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国軍と"軍事力"

 エレナとの狩りはその後も何度か行われた。

彼女の都合がつかない日にはアルド1人でも森に入り、弓を引いた。

冒険者として”生きる”ということ。その覚悟を新たに。


とはいうものの、正直なところ気分は上がらない。

それでも働かねば居場所を失う。

これもまた冒険者の厳しい現実か。


今日も安宿を出て冒険者ギルドへ。

魔物との戦闘がなく、いい具合の依頼はあるだろうか。

なければまた狩猟で訓練だ。


ギルドの扉を開けてすぐ、受付嬢がこちらを手招きしている。

どうやらおれを待っていたようだ。


***


「呼び出しってことですか?国軍と協会から?」

「ご招待、ですね。是非お話したいとのことです」


初依頼でのジェイたちとの会話が頭をよぎる。


「御用件は何なんでしょう……?」

「それは直接、とのことです」

「……断るって選択肢は?」

受付嬢は心なしかいつも以上に明るい笑顔で答える。

「すでに向かわせると回答済みです」


 ついこの間田舎から出てきた少年にとって、国の中枢に位置する組織からの呼び出しなど予想もしていないことである。

ましてやそれが国軍と協会の2箇所同時となると、好奇心なんてものは不安と緊張でぺちゃんこである。

更に言えば、国軍には先日の広場での騒ぎで厳重注意と罰金の刑をもらったばかりだ。


―誰か……!

思わずあるはずも無い助けを求めて、周囲を振り返る。

そこにはすっかり見慣れた、赤みがかった髪が美しい長身の女性が

綺麗な顔を不満気に歪めた表情で立っていた。



「まったく。なんで私が……。まあ面白そうだからいいんだけど」

アルドにとっては嫌な思い出のある、衛兵詰所へエレナと2人連れ立って歩き向かう。

悪気なく一般人の頭上で巨大な炎を創造した前科のあるアルドが、

軍や協会相手に再び何かやらかさないか心配した冒険者ギルドは

ここ数日一緒に行動しているエレナに同行を依頼したのだった。


「それにしても、あんたも話題に事欠かないというか、忙しないわね」

カラカラと笑うエレナとは対照的に、呼び出された本人は頭を抱えている。

「やっぱり広場の件がまずかったのかなあ」

「まあ、ほぼテロだったからね」

うぅ、とうなだれ歩くアルド。

実際のところはギルドを介した招致である時点で、そう悪い話ではないことは明らかだ。

それを理解していながらからかう同行者と、思い至らず混乱する当事者。

2人はやがて指定された衛兵詰所へ到着した。



 さほど大きくはないのに、いやに重厚感のある石造りの建物。

外から見ると2階建てだが、アルドは縁あって地下に簡易な牢があることを知っている。


表に立っている衛兵に恐る恐る声をかける。

「しばし待て」

一言だけを残して中へ入っていった衛兵は、すぐに戻ってくると

「入れ」

またしても一言でアルドたちを中へ促した。


詰所の中、奥の部屋へ案内されたアルドたちを待っていたのは

鋭い眼光の若い兵士が2人、無表情の軍服の大男、そして椅子に座っているのはにこやかな眼鏡の男。


「やあ、待っていたよ、アルドくん。それとそちらは、エレナさんかな」

奥で椅子に座っている眼鏡の男が笑顔をこちらに向ける。

穏やかな声色に警戒と緊張がいくばくか緩み、とりあえず頭を下げて挨拶する。


「2人はソロだと聞いていたけれど、組むことにしたのかい?まあ1人はやはりリスクが高いし、その方がいいとは思うよ。特にアルドくんはまだ駆け出しだ。経験を積むまではパーティーで行動すべきだね。地元を出る時に仲間はいなかったのかい?パーティーの仲間は気心の知れた間柄が望ましいよな。でも男女の場合は―」

「補佐官」


突如まくし立てるように話し始めた男に呆気に取られていると

彼の横に立っている大柄の軍人が低い声で止めに入った。

「あぁ、すまない。話を聞いてくれる相手につい喋りすぎてしまうのは私のよくない癖だ。会話の間が空くのが苦手でね。それから普段あまり話し相手がいないこともよくないのだと思うのだが―」

「補佐官」


―おれは漫才を見せるために呼ばれたのか?

