助走
「さて、どうしようね。あんなのが居るんだから、私達、結束していかないと、なんだけど。見事にバラバラだよねぇ」
放課後、いつもの喫茶店で、パフェを食べながら、岩室 亜結が愚痴を言う。
とはいっても、セイリュウと直接対峙したのは、亜結。そして、傍観者としてのヴァルッテリだ。
植村 燈乃にとっては、過去の夢の中の、兄だが。
だが、現実に現れて、人を屠るなど……。
到底まだ、信じられる話ではなかった。
犠牲者は数多いても、なお、だ。
亜結の右横には、楠浦 滉が、クリームソーダをすすっている。
「そんなに、強いんですか。セイリュウ」
「うん。強いってもんじゃない。気を抜いたら、アタシも死んでた。アタシなんかじゃ、歯が立たないよ」
「今は、シルカの力は、どのくらいだと思いますか?」
「うーん」滉に尋ねられた亜結は、首をひねる。
「四割。かな。多分。まだ、自分で余力があるのがわかるもん」
過去生の夢で聖女サナである燈乃は、まだ、すべての夢を見終わってはいない。
だから、こうした話にはついていけないのだ。
滉と亜結は殆どを見終えている。
そのうえで自身の強さをはかり、正確な自身の強さがわかるのだ。
だが、燈乃は、まだだ。聖句一つも出てきてはいない。
亜結は、
「サナだって、切羽詰まらなきゃ聖女として覚醒しなかった。もしかしたら、その時が来たらわかるよ」
そう、励ましてくれた。
けれども、差し迫った危機があるなら、それに備えたいのも人情だ。
でも──実は燈乃には、自身がサナだと、まだ認められずにいた。
*
それは、海老塚 香那美にとっても同じだった。
その日、登校してきた亜結を見て、思わず飛び上がって抱きついた。
そして、次の瞬間、即離れて、
「ごめんなさい!!私の軽率な行動で、こんな事になってしまって。謝っても謝りきれないけど。本当にごめんなさい!!」
「いいよ。って言えればよかったけど、本当に死んじゃう可能性もあったから、いいよって。いえないわ」
香那美はものも言わず、深く頭を下げた。
「でも、お陰で、シルカとしての力が目覚めたの。ある意味、ヴァルマのお陰だわ。ありがとう、ヴァルマ」
ヴァルマと呼ばれた香那美は、その名前が嫌だったにもかかわらず、素直にうなずいた。
事態は動いたのだ。
それに、自分が招いたことでもある。
香那美は、夢と向かい合う覚悟を決めた。
そして、鈍ってしまった体では、なんの役にも立たないかもしれないが、部活に戻る覚悟を決めたのだった。
*
夢の世界で、アウノである古久保 秀亮は、初めて滉が自分に話しかけてきたことに、とてつもなく驚いていた。
おどおどと秀亮から声をかけられて逃げていった滉が、自分から話しかけている──しかも、あの時とは違い、自分に自信をもっているようにもみえる。
つい、
「この数日で、君に何があったの?」と聞いてしまった。
滉は笑うでもなく、困ったように首を傾げただけだ。
「それよりも、夢はどこまで進んだ?」
秀亮が夢の状況を話すと、滉がうなずいた。
「もうすぐ、なんだ。そしたら、僕達は真の意味で覚醒できる」
「弓達 吹雪には、話してるか?」
滉がうなずく。
「今のところ、オスク──吹雪が一番、夢は進んでる。でも、サナ──植村さんとイェレ──満園君がまだかな。サナはセイリュウと離れたところまでは見ているみたいだけど、それ以上はまだだって」
「そっか、吹雪……が、オスクがそれを把握しているならいいか。俺も、ある程度まではみてるけど、力の覚醒までは、まだ無理だな」
「シルカに聞いたんだけど、実験のせいで、そこまで到達したんじゃないかって言ってたね。そうすると、それは僕らには難しいのかも……何しろ、プラント、燃えてなくなっちゃったしね」
「そうだなぁ。俺達は、自力でなんとかしなきゃなぁ。セイリュウが実際の人物であるなら、俺達がなんとかしなきゃだ」
「だけど、帰宅部な僕達とは違って、アウノも、イェレもオスク、ヴァルマも今月大会だよね。無理しないで」
「ああ。頑張るよ」
秀亮が見つめたその先には柔道着があった。
*
「ねえ!満園くん!今日も応援いっていい?」
「別に構いはしないけど、柔道部に迷惑かけんなよー」
女生徒数名は、満園 一樹が、掛けた声に気軽に応えてくれたことに、黄色い声を上げた。
一樹は、そんな大したもんじゃないけどなと小声で言うと、道場に向かった。
道場に入ると一年たちが掃除をしている。
自分も通ってきた道だ。前は気軽に手伝おうとしたけれど、その度に先輩方に止められた。
二年だからって、掃除をしないっていうのも、自分的には癇に障った。
一樹は、竹刀の手入れをし始めた。手早く、しかし、丁寧に終わらせると、柔軟体操を始めた。
体を動かす度、ギャラリーの女生徒が騒ぐ。
正直言ってやめてほしかった。
部長に来ないように禁止令とか作ってもらえないかとか話してみたけれど、焼け石に水だった。
