波は音を刻み、音は波を――
俺、立島湊は、ぴちぴちの高校二年生。中学まではサッカー部だったけど、今は女子ばかりの演劇部にいる。役者として、まぁ……人気者だ。
うちは地区大会も勝てない弱小校だけど、今年はいける――部長の佐山さんがそう言ってた。
なんでかって? もちろん、俺がいるからだ。
自分で言うのもなんだけど、イケメンだから何やっても映える。ギャグもシリアスもお手のもの。なんたってカッコいい。女子ばっかで気楽だし、ちやほやされるし、いいこと尽くし。
去年の文化祭で「ロミジュリ」やってからはファンもついた。「MINATO」って書いたうちわまで登場する始末。
でも、ごめんな。俺にはもう恋人がいる。公言してないけど、俺はそいつ一筋なんだ。
***
「そこ!」
稽古用に使っている多目的室に低い怒声が響く。俺は筋トレをやめてそちらに視線を向けた。
長身の男が腕を組み、座り込んでいる一年生の女子たちを見下ろしていた。
「腹筋六十回、背筋八十回は部内の伝統的鍛錬だ。数を誤魔化すなど、プライドはないのか?」
「で、でも……一学期の間は少なくてもいいって……」
小柄な女の子がおどおどしながら言い返す。長身の男がスッと息を吸った。
「学校祭まであと十数日。三年生の先輩たちが校外学習でいないことを言い訳にさぼるつもりか」
「それは……」
問い詰められた女子の声がつまる。長身の男の肩がわずか動いたのを見て、俺は駆け寄った。
「まぁまぁ、公規。安藤さんも、ね。あと十回ずつやってみない?」
小柄な女子・安藤さんは、俺の顔を見て目を輝かせて頷いた。何人かいた女子たちも「はいっ」と元気に返事をして、筋トレを始めた。
俺は長身の男・福井公規の肩を掴んで、その場を離れた。
「グッジョブ、公規」
背が高すぎて届かないけれど、それでも彼の耳元にだけ届くように俺は声をかけた。
すると、さっきまで厳格そのものだった公規の表情がわずか緩んだ。細い目は更に細くなって、照れたように笑っている。……多分、俺しかわかんないよ。この微細な変化。
「あの子たち才能はあるんだけどな。言ってくれて助かった」
「当然のことをしたまでだ」
公規はフルフルと首を横に振って、自分の持ち場に帰っていった。
何を隠そう、俺の恋人はこの男・公規だ。生粋の鉄道オタクで、規則通り物事を進むことが好きな面白い奴。
あ、先に言っとく。――俺がタチで、奴がネコだ。
公規は見ての通り、演劇部に入るような性格じゃない。目立ちたがり屋でもないし。
でも、何故か身体を鍛えることは好きらしく、身長に見合ったいい肉体を持っている。背丈と着やせでほとんどわかんないけど。
なんでそんな公規が演劇部にいるかと言うと、十中八九、俺の影響だ。
ついて来た、といえばそれまでだけど、アイツもアイツなりに考えてここにいる。
「鉄道の運行管理者をとても尊敬している」と、公規に小一時間くらい熱く語られたことがある。
だから俺は言った。演劇部は何も前に出るだけじゃない。裏方って奴があって、と。
そうしたら、あの細い目がキラキラと輝き、気づけば入部していた。
真面目一本の公規は、裏方としてとても信用されている。今回なんて、佐山さんに舞台監督に任命されていた。舞台監督ってのは、舞台が始まって終わるまで全てを管理する人のこと――公規にぴったりだろ?