思わずエレナと顔を見合わせる。


「あぁ、またしても申し訳ない。えぇと、そうだな自己紹介をしようか」

「私はバート・ヴェンツ。エストガ王国軍軍務局局長補佐官だ。まあ補佐官といっても……っと」

眼鏡の補佐官は今度は自ら話がそれることを察知して、

咳払いで止まってみせた。


「本題へ入ろうか。まぁ察しているとは思うが。アルドくん、国軍に来たまえ」

思わず、えっと声が漏れる。


「なんだ、用件を想像もせず来てくれたのか?……どこの国でも創造者(クリエイター)は重要な軍事力だ。一騎当千の創造者がひとりいるだけでその国の対外的立場はガラリと変わる。」


いつの間にか補佐官の目元から笑顔は消えていて、意図して作った曲線が貼り付けたように口元を歪めていた。

「君が創造したという直径40メートルもの炎の塊は人造の兵器では未だ到達できない性能だ。そしてつい先日は大型の魔獣を遠距離から一振りで両断したらしいね。適切に運用できれば非常に優秀な兵になるだろう」

ほんの数日前の出来事まで詳細に把握されていることに、得も言えぬ怖さを感じる。

時折視線を落としている机上の紙には一体何が書かれているのだろう。


「あてのない冒険などではなく、祖国を守るためにその力を使いたまえ。待遇も悪くはないぞ。少なくとも田舎に仕送りができる程度の安定した収入を約束しよう」

話し終えた補佐官が視線でこちらに返答を促す。


少し、いやかなり圧は感じるけれども、

評価されることはシンプルに嬉しいものだ。

待遇もおそらく悪くないというのは本当なのだろう。

しかしアルドの脳内に浮かんだ思考はどのような言葉で断るのが適切か、というものだった。

「実はおれ、まだあまり魔物とも戦いなれてなくて、訓練中といいますか……」

「問題ないさ。無論まずは教育と訓練からだ。いきなり戦場に投入などしない」


「そうなんですか……。いや、でもやっぱり……」

チラリとエレナの様子をうかがう。

彼女は肩をすくめて見せる。

私の口出しする所ではない、といったところか。

「すみません。おれ、まだ冒険者として色々経験したいというか……」


眼鏡の補佐官がふうっと短く息を吐き、手元の書類をヒラヒラと振る。

「報酬などの条件も確認せず、断ってしまっていいのかい?」

「お金の問題でもないといいますか……」


補佐官は今度ははっきりと大きくため息をついた。

「冒険者というのは、皆同じことを言うね。……夢想に脳を焼かれた連中の考えることは理解できないな」

口元の作り笑いは消えて憮然とした表情で続ける。

「実は冒険者のスカウトはほとんど断られるんだよ。だから今回もぶっちゃけダメ元なのさ。最近は魔人に怪しい動きもあって戦力の拡充は急務なのだが……」


どうやら首を縦に振るまで帰れないということはなさそうだ……。

ほっと胸をなでおろす。


「ところで君の前世の記憶はさほど特殊ではないはずと協会から聞いているのだが、それだけの規模と多彩な創造はどうやって実現したんだ?いつからできるようになった?そもそもなぜ君は冒険者になりたいんだ?私が君くらいの年の頃はー」


―は、始まった……!

補佐官の隣に立つ、大柄の軍人に目で助けを求める。

困っている市民の訴えに気が付いた彼は、上官にあたるのであろう男へ声をかける。

「補佐官。今日のところはこのあたりで」

「―む。そうだな。ではアルドくん。また気が変わったら私を訪ねに来るといい」



 詰所を出てようやく一息つく。

「つ、疲れたっ」

「私は面白かったわ。変わった補佐官だったわね」

「他人事だと思って……。補佐ってあんまり偉くないってこと?」

「バカね。局長補佐ってことは、ナンバー2よ。次期トップ」

「……まじ?」

「そんな偉い人の誘いを断るなんて、さぞ凄い冒険者になるのねー、アルドくんは」

「ぐぬぬ……。なる!なるさ!」

おれはまだこれからなんだ!ろくに冒険も依頼もこなしちゃいない。

軍人になんてなっている暇はないのだ!

少しだけ元気を取り戻したアルドは続いて教会へ向かって歩き出すのであった。

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