「お前目当てなのはわかる。だけどな、俺達だって、女子に囲まれてたいんだ。夢を見させてくれよ」
その話し合いから、一樹は一旦諦めた。
そこで、今に至る。だ。
少しは真剣に素振りをしようと、向かっても、
「一樹くん!頑張って!」という声援で、調子が崩れる。
それでも、と。一樹は集中力を一段階高めた。
「──おらぁ!すり上げいくぞー!」
基礎稽古に汗を流したあとは、地稽古だ。
今日も部長との打ち合いのあとは、顧問との打ち合いが待っている。
一樹は、今、剣道に打ち込んでいる。それはなんのためにするのかはわからない。
けれども、過去世の自分が剣の道で生きていたのだけは、実感している。
今は、今の自分で、剣道で勝つことがそれだと思っているのだ。
もうすぐ高体連が始まる──
一樹は更に集中した。
*
「あ、また一樹だ。今回は吐くほどの打ち込みしないの?」
こちらも、高体連のための自主練帰りの吹雪が軽い口調で話してきた。
「いくつの時の話ししてんだよ。もう、しねえよ。あんな無謀なこと。しなくても、勝つからな」
一樹は不敵な笑みを浮かべた。
吹雪はその笑顔が好きだった。イェレの頃から変わらない笑顔だった。
*
植村 仰は、一昨日のことを忘れることは出来ないだろう。
帰ってきた時、祖父展久どころかヴァルッテリもいなかった。
玄関先には、土足で踏まれた玄関マットがボロボロの状態であった。
ひと目見て、何かがあったと分かる状態。
仰はしっかりと戸締まりをして、祖父と姉とヴァルッテリの帰りを待ち続けた。
午後九時を過ぎた頃、聞き慣れたエンジン音が聞こえた。
そして、待ち兼ねていた人たちが玄関に顔を見せた。
だが、三人とも憔悴した顔をし、何が起こったのかも、教えてはくれなかった。
もしかしたら、心配をしないようにという気遣いなのかもしれない。
けれども、簡単にでもいいから、何かあったのかだけでも教えてほしかった。
そして、すこし、拗ねた。
だって、ヴァルッテリの日本語がすごくうまくなってるんだ。
たぶん──下手な日本語は下手なふりだったのだろう。
それが、とても、許せなかった。
「あの、仰……今まで、色々、隠してたことがあったから、少し話したいけど、今いい?」
自室にこもっている仰にヴァルッテリが声をかけに来た。
手にしたお盆には、お手製の焼き菓子とカフェオレがあった。
「は?そんなものじゃ、騙されないけど」
といいつつ、部屋のドアをヴァルッテリが通りやすいように開けてやる仰であった。
ヴァルッテリは、かいつまんでではあったが、できるだけ正直に自身の今までを話して聞かせた。
「ボク、何も知らないでいたよ。ごめんヴァルッテリ」
透明な涙が、仰の頬を伝って落ちた。
「いえ、騙して、入り込んでいたのは私です。仰くんをこんなに傷つけて、本当にごめんなさい」
「傷ついてなんて。そんなにない。けど、ヴァルッテリはこの先どうするの?Zaphrex社にここに居るってバレちゃったんでしょ?どうしよう……」
「はい……。私のわがままであれば、ずっとここにいることを選びますが、それではみんなに迷惑がかかります。それは私の本意ではありませんから」
「迷惑なら、今までの燈乃姉ちゃんとボクがめちゃくちゃかけてたよ!これからのヴァルッテリがかけちゃだめって理由、おかしいからね!」
「……それでも、このまま、ここにご厄介になるべきではない気がします」
「じゃあ、出ていくの?どうして?迷惑かけるっていうのはなしで、わかるように教えてよ」
「う……」
ヴァルッテリは、真剣に悩んだ。
そうすると、このまま植村家で厄介になっていたいという思いだけが、浮上してくる。
それは、今までの人生では、全く感じたことのない感情だった。
──やがて、ヴァルッテリは泣き笑いの表情で、仰に向き直った。
「いままで、こんなに、ここにいたいって感じたことはありませんでした。仰と燈乃、展久さんのそばでいたいです」
はらはらとヴァルッテリの青い目から涙がこぼれていく。
「仰、私は、ここにいたいです。ずっと」
仰はうなずいて、ヴァルッテリの手を引いて、リビングでくつろいでいた展久の前に出た。
「じいちゃん。ヴァルッテリが話したいって」
ヴァルッテリは展久にも、自身の話をしてやると、
最後にこう言った。
「それでも、ここにいたいです」
「……お前の話を信じたい。だが、家族を守るのも俺の役目だ。──それでも、お前を信じると決めた」
*
帰宅した燈乃は、ヴァルッテリの話を聞いて、胸を撫で下ろした。
「良かった。ずっとヴァルッテリがいてくれるのね」
昨日のようなことは、これから先も起きないとは限らない。
それでも、燈乃も仰も展久だって、大事な家族のヴァルッテリをみすみす手放したくはない。
これからも、この四人で生きていたいと思うのだった。
5月の空はゆっくりとその濃さを増していく──
そして、闇に飲まれていく。
どこにも逃げていくことは出来ない闇の世界へと、世界は転じていくのだった──




