごいのは、亜結さんだし、一樹さんだよ。一樹さんなんて、大会あるのにこっちもやっててすごすぎる。僕はこっちだけだから、見習わないと」

 と、岩村(いわむろ) 亜結(あゆ)満園(みつぞの) 一樹(かずき)のことを尊敬の眼差しで見上げた。


 二人は既に三十分にも亘って打ち合いをしている。

 私は、あんなふうには動けない……、燈乃は視線を落として、傍らに置かれた木刀を見つめる。


「お姉ちゃんも、剣士だったんでしょ?亜結さんみたいに動けた?強かったんだろうな。僕クリスティアンは、剣なんて持たない軟弱野郎だったから、本当に羨ましい」

「……知らない」


 燈乃は、そんな風にキラキラした目で聞いてくる弟が急にうざいと思い始めた。


「え?」

「知らないっていったの。私なんか、多分、サナなんかじゃないんだ」


 仰は困ったように笑った。

「多分、亜結さんの言う通りだと思うよ。お姉ちゃんはサナの力が少し怖いんだと思う。だから、拒否反応っていうの?起こしちゃってるんだと思う。でも、お姉ちゃんは、強い人だから、絶対切り抜けられると僕は、思うなぁ」


 仰は、打ち込み用の木刀を持つと、すっと立った。

「考えるより、実践。お姉ちゃん、僕と打ち込み稽古お願いします」


 *


 三度目の打ち合いで、木刀を手から落とした燈乃は、涙をこぼしていた。


「お姉ちゃん。そんなんじゃ、強くなれないよ!」

 仰からの叱咤激励が飛ぶ。


 燈乃は無言のまま、木刀を構え直した。


「お姉ちゃん!本気で来て!」

 仰が、地面を蹴った。


 瞬間、燈乃の前に仰の木刀がかすっていく。


「ひっ」

 燈乃は、その時、自分を守ろうとして、木刀を取り落としてしまう。


「はぁ……。お姉ちゃん。何度目だっけ。やる気あるの?」

 木刀を土に刺し、柄に顎をのせて仰はつまらなそうに、燈乃を見る。


「だって、怖いんだもの。私には無理だよ」

「どうして……お姉ちゃんには絶対できるのに」


 仰は木刀を横に置くと、燈乃の前に立った。


「しっかりしなよ。お姉ちゃんはサナだよ。すごい聖女なんだよ!僕達はサナがいるから、戦えるんだよ!」

 そう言うと、仰は俯いた。


「しっかり、してよ。お姉ちゃんがいないと、サナがいないと、戦えないんだよ……」


 燈乃はそこまで聞くと、木刀をそのままにして、泣きながら家に戻った。

(私、サナじゃない……)


