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35話 ミナ・シュナイツ その5


 放課後。

 私は部活動や委員会には入っていないので、授業が終わればそのまま下校する。

 クラスメイトの男子から遊びの誘いがあったけど、今日は断った。気分が悪い訳ではないけど、なんとなく気が乗らなかった。


 下駄箱から取り出したローファーを履いて、玄関を出る。そして学校の正門に向かった。


 正門に差し掛かったところで、私はある自分がいることに気づく。

 そこには、天峰さんがいた。


 天峰さんは、私を見つけると、私に向けて言う。


「ねぇ、途中まで一緒に帰らない?」


 ***


 思えば、天峰さんからの誘いは初めてな気がする。

 ……これは何かあるのかもしれない。


「……」


 隣を歩く天峰さんに恐る恐る目を向ける。

 そんな私の視線を感じたのか、天峰さんは前を向きながら言った。


「私の兄と何かあった?」

「……っ」


 心臓の鼓動が跳ね上がる。


「それって、どういう意味かな?」

「説明不足だったわね。──あなたって、もしかして私の兄に好意をいただいているかしら?」

「こ、好意?」


 ……これは追求されているのか。


「いい人だとは思うけど、好意まではいかない、かな」

「そう」


 天峰さんは私を見る。


「それは良かったわ」

「よかった?」


 今の天峰さんの言葉。それはどういう意味なのだろう。

 すると、天峰さんは怖い目をして言う。


「……あの男、何故か昔から異性に好かれるから、あなたがその毒牙にかかっていないようでなによりだわ」

「毒牙って……でも夜さんってモテるんだ。ちょっと意外」

「あなたのお姉さんもその一人でしょ?」

「う、うん、まぁ……」


 私の姉は夜さんの話をよく家でもしている。

 多分、好きなんだと思う。


「どうしてあんな男のことを好きになるのかしら。理解に苦しむわ」


 それは私も同意見だ。

 私の姉はかなり異性にモテる人だ。

 告白のような事をした私が言うのもなんだけど、そんな姉がどうして夜さんのような目立った長所のない男性を好きになったのか、私にもよく分からない。


 ……というか、天峰さんって。


「もしかして、お兄さんのこと嫌いなの……?」


 今までの天峰さんの言動を見て、そう思った。

 私が尋ねると、天峰さんは私を見て言う。


「──えぇ、嫌いよ」


 その瞳は迷いのないとても澄んだものだった。

 そして天峰さんは続ける。


「そういうあなたも嫌いでしょ? お姉さんのこと」

「……っ⁉︎」


 まるで私のことを見透かしたように天峰さんはそう言った。


「……どうして、そう思ったの?」

「気づいてないの? お姉さんの話になると、あなた声のトーンが少し下がるのよ」

「……そ、そうなんだ」


 知らなかった。無意識にそうしていた。

 そう。

 私は、自分にはないものを全部持っている姉のことが嫌いだ。

 そして、そんな醜いことを思ってしまう自分の事が嫌で嫌で仕方がない。


「あなたがどうしてお姉さんを嫌っているのかは私には分からないわ」

「……」

「けれど、共感はできる」

「え、」

「だって、私も同じように兄が嫌いなんだもの」


 すると、天峰さんは髪を手でなびかせて言った。


「だから、愚痴があるならいつでも聞いてあげる、わよ?」

「……っ」


 よくわからない感情が私の胸の中に生まれる。


 姉に対する気持ちを言える人なんて、今までいなかった。

 家族に言っても、仲良くしろと言われるだけ。ましてやただの同級生に言えることでもない。

 でも、友達になら──


 そのとき、私の目からは涙が流れた。

 止められない。止まらない。


 そんな私を見て、天峰さんは柄にもなくあたふたする。


 私は感謝の気持ちを込めて、そんな天峰さんに言った。


「ありがとう。本当に、ありがとう……っ」


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