ツイン
生方 広充は焼け跡の惨状を見て、頭を抱えた。
(よくも、ここまで育てた俺のプラントを灰にしてくれたな)
普段は東京支社にいる遺伝子開発部長だ。こんな現場に来ることは、ほとんどない。
だが、この度の惨事だ。
部下の大半が何らかの原因で死に、およそ9万坪の研究プラントの全てが焼き尽くされた今となっては、生方の肝いりで始めていたこのプラントの現状を視察しないといけないだろう。
生方の目に映るのは、焦げた鉄骨や融けて転がったビーカー、そして、風の中に薬品の焦げた臭いも交じる。
とはいえ、逐一クラウド上には上がるという研究データも、実際の被験者がいなければただのデータだ。
ある程度の成果は出せたとしても、それだけとなる。
また、痛いのは、これだけのプラントにいた科学者たちが失われてしまったことだ。
あれだけの人材をまた集めるとなったら、それだけでも頭が痛い。
それでなくても、昨今の科学者は倫理がどうのとうるさい。
それよりも、どれほどの成果をあげられるかが重要なのだと、生方は考えている。
だが、今の、これからの科学者はなんと軟弱になったものだろうか。
(温室育ちばかりしかいないのか?!)
この問題も、生方が頭を抱える一つだったのだ。
筆舌に尽くし難いのは、せっかく確保したヴァルッテリ・サールトを留めておけなかったことだろう。
遺体の中には、該当者はいないと思われる。いたとしても、その頭脳が失われるなら、まだいいのだ。
厄介なのは、今も生きていて、Zaphrex社についての情報をリークするのかという危険性だ。
世界の水問題や学校設備など様々な表の顔があるZaphrex社だ。
表社会ではできるだけクリーンなイメージで売りたいとこのたび交代した首脳陣が能天気にも言っていたことだ。
実際、我々がどれほどの危険性を伴い業務に当たっているのか。
実際にその目で見てそれから物事を言ってほしいと、生方は思っている。
生方の靴が割れた窓ガラスを踏みつける。
ガシャリ。とざらついた響きが足から伝わってきた。
なにもかにも忌々しい。
池脇もあと二年。ここで頑張っていれば、東京支社に戻れたものを。
だが、やはり、その器ではなかったということだな。女はだめだ。詰めが甘すぎる。
「ヴァルッテリは必ず捕まえる──方法はいくらでもある。」
生方は、少し愉快な気持ちになった。
「よし、もういいだろう。帰るぞ」
生方は後ろに控えていた部下たちに、指示を出した。
*
被験者5126の意識は、セイリュウの中にまだほんの少し、一握りだけ残っていた。
残っていた意識は繰り返し幸せな頃の夢を見ていた。
初めての教職に就いて、教壇に登った頃。
バレー部顧問になって、試合に負けた時──、その反対に試合にようやく勝った時──
翠月学園で教職を取った時の夢のような日々を、脳裏の片隅で何度も何度も思い浮かべた。
あのとき、生徒指導室のことに首を突っ込まなければ、今もまだ教員としてあの学校に居られたのだろう。
今の、この肉体の主導権は誰か知らないとんでもないやつだ。
自分ではもう、どうにもならない。
こいつは──
人を容易く殺す。外側も、俺なんだから、人殺しだけは勘弁してほしい。
でも、もう、きっと、止められないのだ。
『お前、うるさいぞ』
既にセイリュウに取り込まれた、この肉体の全ての中、一点だけ脳裏にいた教師の精神は、次の瞬間、無になった。
──世界が、暗く、冷たく、音のない闇に溶けていった。
「弱い人間のくせに」セイリュウは忌々しそうに笑った。
「さて。次はどうするか……少し遊んでやるか」
毒々しい、赤い舌で唇を舐めた。
*
これは、前の人生の夢だな……。
満園 一樹は、心の奥底で、思った。
何よりも剣技に長けた人生。その人生のもっと若い頃。神殿だ。
幼かったイェレは、その精神の中に今まで見たことのない風景や家屋の中の細かいディテールが見えてしまって、悩んでいたのだ。
だが、幼かったイェレは困っている状況のその全てを言葉では表せずにいた。
そのもどかしさは、全て涙になった。
よく泣く子供だったのだ。健康そのものなのに、涙だけは溢れてくる。
それはそうだろう、起きていても、寝ていても、”いま、ここにいる”ビジョンがわからなくなるのだ。
”いま、ここ”じゃないビジョンがひっきりなしに襲ってくる。
不安で、怖くて恐ろしくて、ただ、泣いていたのだ。
イェレの両親はイェレをどうしようもなくなって神殿に連れて行った。
神殿には、同い年くらいの少女がおり、少女の両親が、イェレと似たような状況の相談をしていた。
「待って」少女は透き通るような銀の髪をしていた。
その少女がイェレの方に振り返る。そのマリンブルーの瞳が正面からイェレを見据える。
「あなたね。私のツイン。ようやく現れてくれた。お父さん、お母さん、この人が来たから、私達もう、ビジョンは見なくなるわ」
少女は大人顔負けの話し方をした。
遅ればせながら、神官が、まず少女を見つめ、次にイェレを見つめる。
