3話 エンカウント
休日。
昼に起きてリビングに行くと、黒髪セミロングの少女がソファに腰掛けていた。
「お兄さん。お邪魔してます」
天使のような笑顔。
この世界は捨てたもんじゃないとオレに教えてくれる数少ない存在だ。
そんな天使こと、紗世ちゃんは妹の古くからの友人である。
それは幼稚園時代まで遡ることで、昔はオレを含めて3人でよく遊んでいた。
紗世ちゃん呼びもそのときからの名残だったりする。
オレは辺りを見渡してから一人でいる紗夜ちゃんに尋ねる。
「朝はどこだ?」
「朝ちゃんはお菓子を買いにコンビニへ」
「そうか」
天使の笑顔を浴び、死ねと言われない近年稀に見る爽やかな寝起きだ。
……さて、死ね死ね妹が帰ってくる前に手早く食事を済ませて部屋に退避しなければ。
そこでリビングのテーブルにノートや参考書が広げられているのが目に入る。
「勉強か? 熱心だな」
「中間テストも近いですから」
「……そういえばそんな時期か」
オレの学校の試験ももう時期始まるだろう。テスト期間になれば流石にゲームはできない。地獄の期間がやってくる。
「──ん?」
そのときオレは気づいた。
「その問題、間違えてるぞ?」
「え、」
オレは間違っている箇所を紗世ちゃんに指摘する。
おせっかいかもしれないが、紗世ちゃんは素直に頷いた。
「あ、なるほど」
そして笑顔を向けてくれる。
「ありがとうございます、お兄さん」
にっこり。
そんな天使の笑顔を見ていると、思わず目が潤んでしまう。
妹には死ねと言われ、後輩にはコケにされる日々。
だからこそ優しさが心に染みるのだ。
涙を堪えていると、紗世ちゃんが何故かたどたどしく言う。
「あ、あの…」
「ん、どうした?」
そして上目遣いで、
「よければ、わたしの勉強見てもらえませんか?」
「──っ」
なんだよちくしょう。可愛いなおい。
オレは弛みかけた表情を正すために一度咳払いをする。
「それは構わないが……」
勉強を見るくらい本当に構わない。
けれど、妹の存在が気がかりである。
「朝ちゃんが帰ってくるまでいいので」
「まぁ、それなら」
こうして、意図せず紗世ちゃんとの至福な時間が訪れた。
……ありがとう、神様。次からお賽銭、奮発します。
と。
その時だった。
家のチャイムが音を鳴らす。
宅配だろうか?
紗世ちゃんに一言入れて、オレは玄関に向かった。
扉を開けると、そこには金髪碧眼の女が立っている。
「やっほー先輩〜。遊びに来てあげましたよ〜」
「帰れ」
オレはすぐさま扉を閉めた。
邪魔が入った。さてと、天使との休日を謳歌するとしようか。
すると、ポケットに入れていたスマホが音を鳴らす。
画面を見ると、メッセージが届いていた。
『先輩、遊びに来ました。開けてください』
オレは『帰れ』と即座に返信する。
それから数秒も経たずにメッセージが帰ってきた。
「開けてくれたら特別にお礼しちゃいます」
お礼?
何かくれるのだろうか。
物で釣ろうだなんて、なんめ浅知恵な。
今のオレが欲しいものは『物』ではなく、『時間』なのだ。
天使との安らぎの時間。
それを前におあずけをくらっている今のオレにはどのような誘惑も通じ──
『一回だけあたしのスカートをめくっても許してあげます』
「……なん、だと」
スマホを持っている手が震える。
いつもめれそうで何故か決してめくれないあのスカートを。
もはや接着剤で固定されているのではと諦めていたあのスカートを。
この年齢でめくった場合、確実に社会的に抹殺されるであろうあのスカートを。
──合法的にめくれる?
オレはハッと我に返って、顔を振る。
……危ない危ない。危うく悪魔の誘惑に惑わされるところだった。
そうだ、今のオレには天使がいるのだ。この程度の誘惑など取るにたり──
そこでスマホがバイブ音を鳴らした。
『あたしのリコーダー吹かせてあげます』
「なんでさっきから小学生レベルのエロスなんだよ⁉︎」
思わず扉を開けてツッコんでしまった。
そこでオレは我に返る。
「こんにちは、せーんぱい」
そのときの後輩は、小悪魔のような笑顔を浮かべていた。
そう。
オレはボケられると、どうしてもツッコミを我慢することができない性分なのだ。
***
オレは諦めて、対話する事にした。
「先約がいるんだ。悪いが今日は帰ってくれ」
「先約?」
後輩は首を傾げる。
その仕草は非常に可愛らしく、一瞬ドキッとしてしまうが、次の瞬間にはそんな感情は湯気のように消えてしまう。
「先輩にルキ兄以外の友達がいるわけありませんし……マルチか宗教の方ですか?」
「……お前マジ泣かすぞ」
「きゃ〜、先輩がイヤらしい手つきであたしの目にハバネロエキスを垂らしてくるー‼︎」
「オレの目的はなんだよっ⁉︎」
クソ……オレの休日がこいつに侵食されつつある。このままでは貴重な天使と時間を奪われてしまう。
「──あの、お兄さん?」
そこに、リビングで待機していた紗世ちゃんがやってきた。
やべ。騒がしくしすぎたか。
……。
……。
……。
すると何故か辺りが急に沈黙した。
見れば、後輩と紗世ちゃんが目を見開いて、お互いを見つめ合っている。
え、なにこの間……。
「先輩こちらは?」「お兄さんこちらは?」
おぉ、びっくりした。
二人がいきなり同時に声を発したので、思わず唖然としてしまった。
そういえば二人は初対面か。
二人とも頻繁にうちに来ているから、どこかで顔を合わせていてもおかしくないはずだが、ここまで長引いたのはある意味奇跡と言えるかもしれない。
「こいつはオレの友人の妹の──」
「レナ・シュナイツ」
「それでこっちは妹の友達の──」
「善光寺紗世です」
以上、紹介終わり。
しかしなんだ。このピリついた空気は。
初対面……だからか?