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ヴェルデ・ガルダ〜緑の戦士たち  作者: 石井はっ花


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祈り

 ある時、少女たちは願った。

 このまま、この星が、平和でいられるよう。誰もこの星を汚さぬよう。誰もこの星の民を殺さぬよう。


 ある時、少年たちは願った。

 この星の生命を自分たちが守っていけるよう。自分たちが、その盾になれるよう。自分たちの力で、この星の剣になれるよう。


 夜は、地球の半球を包み、朝が、またその半球を温めていく──


 *


 その日は、土曜日の昼過ぎだった。

 紺屋(こんや) 宏高(ひろたか)は、大幣を風のように響かせていたが、その手をふと止めて、彼方を見つめた。

 通常であれば、お祓いの最中にそのような行動を取ることはほとんどないことだ。


 だが──


 お祓いを受けている参列者たちは、神職の突然の停止に戸惑いを隠せない。

 なにせ清めてもらうために、頭を下げている途中の出来事だ。


 いつまでこの体勢をしなければいけないのかと、ざわつき始めた時、紺屋は気を戻した。


「申し訳ございません。もう一度清めをさせていただきます」

 紺屋はハリのある声で、謝意を示した。


 *


「紺屋禰宜(ねぎ)、さっきはどうしたんですか。紺屋さんにはすごく珍しいですよね」

 紺屋が振り返ると、同じ神職の叶田(かなだ)涼真(りょうま)禰宜がいた。


「ああ、なんか、ものすごく嫌な気を感じてな。君は大丈夫だったか?」

 叶田は首を傾げた。


「いやぁ。私は何も感じませんでしたが」

「そうすると、私の気のせいだったか。いや、すまん。心配させたな」


 紺屋は、袴の裾を正しながら、控えに戻っていった。

 五月の新緑の香りと海からの潮風が混ざる空気が、神宮の杜を吹き抜けていく。


 紺屋は本殿廊下から、いつまでもこの世界が続くようにと祈っていた。


 *


 ローマ、5月。まだ明けきらない早朝。夜が名残惜しそうにその空に残っていた。


 ヴェナンツィオ・インノチェンツォ・デ・ロベルト枢機卿からの秘密の呼び出しが、フラミニオ・チリッロ・パッティ司教へと届いた。

 至急ということだ。


 どのようなことだろう。パッティ司教は矢も盾もなげうって、急ぎに急いだ。

 パッティが赴くと、ロベルト枢機卿は非常に険しい顔をしていた。


「どうされましたか、枢機卿。この時間でのお呼び出しとは一体……」

「パッティ司教。あなたには感じませんか。何か、恐ろしいことがこれから、起きそうです」


「恐ろしいこととは、一体何です?」

「おそらく、この星自体に関わることでしょう」


「最も信仰の深いあなたとは思えないおっしゃりようです」


「いいえ。神はおそらく、私達人類をお試しになる」

「それは、一体どのようなことです」


 ロベルト枢機卿は、十字を切る。


「これは、私の立場の者が言っていいことか、わかりませんが。おそらく異質な者が地球に来ています」

「異質な者……でしょうか」


 更に、枢機卿は十字を切った。眉間のシワはさらに深くなる。


「はい……その者を排除しなければ、この星は、滅亡してしまうかもしれません……。そんな風に感じ取れてしまったのです」

「枢機卿……枢機卿のお立場で、そのようなことをおっしゃっては」


「わかっております……だが、パッティ司教。あなたは実際はわかっているのでしょう。感じておられるはずだ。私と同じように」

 司教は、跪き祈りを捧げた。その表情には苦悩が現れている。


「できましたら、触れずにおりたいところでした。……ええ。彼の者のことを、私も感知しております。ただ、私のような立場では……」

 枢機卿は頭を振った。


「今の段階では、私達にできることはありますまい。しかし、祈りを捧げることはできます」

 枢機卿と司教は、その場で、祈りを捧げた──


 *


 スイスの朝、ベルグザンドの町全体を襲った悲劇は、全世界のニュースチャンネルを賑わせた。


 家々が自然発火し、屋内に居た者は、そのまま焼け死に、なんとか屋外に出てきた住民たちも次々と息絶えてしまったという、不可解な出来事だ。

 この町の生き残った者はゼロであった。


 陰謀論から、何かの実験、もしくは化学兵器だの、色々と囁かれはしていたが、どれも的を射たものではない。

 連邦評議会の同意のもと、連邦大統領は速やかに国家非常事態宣言を出した。


 これにより、法的な権限を強化して、消防・警察・軍隊などを総動員するのだ。


 敵は、誰かもわからないままだ。


 世界中の情報局員が探っても、ベルグザンドの悲劇を起こした対象について掴むことは出来なかった。

 この星の生命体ではない一個体が引き起こした悲劇だ。


 誰が、わかるというのか。


 セイリュウは、姿を変えて、バンクーバー、深夜のバーにいた。


 元は、人間の体だ。


 一応は、食事なども定期的に取る必要があるのが、厄介だ。

 魔力が完全に戻ってしまえば、食事すらも不要になるが、未だに戻っていないのがこれまた厄介なのだ。


 セイリュウの品のある物腰は、周囲の視線を集めたが、特に意に介すことはなかった。

 だが、魔力を集めるために、やはり人を屠る必要はある。