 夕暮れの空は太陽と地球が織りなすページェントを、その空で繰り広げていたが、絶望感に苛まれた、燈乃の心はその美しい光景すら瞳に映すのを嫌がっていた。


 *


「あれ?燈乃さん?今日はもう上がったんですか?」

 ヴァルッテリが、料理の手を止め戻ってきた燈乃に問いかける。


 俯いた燈乃は声も出せずに、ただただ、首を振った。

 そして、そのままバスルームに消える。


 土まみれの衣服を洗濯かごに放り込み、シャワー栓をひねる。


 温かなシャワーを浴びていると、少しずつ心がほぐれ、新しい涙となった。

 いつの間にか、涙は激しい嗚咽になる。


 燈乃自身は、生来優しい子どもであった。

 人を傷つけるよりも、自分が傷つくことを選んでしまうような子どもだった。


 傷つけ合うようなこと、例えばスポーツでも、出来なかった。

 だから、今のような打ち込み稽古など、怖くてできないのだ。


 優しい弟だった仰が、稽古とはいえあんな恐ろしい殺気を身にまとって、私に向かってくる──


「もう、殺し合いとかは勘弁なのに──」

 泡となって、全てが流れて消えていけばいいのにと、本気で願った。


 *


 夜になり、仰が帰ってきた。

 いつものように食事を取っているが、燈乃とは視線を合わせない。


「おかわり」

 仰がヴァルッテリに茶碗を差し出す。


 嬉しそうにヴァルッテリは、いそいそとご飯をよそった。

「燈乃さんはどうですか?もう少し食べませんか?」


「ううん。ありがとう」


「お姉ちゃんは、もう少し、食べて。力をつけてよ」

 仰は視線を合わせないまま、そんな事を言う。


 燈乃は、視線を落とし、箸をおいた。


「ごちそうさま」

「もう、いいんですか?」

「うん。お腹いっぱい。ありがとうヴァルッテリ」


 燈乃が席を立とうとすると、それまで視線を合わせなかった仰が燈乃をみつめた。


「お姉ちゃん。逃げないでね」

 その瞳が透き通っていて、燈乃は恐ろしくなった。


 二人の祖父、植村(うえむら) 展久(のぶひさ)は、二人の姉弟の様子をじっと温かな視線で見ていた。


 *


 自室に戻った燈乃は。


 ぼふ。ベッドに身を投げ出した。

 安心感を与えてくれるはずのベッドも今は、なんだか居づらい。


 それでも、何故か、睡魔は燈乃の意識を彼方へと誘った。


 *


「あ、ようやく来た」


 空はどこまでも高く、気温も爽やかで暖かい。

 白樺の林がどこまでも続き、背の低い草花が丘を彩っている。


 そこに、銀糸のような髪の少女が、白いドレスの裾を広げてゆっくりとその草花の上に座っていた。

「いつまで、そこに立っているの?こっちに来れば?」と、その少女が言う。


 ぼーっとその光景を見ていた燈乃は、ハッとして、少女を見た。

 透き通るような銀の髪とスカイブルーの瞳……──


「もしかして、サナ?」


 サナと呼ばれた少女は、うなずくと、ゆっくりと立って、燈乃の前に来た。

「もう!燈乃ってば、自信なさすぎ!」


 ばしっ!燈乃の肩を軽く叩く。


「アタシの記憶、ないの?本当に?」

「ないっていうか、そんなのわからないよ」


 燈乃は俯いた。


 そのサナの真っ直ぐさが、燈乃には恐ろしかった。

 サナは、小さなため息をつくと、ニッコリと笑った。


「燈乃はそれでいいと思う」

「え?怒ったりしないの?」


「なんで、怒るの?」心底わからないという顔をサナがする。


「だって、セイリュウって人が私達を追って、地球に来たって。だから、それと戦うために鍛えなきゃいけない……」

「そうなんだ。へー」


 初耳だと言わんばかりの態度だ。これには、燈乃が首を傾げた。

「え?違うの?」


 サナは大げさに首をひねってみせた。


「違うっちゃ違うし、そうだといえばそう、じゃない?」

 サナは、次の瞬間いたずらっ子のように笑い、燈乃を見た。


「ねぇ。燈乃はさ、戦ったり争ったりするの、嫌いなんだよね?」

「うん。スポーツとかも、結局は争いごとじゃない。だから、すごく苦手」


「スポーツっていうのが、いまいちわかんないけど、結局は、人が傷ついて泣くのが嫌いなんだよね?」

 燈乃は、深く頷いた。


「誰かが傷ついて泣くなら、私が傷ついて泣く方が良いって思ってる」

「そしたら、さ」


 サナは温かい笑みを、その唇に乗せた。


「怖いかもしれない。すごく嫌かもしれない。でも、そんな想いをその誰かにさせないために、自分が戦うのは、やっぱりだめ?」

「う」


 燈乃は短く唸り、考え始めた。道理である。


「その、誰かを守るためには、自分が強くなければ、ならない?」

「そう」


 サナは、しっかりと正面から燈乃を見つめている。

「私が、強くなって戦えれば、その後ろにいる誰かを守れる?」

「もちろん」


「それは、仰だったり、亜結だったりも同じなの?」

「そうだよ」


 サナは、より深くうなずいた。


「私達ヴェルデ・ガルダは、ただの戦う集団じゃないの。私達の背中、その後ろには、戦うことを知らない、皆がいた。その皆がいたから、苦しくても辛くても戦えた。だって、その人達が笑ってくれる未来ってすごく素敵なことじゃない?だから、私達は、守るために剣を振るったの」


