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ヴェルデ・ガルダ〜緑の戦士たち  作者: 石井はっ花


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被験体α

「ねぇ。3時間目の呼び出しって知ってる?」

 ある女生徒が、友達に耳打ちする。


「え?なにそれ?怖い話?」

 女生徒は、笑って返す。


「うーん。ある意味怖い話かも。なんかね、その呼び出しを受けた生徒って、学校に帰ってこないんだって」

「え?なんかヤバそう」と笑う。

「笑い事じゃないって。この前、一年の子が呼び出されて、本当に帰ってきてないんだって。後輩が言ってた。この学校、何かあるってさ」


 話を持ちかけられた方の女生徒が、首を大きく傾げた。

「まぁ確かに、勉強には厳しいし、帰宅部も中にはいるっちゃいるけど、ほぼほぼ部活動推奨だしね。心電図も健康診断で取るじゃん、あれってなんなの」

「まぁ、たしかにね。でも、やばいのは、呼び出したって!」


「ただ単に、退学になったとかじゃないの?素行が悪くて」

「なんか、普通の子だったって。後輩は言ってた。なんかの問題を起こすわけじゃなくて。だけど、なんか、健康診断の時、めちゃくちゃ脳波がリラックスしてて、良かったとか、先生に褒められてたとかって」


