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教会と"協会"

 街の中心部からほど近い土地にある、遠目からでも教会であるとわかる白い建物。

来るもの拒まずの精神を表すようなその大きな扉を押し開ける。


村の教会よりも倍以上は大きな礼拝堂で、ひとりの若い司祭がアルドたちを待ち構えていた。

「ようこそおいでくださいました」

うやうやしくお辞儀をした司祭はアルドとエレナを応接室へ案内する。

国軍の用件が悪い話ではなかったこともあり、緊張感を失ったアルドは

キョロキョロと教会の内部を見渡しながら歩く。

「立派な教会だな」

「創造神信仰の源流に近いと、どこもこんなものよ」

ヒソヒソとエレナと話しているうちに、装飾の施された扉の前で司祭が足を止めた。

ノックをした司祭は中からの返事を受け、扉を開けて2人に入室を促す。

中にはやはり、というか予想通り、上位職らしい見た目の司祭が待っていた。


「お待ちしていました、アルドさん。わざわざご足労頂いて申し訳ございません」

きらびやかな刺繍がされているローブをまとった老齢の司祭が礼儀正しく、

にこやかにアルドたちを迎え入れる。

「お連れの方は冒険者ギルドの方ですかな?」

「エレナです。ギルドから同行を命じられた冒険者です」

エレナは空気に合わせたのか、キチンとしたお辞儀で挨拶する。

「そうでしたか。いやはや、お呼び立てする形となってしまい申し訳ない」


「さあ、こちらで紅茶でも飲みながらお話しさせてください」

応接室にいた司祭のもう1人がいかにも来客用といったソファへ促す。

こちらの司祭は先の2人とは様子が違うように感じた。

にこやかで丁寧な振る舞いは同じなのだが、どこか格が高いような雰囲気がある。

ローブも他の2人とはデザインが異なっていて、なにやら高級そうだ。


ソファに座り一息つく。

簡素ながらも上品なカップで飲み物をすする。

「とはいえ、あまり長い時間引き留めるのも忍びない。本題に入らさせていただきましょう」


格の高そうな方の司祭が、微笑みそのままで話を始める。

「このところのアルドさんの活躍の噂が協会にも届いておりまして。なんでもベテランも驚くような想像力を発揮しているとか」

「いやあ、そんな立派なものじゃあないですけど」

「しかしどうにも不思議なのは、前世の記憶の情報との不一致でして」


―そっちか……。

国軍に続いてスカウトのような話かと、たかをくくっていたアルドは

カップを置きソファへ座り直し、姿勢を正した。


「あなたの村からの報告では、冒険者向きではない記憶だったとのことでしたが、明らかに十数年の人生経験で手に入る想像力ではありません」

国軍の補佐官のときと同じ、笑顔であるにもかかわらずこちらを探り覗き込もうとするプレッシャーを感じる。

「何か特異な記憶をあとから思い出されたりしたのでしょうか?」

「えーと、実はですね……」


***


「なるほど……」

「記憶の中のさらに架空の物語の想像……?教区長、そんなことが可能なのですか?」

より格上に見えた司祭はやはり上位の役職だったようだ。

彼は困惑しながらも得心がいったように頷いている。

「複数の物語が出処であれば、多彩さにも理屈は通ります。前例はありませんが……」


異端審問などと言われやしないかとハラハラしているアルドが

横に座るエレナの表情をうかがう。

視線に気付いた彼女はカップを持ち上げ耳打ちする。

「この紅茶、おいしいわね」

……確かにギルドからは付いて行くだけでよいと言われていたかもしれないが、あんまりではないだろうか。


「アルドさん」

「はいっ」

教区長と呼ばれた司祭はまっすぐにアルドの目を見ている。

表情は再び笑顔を取り戻していた。

「もし良ければ、改めて前世の記憶を確認させてはもらえないでしょうか?」


「構わないですけど、ここで、ですか?」

「いいえ。いかにギルドの仲間とはいえ、前世の記憶というのは個人の秘匿されるべき財産です。別室へ参りましょう。エレナさんはここでお待ちください」

前世の姿が引きこもりオタクであることをやはり恥ずかしく感じているアルドと、お茶を楽しんでいるエレナ、両名とも特に異論はなく移動することとなった。



 応接室から出て隣の部屋、書斎のような部屋でアルドは

成人の儀以来に記憶を映し出す創造物の水晶を持たされていた。

「それでは、始めます」

4年ほど前に村で受けた儀式と同様に、背後から司祭が声をかける。


周囲に風が巻き起こり、前世の記憶が脳内を駆け巡る。