 見目の良さは、セイリュウにとって良い方向に進んだ。

 街角に立つ女どもが放っておかなかったからだ。


 そして、一人二人と行方不明者が増えていった。


 *


 鍛錬の場所には、植村(うえむら) 燈乃(ひの)の家が選ばれた。


 燈乃の家は、ある地区の一番どん詰まりにあり、その奥は、元々の牧場跡地と畑などが広がっている。

 どれだけ、はしゃいだとしても、どれだけ叫んでも、住民が全くいない場所なのだ。


 一つの山全てが鍛錬の場所となる。


 吹雪と香那美は矢の的を設置し、剣を振るうものは、素振りをし、打ち合いを何度もしている。

 その鍛錬は、殺気を感じさせるほどの精度を上げるようになってきた。


 鍛錬をしている元ヴェルデ・ガルダ達も大変ではあったが、それを支えるヴァルッテリ・サールトも忙しい日々だった。


 何しろ、海の側とはいえ、山の中だ。

 店など、無い。


 食べ物、飲み物の補給は、全てヴァルッテリにかかっている。

 それでも、この天才生化学者は、そのような雑務を一層嬉しそうにこなしていた。


 小学校5年生の時の言葉も話せなくなったほどの衝撃があった両親の死を乗り越えた、植村(うえむら) (あおぐ)の成長度合いは目覚ましかった。


 今では、シルカである岩村(いわむろ) 亜結(あゆ)の手を完全にやり込めるほどだ。


 シルカは決して弱くはない。レイピアの使い手なのだ。

 それを凌駕するほどの剣技を身に付け始めている。


 そうすると、かつてソードマスターを冠したほどのイェレ──満園(みつぞの) 一樹(かずき)が黙ってはいられない。


 仰──クリスティアンに向かって、非常に重い一撃を放つ。

 仰は、軽々と受け、そして力もかけないくらいその一樹の剣を弾く。


「よう、やるじゃんか」

「一樹くんは、これでソードマスターですか?」


 お互い軽口をたたきながら、打ち合っている。

 燈乃は、その様子を遠く、素振りをしながら見ていた。


 燈乃は、まだ、覚醒が遠かった。


 同じように覚醒が遠い精神のツインのイェレ──一樹は、覚醒しているいないにかかわらず、素晴らしい剣技を見せている。


 それに引き換え、燈乃自身はどうだ。

 身体機能も、今まで通りだし。特に聖女のように、回復魔法を使えるわけでもない。


 情けなくて、涙が出そうだった。

「植村さん。大丈夫?」


 楠浦(くすうら) (こう)が、燈乃に声をかけた。

 燈乃は、危うくこぼれていきそうだった涙を甲で拭うと、滉に向き直った。


「大丈夫って、なによ」

「いや。泣きそうな顔してたから」


「別に、泣いてないし」


「そっか。でも、急にこんな、真剣持ち出して戦うとか、ありえないもんね。僕達は戦いなんかしたことないのに。この星を守れとか、自分たちから言っちゃうなんておかしいことだって、僕も思うよ」

 燈乃は、その滉の思いを聞いて、引っ込めた涙が零れそうなのに困惑していた。


 *


 生方(うぶかた) 広充(ひろみつ)は、東京支社で、本社とのオンライン会議を終わらせたところだ。


 本社のくせに、上司が女なのが許せなかった。

 しかも、クリーンなイメージを目指すだって。


 北海道日高プラントの失敗は不問に付されることは、実質ありがたいことではあったが。

 だが、それだけだ。


 あのくらいの施設は、また作ればいいのだし、そのための人材など各地から集め、研究素材だって、あの翠月学園であれば、どんどん集まってくる。

 あとは、本社のゴーサインがあれば、あれ以上のプラントを建て直す、そのつもりでいたのだが、だが、その肝心なゴーサインがいつまで経っても出てこない。


 生方は保守的な考えに呆れた。


 技術は革新的にならなければ、向上してこないのだ。


 ある時、部下が、燃えてしまった北海道日高プラントのクラウドに上がっているデータの中から、面白いデータがあると、報告書を挙げてきた。


 被験者5126に関するデータだった。

 一度目の発露、そして、プラント炎上前の発露。その両方に、外部からの何らかの信号が含まれている可能性があるという。


「鮫島、この、何らかの信号というのはなんだ。詳しく教えろ」

「大変申し訳ございません、生方部長。何分プラントが焼けてしまった以上は、クラウドに残ったデータ以上の情報が無く。いかんともしがたいものであります」


「ふむ。とすれば、この、被験者5126というものは、あの火事によって燃えたのかどうなんだ」

「それも、わかりません。ただ、一番火力の強かった東翼に第二研究保全区画がありました。やつはそこに収容されていましたから、おそらくは、骨も残らないくらいに焼かれていると存じます」


「そうか、それならいいが。他のプラントはどうだ。このように発露してしまいそうな被験者はいないのか」

「他の施設では、あのような発露する被験者はおりません。何らかの偶然が重なった結果かと思われます」


「なるほどな。もし、他の施設でも、日高プラントのような事故が起こったら、実質的な意味で、俺もお前もこうだ」


 生方は首を切り取るジェスチャーをした。

 部下は震え上がった。


「怖いか。怖いなら、成果を出せ。それが、俺達が生き残れる唯一の道だ」


 生方は、自分のデスクに深く座り込んだ。

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