「ふーん。それにしても、脳波測るって普通じゃないよね。実際」

「確かに」

 二人は、顔を見合わせて笑った。


 *


 池脇(いけわき) 稚葉(わかば)の職場、Zaphrex(ザフラックス)社の北海道日高プラントでは、今日も非合法な実験が繰り広げられていた。

 とはいえ、所長である池脇が現場におりて指示をすることなど、今では滅多にない。


 被験体となる生徒を連れてくるのも、それに白羽の矢を立てるのも専門の係がいる。


 池脇にとっては、本社の生方うぶかた 広充ひろみつへ報告するためのただの単語でしかないのだ。

 池脇には、このプラントでの実験を成功裏に収め本社に帰還するという野望があった。


 女性としての幸せなど、このZaphrex社に生きると決めた時には、全て捨てたのだった。


 だから、前回のようなプラントでの事故や騒動などあってはならないことだった。

 被検体を見つけ、そのための処理をし、実験を行い、報告する。


 それが、このプラントの役割である。


 古い価値観に基づけば、非道な実験なのだろう。

 だが、考えてもみてほしい。


 人間は人間を真に理解しようとする時、ヒトという動物を正確に理解し対処しなければ、ヒトは簡単に死んでいく。

 真に人間らしい振る舞いができるのであれば、まずは生体としてのヒトを知るべきだ。


 Zaphrex社は、そのような理念を持っている。


 そのうえで、ヒトという動物の可能性を広げるためのたくさんの実験を行っているのだ。

 だが、理念ばかりでは、会社としてうまくいかない。


 だから、その、ヒトとしての実験体を軍事利用するべく、世界中に沢山のプラントがある。

 このプラントもその中の一つに過ぎない。


 けれども、池脇は思う。

 プラントを建てるにしても、もう少し人里に近いところにあってもいいんじゃないかと。


 このプラントは四キロ四方の山の中である。人体実験を繰り返すようなプラントだ。

 実験体が逃げても事だし、叫ばれても、近隣住民が警察などに通報しようものなら、池脇自身の生命がいくらあっても足りないけれど。


 その点、職員の福利厚生に関しては、文句なくトップクラスだと思う。

 ただ、このプラントからは着任や離任以外では好きに外出は出来ないだけで。


 ジムも映画もアミューズメント施設も小さいながら、プラントには備え付けられているのだ。

 普段過ごすには困らないだけの施設がある。


 まぁ、実際は、自分の研究に没頭するタイプの職員しかいないため、そういった不満などは、聞いたことがないけれど。

 今日も、一人、生徒に白羽の矢が立った。


 その名前は、岩室(いわむろ) 亜結(あゆ)と言った──


 *


 植村(うえむら) 聖司(さとし)は、神童と言われ育った。

 田舎町においては、聖司のように勉強ができる子供は、大体が神童と呼ばれる運命だ。


 IQが高く、勉強が簡単に出来た。

 小学校の終わりには、中学校の教科書の殆どを履修し終わっているほどのものだった。


 故に、学校生活には馴染めなかった。また、古臭い地方の生活も苦手だった。


 それでも、父、植村(うえむら) 展久(のぶひさ)の考えは、地元主義だった。


 小学校の終わり際、中高一貫校の誘いがあったのである。

 だが、展久は頑として首を縦に振らなかった。


 子供は家庭にいるべきだという信念なのか、盲信なのかわかりはしないが。

 自身は、家庭のことを顧みもしないのにだ。


 母一人、子一人を自宅に残して、自身は仕事に打ち込んでいた。


 聖司がようやくクソみたいな実家から離れられたのは、高校生の時だった。

 その頃には、展久もようやく折れた。


 より高い学力の大学に行くには、高校の成績も左右するのだと知っていたからだ。


 聖司は、高校を卒業し大学に進学し就職してから、一度も、地元の土を踏むことはなかった。

 母は、いつの間にか死んでしまったが、葬式にも帰ってこなかった。


 それほど、愛想を尽かしていたのである。


 就職したのは、その時、新進気鋭と言われ、海外資本だったZaphrex社だ。

 大学の専攻で生化学を勉強していたので、世界各地にプラントがある、この会社を志望したのだった。


 聖司は運が良かった。


 各地のプラントでの研究成果が、上層部の目に止まることが多かった。

 Zaphrex社で、欠かせない存在の研究者となっていった。


 そして、それは、どんどんとZaphrex社の内情を深く知っていくこととイコールであった。


 ある年、同じ研究者の立場であった、里上(さとうえ) 円加(まどか)と同僚になった。


 二人は、すぐに意気投合をし、婚姻を結んだ。だが、結婚式などは行われなかった。

 展久のところにもハガキ一枚しか届かなかったのだ。


 もともと、家庭を顧みなかった展久である。

 そのハガキにも特に関心は示さなかったが。


 数年後、聖司、円加夫婦に第一子が生まれ、次の年には第二子が生まれた。


 子供には、それぞれ燈乃(ひの)(あおぐ)と名付けられた。

 その頃、円加は一応は子育てのためという名目で研究職を辞し、Zaphrex社の東京支社の財務を担当していたが、激務には変わりがなかった。


 円加は家に帰れるのは深夜、7時には仕事に出るという激務の日々を送っていた。

 そのせいで、燈乃や仰は、親からの愛情をほとんど知らずに成長してきたのだった。


 家族の健康についてだが、Zaphrex社は介入してくる会社だった。


 健康診断は三年に一度家族も含めて行われることになっていた。

 その健康診断の結果で、燈乃のデータに要観察というデータが出た。


 健康状態に問題があったわけではない。


 その逆で、ある。


 誰よりも高い水準での数値を叩き出したのだ。


 燈乃は、その結果からZaphrex社からの研究対象として見られることになったのだ。

 聖司は、どうしてか、燈乃がZaphrex社の被験対象として見られるのが嫌だった。


 研究者としてなら、自身の血を分けた存在が、最高の被検体と見られるのは胸を張りたいものかもしれない。


 けれども、聖司の人間としての心が、それを嫌がった。

 円加も聖司と同じ気持ちであった。


 ──あの事故の日。


 聖司と円加は、北海道の展久のもとに何も言わず子どもたちを逃がそうとしていたのだ。

 空港へ行く高速道路上。


 その事故は起きた。


 おそらくは、反旗を翻した聖司夫婦への処罰でもあったのだろう。

 ……事故に見せかけて、聖司夫婦を殺した。


 最高の被検体である、燈乃には怪我一つない状態であった──


 *


 今の燈乃にとって、最高の父親は展久であり、母親は性別こそ違うものの、ヴァルッテリであった。

 それは、弟の仰にとってもそうだった。


 展久の若い時は、ただの一度だって、家庭を顧みなかった。


 だからこそ、燈乃たちを顧みなかった息子を責める道理など何ら持ち合わせてはいない。


 一人きりの荒れた生活から、ひょんなことから一人の外国人の青年を拾い、一緒に暮らすようになり、心がほぐされていくのを感じ、そのうち、引き取った息子夫婦の忘れ形見を育てていくうちに、育たなかった自らの父性が芽を吹いたのを、展久は感じていた。


 今では、ヴァルッテリと燈乃、仰の4人でいることが、本当の意味の自然だと思うようになっていた。

 それは、燈乃にとっても、仰、ヴァルッテリにとっても、ここで四人でいる生活が自然であった。


 そんな折、燈乃は”夢”を見ていた。

 どんどんとその”夢”は思いもかけないように、苦しみの記憶を紡いでいく。


 起きた瞬間に、今息をしているのは、燈乃かサナかわからないほどだったのだ。

 それでも、起きて、一人でいないで、ダイニングに下りれば、家族がいる。


 それだけでも、燈乃の心は救われた。


 ヴァルッテリの作ってくれる朝食の温かさ、展久のどんと構えた様子、仰の軽口でさえ、安心する材料だった。


 父母が亡くなった理由は知らない。

 父母の会社での健康診断のあと、何度か、研究施設というところにいって、検診を受けたことは何度かあった。


 そのたびになぜか名前じゃなく、”α(アルファ)”と呼ばれていたのを、燈乃はふと、思い出した。


 αというのは、どういう意味だったのか。


 成長した今の燈乃であれば、αというのは、ギリシャ文字の一番初めの文字だということはわかる。

 でも、自分の身に当てはめて考えると、どういう意味でかはわからないのだ。


 同じ血を引いたはずの仰は、数値が低いので、違うんですよと世話人という人が教えてくれたことがあった。

 仰と自分の差が、今の燈乃にはわからないままなのだ。


 もし──


 あの事故の時、父母だけでなく、自分も仰も同じように死んでしまっていたら、と、何度も思ったことがある。

 その考えは現実的ではない。


 なぜなら、燈乃はこうして、生きているからだ。


 死ななかった。


 それだけが、今生きている価値そのものだと思うのだった。

 これは、燈乃自身の導き出した、答えに過ぎない。


 仰は仰で、思うところがあるに違いない。


 もし、その一端でもわかれば、燈乃はそれを尊重してやりたいと思っているのだった。

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