まぁ、そんなこんな紆余曲折ありながら、俺たち演劇部は学校祭を無事迎えることができた。
今年やる劇は、部長が趣味で書いた創作戯曲。とある高校で事件が起こり、学生たちが解き明かす探偵もの。これがまた良くできていて、初回読みの時にハラハラした。観にきた人たちにも同じ気持ちになってもらえたら万々歳だ。
「各々必要な小道具、衣装、動線の確認を」
バタバタと走り回る部員たちとは正反対に、公規は淡々としていた。
インカムで遠くにいる音響や照明と話しながら、小道具のリストチェックをして、誰かが質問すれば、これまたしっかりと答えている。
皆見てる? あれ、俺の彼氏。かっけぇ……。
「湊」
突然現れた公規に俺はぴょんとはねてしまった。案の定、眉間に皺を深く刻みながら俺を見ている。
「惚けることが悪いとは言わない。だが、こういう時こそ自分を律するべきだ」
原因は、お前の格好良さのせいですけどね。――なんて、言ったら怒るかな。それとも照れるか。……怒るな、絶対。
「先輩たちもいるが、役者として表に出るのは一年生ばかり。湊がその調子では……」
「わぁってるって」
ヒラヒラと手を振って適当に流そうとしたが、その手を公規が掴んだ。
「何かあれば俺が対処する。だが、表はお前しかできない」
背筋をしゃんと伸ばし、まっすぐ立つ姿すら雄々しく美しい。
こんだけ真面目に言うやつを蔑ろになんてできない。俺は顔を引き締めてまっすぐ公規を見上げた。目と目が合う。公規の細い目が開かれた。
「俺たちで成功させよう」
俺の言葉に、公規は俯き口元を押さえ頷いた。耳が赤い。
「健闘を祈る」
それだけを言って公規はさっさと舞台裏に消えて行った。
そうして、チャイムが鳴り、放送委員の合図で体育館は暗転した。
一年生が多い中、劇はそこそこうまく進んでいた。俺も、自分の役割をしっかりとやった。舞台上に上がれば役になり、裏に回ると小道具や舞台セットの移動を適切なところに配置する。公規も、淡々と自分の仕事をしていた。
物語終盤。俺は舞台上にいた。白熱する応酬の中、動きが止まった。
音響の音を合図に、一年生の安藤さんが「犯人はお前だ!」と叫ぶ場面。鳴るはずの音が、鳴らない。
隣に立っている安藤さんが変なポーズで止まっている。他の一年生も動けず、顔だけ作って立ち尽くしている。俺が何かしようにも、役柄的に何か言うわけにもいかない。
――一瞬でも安藤さんにアドバイスができれば……。
その時、目の端でちらりと青色の光が揺れ、舞台は暗転した。
袖奥で青色のペンライトがチカッチカッと小道具リストを照らしていることに気づいた。
「後は頼んだ」
公規にそう言われたように感じた。
俺は安藤さんの肩を掴んで囁いた。
「明転したら、台詞」
安藤さんは、小さく頷いた。
そして、舞台が明るくなった時、安藤さんが叫んだ。
「犯人はお前だ!」
と。
***
「いやぁ、素敵だったよ、みんなっ」
公演が終わった後、部長の佐山さんが満面の笑みで俺たちをねぎらってくれた。安藤さんを始め、一年生は何人か泣いてる子までいる。
そんな中でも、公規は眉間に皺を寄せたまま立っていた。
「音響トラブル、あんな回避の仕方があるなんてびっくりだよ」
「ダイヤグラム通りに動くことも大切ですが、トラブルに柔軟に対応できてこそ運行管理者として……」
「あーっと、おい。公規! さっさと片づけて帰ろうぜ! な?」
早く二人っきりになりたくて、つい叫んじまった。
他の皆は変な顔してるのに、部長はにっこり笑って「すごいね」と言った。公規は口を押さえて小さく頷いている。……照れてる。可愛いけど、なんだか、ムカムカした。
***
帰り道。俺は公規と二人で帰った。
学校の門から離れて数分後。誰もいないことを確認して、そっと公規の手を掴んだ。ひくっと僅か震えたが、気にしない。
「かっこよかったぜ、公規」
「……」
公規は何も言わなかった。けれど、真っ赤な耳が素直に気持ちを出してくれてることを、俺は知っている。
end...
wave boxにて、リクエストありがとうございました┏○ペコリ
お題:BL、ダイヤ、プライド
リクエスト小説・第五弾。
普段は冗長な書き方ばかりしてしまうので、短く、それでいて起承転結がしっかりしたものを書けるようになりたいと思い、練習させていただきました。お付き合いいただき、ありがとうございます。
もし奇特な方がいらっしゃいましたら是非リクエストください。いつでもお待ちしております。
「リクエストしたい!」と言う方がいらっしゃればコメント欄、または今回のようにX(旧:Twitter)→「wave box」からでもOKです。
その際、以下のことをお願いいたします。
・NL、BL、恋愛なしのいずれかひとつ
・3つのお題(上記参照してください)
~3000文字の超短編を書きます。めっっっちゃ喜んで書きます。
よろしくお願いいたします。
さて、今回ですが。お題をもらった時、一番に思い浮かんだものが
「大怪盗がダイヤを盗みに行って、そこでなんらかあって、プライドをかけた戦いののち、愛が芽生える」
なんて、安直な発想があったんですが、「そいや、学園もの全然書いてないよ!」「なんだったらBLで学園書いたことないよ!」となって絞り出しました(笑)
ノンケチャラ男な湊と、鉄道オタクの公規。正反対そうに見えて、実はお互い必要なものを補っているよ、的な感じが書けたらいいなと思ったんですが。
3000文字じゃ全然書けないし、いつもの三人称視点ではキャラクターの説明しているうちに終わる!