 サナは一層強い光をその瞳に宿した。


「忘れないで。燈乃はアタシ、サナだし。サナは燈乃なの。ずっと、ずっと、アタシが燈乃のそばにいるから、なにも怖くないよ」

 サナはきれいに笑った。燈乃はその笑顔が眩しすぎて、視線を落とした。


「私じゃ、役立たずだよ……」

「うーん。そっか」


 サナは、もう一度、首をかしげると、思い出したように、空間に指文字を書いた。

 その指文字は、燈乃にはわからなかったが、どうやら、ルーン文字のようだった。


 そして、なにもない空間から、小さなギフトボックスが落ちてきた。

 思わず差し出した燈乃の手に、その小箱は乗った。


「これ、なんですか?」

「イメージの木の実」


 燈乃の顔の前に大きなはてなが浮かぶ。


「アタシからのプレゼント。もう、燈乃のイメージ通りのものになっているからね。アタシのイメージだと麻袋のイメージだったのに、燈乃の前に出る時にはそんなかわいい箱になっているもの」

 ふふ。楽しげにサナは笑う。


「開けてみて」


 燈乃はその小箱を開けたとき、光が溢れた。

 その中には、小さな木の実が、ころんとワタの上に乗っかっている。


 その木の実を右手でつまむと、箱はいつの間にかどこかに消えてしまった。


「そう、そしたら、その木の実、この丘に植えちゃいましょう」

「植えて、いいの?勝手に」

「勝手に植えるわけじゃないから、大丈夫だよ」


 サナは、ドレスが汚れるのにも構わずに草地に座り、手で地面を掘っていく。

 燈乃もそうすると負けてはいられない。同じように手で地面を掘った。


 ある程度の深さが出ると、燈乃はその木の実を、穴にゆっくり沈めて、そこに土を盛った。

 手は、泥だらけ……と思った瞬間、その手はいつものように清潔な手に戻る。


「ねぇ、サナ。これは、どういうことなの?今は夢なの?」

「あれ?今気づいたの?燈乃の夢の中だよ」


 燈乃は驚愕している。


「今、埋めたのは、才能の雫っていう木の実。アタシからのプレゼントだよ」


 自身の夢だと気づいた、燈乃の体はベッドの上で身動きをする。

 精神は、その動きに引きずられ起きようとしている。


「ふふ。そろそろかな。燈乃。忘れないで。必ず、サナが燈乃のそばにいること。サナは、全力で燈乃を守るから。約束する──」


 その瞬間。


 いつもの、燈乃の部屋にいた。


 ベッドの上にゆっくり座り込む。


 驚きであった。

 自分の前世の人格とこうして話せたなんて。


 どういうことなんだろう。


 サナの聖女の力なのか、燈乃にはわからない。


 そして、才能の雫という木の実。

 今見た夢が、自分の精神世界の中だとすると先程の丘は、自分の心の中ということか──


 なにも、わからない──


 燈乃は、とても恐ろしくなった。

 だが、その恐ろしさは今までの燈乃が感じていた怖さではなかった。


 闇雲に怖かった。そういう恐ろしさとは違う。


 燈乃の耳が、今までとは違う潮騒を拾ってくる。

 それは荒れ狂う波ではなく、どこか遠くで静かに寄せては返す音だった。


 胸の奥で何かが解けて、別の熱がそこに生まれる。


 自分が、誰かを守れなくなることが怖い──そういった思いに変わっていた。

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