膨大な情報量に目眩のような感覚をおぼえたが、今回は意識は失わなかった。

そして水晶から目の前に記憶の光景が映し出される。

アルドにとっては、もはや自分自身の過去にも等しいほど馴染み深い、

暗く散らかった部屋の映像。


「なるほど確かに異世界のようですね……」

2人の司祭は真剣な表情で映像を見つめている。

隅々まで見落としがないように、といった様子で

時折2人でヒソヒソとなにかを相談している。



フッと映像が消えるのと同時に、背中にそっと手を添えられた。

「アルドさん。ありがとうございました」

「いかがでしたかね……?」

恐る恐る反応をうかがうアルドが

振り返り見た教区長の顔は、先ほどまでと同じ笑顔だった。


「素晴らしい記憶ですね。非常に明瞭で、しかもとてつもない量です」

「思い出す前と後で、価値観や考え方、好みが変化したという感覚はありませんか?」

記憶は経験とほぼ等しい。

経験の積み重ねが今を作るとなれば、

大量の記憶によって性格が変わるというのは聞いたことのある逸話だが

「そういえば、不思議とありませんね。むしろ似てるところがあるなあって感じです」


「そうですか。それは結構なことです」

教区長はふうっと息をつく。

老齢の司祭が代わって身振りを交えながら話し始める。

「強大な想像力というのは、それがただ一個人だとしても世界を変え得るものです。良い方向へ変わることもあれば悪い場合もあります。本日来ていただいたのは、そのリスク管理、と思っていただければ。

失礼を承知で申し上げますと、危険思想に染まった記憶が人知れず現れていないか、ということです。それを確認するために創神協会より教区長がいらっしゃったという訳です」


「この教会もエストガ派のものですので、本来私は部外者なのですが、我々聖源派とは日頃から親交もありましてね」


……宗派の話にはまったくついていけていないが

とりあえず、なるほど、などと答えておこう。


「幸い今のところは危険な記憶ではないようで、安心しました。ご協力に感謝いたします。さあ、エレナさんのところへ戻りましょう」


どうやら許しを得たようだ。

危険だと判断されていたらどうなっていたのかは

恐ろしいので想像しない。

早く退散しよう。


***


「なるほどね。もしかしてヤバイ奴を見逃してたかも?ってことね」

エレナと合流して顛末を話しながら冒険者ギルドへの帰路につく。


「前世の記憶をもう一度確認して、万事問題なしってことさ。……ところでエストガ派とか聖源派とか言われたけどなんのことやらサッパリだったんだけど……」

「出たわね田舎者」

エレナが呆れてため息をつく。


「両方ともこの世界の創造神を信仰しているっていう点では同じよ。聖源派っていうのがその信仰のオリジナルだっていうのが通説ね」

彼女はなんと説明したものか、と顎に指をあてて一拍おく。

「エストガ派は……考え方やら何やらの違いで分裂した創造神信仰の宗派のひとつ、かな」

「流石、なんでも知ってるね!」


「あんたは何も知らないね……。エストガ派がエストガ王国を成したように、聖源派は創神協会っていう組織を作ったわけ、みんなが協会って呼んでるやつね。」

「それは知ってる。おれの村にも協会の神父が来てたからね」


「そうやって各地で布教したり各ギルドとも連携をとってる、でっかい組織があんたを危険かもと思った、ってことよー」

「……疑いは晴れたから大丈夫だろ!」

「もし要注意リストがあったら、入ってると思うけどねー」


もはや恒例になってきてしまったエレナから

からかわれる掛け合いもそこそこに、

ギルドへ到着した2人は、受付へ報告に向かった。



「おかえりなさい。報告はギルドマスターとおうかがいさせていただきますね」

受付嬢の言葉に2人は怪訝な表情で顔を合わせる。

確信に近い嫌な予感とともにギルドマスターの部屋へ向かう。


***


「おおむね想像通りの用件だったな。ご苦労さん」

報告を聞き終えたギルドマスターは特に確認も質問もなく、あっさりと話を終えた。

そして

「さて、次の話だが」

当然本題はこちらだろう。

「お前ら2人に探索の同行者としてご指名が入っている」

「指名?」

「探索?」


それぞれが口にした疑問に背後から男の声が応える。

「詳しくは俺から説明しますよ」

反射的に振り返ると、部屋の扉がやかましいほど勢い良く開かれた。

さらりとなびく金髪が目を引く。

眉目秀麗な男がニヤリと笑いながら入ってきた。


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