となって、一人称視点を挑戦してみました。
まぁ、先日あげた「残火、そこに咲くのは~」も一人称視点だから挑戦と言うとなんだかかんだか……。
よければ「残火シリーズ(全五編予定)」も目を通していただければ幸いです。全く雰囲気違いますが……。
それは置いといて。
湊視点だけじゃ、公規の感情、全く見えないんですよね。
なので、今回は下部に公規視点のお話を同じボリュームで追加しています。
もしよければ、そちらもよろしくお願いいたします!
ここまでお読みいただきありがとうございました。
2025.11.7 江川オルカ
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「福井公規の場合」
俺が立島湊と直接話したのは中学三年生の春。彼は今とそう変わらないテンションで接して来た。
受験生になるというだけで、教室の空気が少し大人びる春のとある日。学業の妨げにならないようにと、我が中学では修学旅行は五月に予定されていて、三年生に進級してすぐにその話題で持ちきりとなる。
まずは、班決めからだ。
俺は、小学校高学年くらいから、休み時間の輪の外にいるようになっていた。結果、一人でいる時間が増えたが、別に困っていない。……だが、こういう時だけは少し面倒だ。
俺は自分の席に座ったまま、盛り上がる同級生たちを眺めていた。
痺れを切らした担任教師が適当にどこかに入れるだろう。そう思ってぼうっとしていると、不意に声がかかった。
「公規」
苗字で呼ばれることこそあれど、下の名を呼ぶものは家族以外にいない。そのため、俺の反応は少し遅れた。
「あれ、名前違った?」
少し遠くに座って、友達らしき生徒と会話をしていた男が俺を見て首を傾げている。人懐っこい笑みを浮かべていたかと思えば、神妙な顔で俺を見つめている。
この男こそ、のちに俺の恋人となる湊だ。
不安そうな湊に、俺は首を横に振って否定した。
「間違っていない」
「あぁ、よかった。なぁ、うちの班、一人足りないんだ。公規も一緒にどう?」
俺はこういう人種が嫌いだ。愚か過ぎて見ていられない。
自ら誘って俺を組み込めば、自分が仲間内から浮くということを、この無邪気な男は知らないのだ。
「気遣いなら無用だ」
俺の冷たさに大体の者は面倒臭くなっていなくなる。それでいい。俺は一人でいられるし、お前も俺のことに気を回す必要ない。
だというのに、湊は目を丸くしたかと思えば椅子から立ち上がった。そしてパタパタと俺の元に駆け寄って来て、俺の机に手を置いた。
「え? もう誰かと決まっちゃった?」
「……は?」
「決まってないならさ、一緒に回ろうぜ。俺の仲間さ、ああ見えて気のいいやつばっかだし」
親指を立てて背後にいる仲間たちを指差し笑っている。その表情に偽りはない。だが、背後にいるお仲間たちの表情は暗そうだ。
――ほら、見たことか。
「悪いが断る。お前がどのようなつもりで言って来ているのかはわからないが、和を乱す必要はない」
俺の冷たい言葉に、湊は眉を上げて不思議そうに見つめた。が、次の瞬間には机を突っ伏して悶えた。
「あー、やっぱいい奴だ」
そう言って顔を上げた湊の顔に、俺は息を飲んだ。
「公規がいたって変わんない。でも、公規がいなかったらつまんねえよ、俺」
何も考えていない男だと思っていた。
サッカー部で、女子にモテて、友達も多くて、クラスのムードメーカー的存在で……。そんな男が、俺の言葉から察して、しかもこんな……。
顔が熱くなるのを感じ、俺は咄嗟に口を押さえて俯いた。
「え? え? 吐きそう? ちょ……」
騒ぎ出しそうな湊を止めるために反対の手を上げて制止を促した。
「な、何ともない。少し……驚いただけで」
「ふふっ……」
優しい声色。抜けるような吐息の音。まるで陽に照らされたように、胸の奥がじんわり熱を帯びた。
俺は口を押さえながら視線だけを上げた。