「確かに、この二人は精神のツインです。生まれた時間まで一緒のはずです。今までこの二人が見ていたビジョンは、お互いの家の状況だったはずです。この二人は病気などでは、ありません。精神のツインの至って普通の状況です」
イェレの母親が、なんとか声を出した。
「そう、なんですか……?」
「ええ。私も長く神官をしていますが、これほどの精神感応のある精神のツインは珍しいです。本当に初めて見ました。これはよっぽどのことですよ?」
神官は興奮気味だ。
双方の両親たちは、細々と神官と話をしているが、肝心の子どもたちは既に飽きてしまっていた。
それよりも、”ツイン”というお互いについて、興味津々だったのである。
「ねえ。君の名前は?」少女が首を傾げて言った。
「イェレ。……っていう、自分はなんなんだよ」
「私は、サナよ。はじめましてっていうんだよね。こういう時」
「あ、ハジメマシテ……」
「はじめまして」サナはニッコリと笑い。
小さな黒豹のようなイェレにその紅葉のような手を差し出した。
「握手、だよ!」イェレはドキドキしながら、握手を返した。
そのとき、他の誰にも見えなかったようだけれど、しっかりと二人の周りに温かい光が溢れた。
二人の脳裏に、新しいビジョンが生まれた。
荒野、二人きりであった。二人は背中合わせで戦っている。
周囲は魔物だらけだ。周りの仲間達は、離れたところで戦っているのが見える。
二人は不敵に笑いながら戦っていた。
自身の命のように、お互いの命を大切に思っているのが、伝わってくる。
二人は、何も言わなくても息がぴったりだ。
二体で一匹の獣のようだった。
死角から、魔物が鋭利な爪で攻撃してきても、その後ろにいる一人が剣をふるい、即座に敵を屠った。
また、魔物が詠唱を始め、斬撃の魔法を繰り出してくると、サナが魔法の盾を唱え、その攻撃魔法を跳ね返して、打ち倒す。
そのビジョンは”今”のイェレにとってはひどく恐ろしい映像であった。
「大丈夫よ。イェレ、私が必ずそばにいるわ」
イェレは、
「うるせえ、下手くそ聖女、いいからしっかり働け!」と口悪く励ます。
……そこで、温かい光が消え失せ、意識は、”今”に戻ってきた。
「ねぇ!いまの、君が、僕に見せたの?」
「違うわ。いまのはふたりで、《《見た》》のよ。この先、必ず起きる未来だと思う」
──そこで、一樹はベッドから身を起こした。
住宅街でも、遠くの潮騒は聞こえてくる。
戦場の禍々しさ。その光景は今まで見た夢の中でも見たことがなかった。
それよりも、──サナ。だ。
サナは、”精神のツイン”だと言っていた。
今でもそうなのだろうか。
サナは、植村 燈乃だと幼馴染の弓達 吹雪が言っていた。
燈乃に、会ってみたいと一樹は少し思った。
それは、ただの好奇心であった。
*
夕べの夢は、なんだったんだろう。
イェレが、精神のツイン?
ていうより、精神のツインってなんなんだろう。
全く意味がわからなかった。
でも、感覚的にはわかる気がした。
あの、イェレは自分で、自分はイェレなのだ。
確かに、自分たちは一人一人の人間だ。
でも、他の人間とは違うのだ。
イェレとは、なにか違う絆でつながっているとわかる。
それがなにかは、今の燈乃にわからない。
わかるはずもないが、けれども、サナはイェレなのだ。
燈乃は、イェレ──一樹と会ってしまうのが少し、怖かった。
それでも、会わなければいけないのだろう。
一樹と会って話すことは、サナである自分を肯定することだ。
燈乃の気持ち的には、少し、受け入れられない気持ちはある。
けれども、今は、自分の好き嫌いを全面に出す事態ではない。
この世界に、セイリュウがいるのだ。
サナの兄であり、ヴェルデ・ガルダが元々いた世界を壊し、この世界──地球をも壊しかねない者が現実にいるのだ。
「放っておけないよね」
自身の中にその力があるなんて、今では自覚できない。
夢でも、セイリュウの起こした悲劇はまだ見ていない。
でも、親友である岩室 亜結が対峙したのだ。
それをどうにかして防がなければいけない、そんな事態が間近だ。
自分の好き嫌いだけで、そのままにしておくことは出来ない。
──燈乃は、窓を開けた。
*
移動教室、その時に一樹は燈乃に声をかけた。
二年C組とD組は移動教室で、同じ授業となるのだ。
放課後のほうがもしかしたら、落ち着いた話ができるだろうが、放課後は、剣道部の部活が控えている。
だから、昼休み前の、この時間で話しかけたのだ。
「植村さん。ちょっといい?」
びくっとしてしまったのは、燈乃だった。
授業は終わっている。これから、昼休みなのだ。
時間の余裕はまだある。
「え、満園くん……」燈乃はうなずいた。
遠くから、楠浦 滉と亜結、吹雪が固唾を飲んで見つめていた。
サナである燈乃とイェレである一樹の邂逅だ。
この二人の間には、どんな人物も入り込めないのだ。
三人はじっと、この事態を見守っていた。