――好きだ、と、思ってしまった。
「よし、決定な。……先生! 班できましたぁ!」
俺の気持ちを知る由もない湊は、教壇に向かって走って行ってしまった。
それから、湊と過ごすことが多くなった。彼は、思った以上に距離の近い男だった。
教室移動ひとつ取っても、隣に来たかと思えば俺の顔を覗き込み、いつもの愛らしい笑顔を振り撒く。かと思えば、修学旅行のバス移動中、俺の肩に頭を預けて眠り出したり……。
己の好意に気づいてからというもの、湊の一挙手一投足が嬉しくて、苦しくて、幸せだった。
**
そうしている間に、季節は変わっていた。
新緑で染まっていた窓の外は、今や真っ白な雪で覆われ、カタカタと窓枠が切なく鳴っている。
受験勉強しようぜ、と誘って来た湊は、机をくっつけて俺の向かいに座っている。ペンを走らせながら俯く姿は、いつもの動き回る姿とはまた違う良さがある。長い睫毛が湊の視線に合わせて揺れ、常時弧を描く口元も今はまっすぐに閉じられている。
――格好いい。
そう思ってじっと見つめていると湊の視線が上がった。くっきりとした二重瞼が持ち上がり、瞳が俺を捉えた。
「あっ……いや」
何か言い訳をしなければ、とはやる気持ちをよそに思いつく言葉はあまりに稚拙だった。
――やましい気持ちがあったわけじゃない。でも……湊が側にいることが嬉しくて、それで……。
頭の悪い言い訳ばかりが浮かんで、俺はいつものように口を手で覆った。
気持ち悪い。そう思われたら終わりだというのに。
「好きだ」
「……」
は……? あ、え……。
なんと愚かなっ。
声に出してしまったのか!? 今し方、自制しようと口を押さえたばかりだというのに。なんて……なんて……。
「……?」
待て、と理性が働く。俺は今、口を押さえている。話せるわけがない。ならば、何故そんな音が聞こえるのか。
俺は恐る恐る顔を上げて湊を見た。
湊は顔を真っ赤にしながら、俺を見つめていた。
「あーっと……、なんつーかな」
湊は唸り、ペン先をノートに押し付けながら身悶えた。
「今日、学級委員の田辺さんと話してたろ。あれ見て、公規に彼女できた時のこと想像しちまって。その……取られたくねえなって思って」
確かに今日、俺は珍しく湊以外のクラスメイトと話した。学級委員の女子が図書委員の俺にクラスのおすすめ文庫について相談してきた。受験も近いからどうしたらいいか、と。ただそれだけで、何もやましいことはない。
「そん時、わかっちまった。俺、公規のこと好きだって。か、軽い気持ちじゃねえなって。……それで」
湊は、普段から想像もつかないほど弱々しい声で話している。
彼も俺と同じように自信を無くしたりするのか、と妙に落ち着いて分析してしまう。
湊の視線が右へ左へと動き、やがて苦虫をかみつぶしたような表情でこう告げた。
「つ、きあって……」
絞り出すような声で紡がれたのは愛の告白だった。
ほんのり赤かった顔は、まるで茹蛸のようになっている。
そういう俺だって、多分同じ状態だ。視界は熱を持って滲み、沸騰したように頭の中がグラグラしている。
俺は押さえていた手の力を緩めた。行き場を失いかけたその手を、湊の手が掴んで引き寄せた。
「俺と、付き合ってクダサイ」
少しかさついた男の手。女子のような柔らかさはない。
俺も同じ。湊と同じ、男だ。
「っ……」
うまく息ができない。どうしよう、どうしよう。
それでも、答えなければと俺は口をゆっくり開いた。
「……俺で、よければ」
思った以上に馬鹿げた返答をしてしまった。しかも、声が震えてしまって。元々声が低いのに、聞きづらかっただろう。
湊の様子を恐る恐る探る。すると、湊は大きな目を更に開いて、そして――
「へへっ」
笑っていた。
俺は胸が苦しくなった。
こんなに格好良くて、可愛くて、愛しい存在が、これから先ずっと俺の傍にいてくれるのだと。
end...




