罪と"罰金"
「実は最近パーティーを解散したのさ」
果たしてこの新人は命懸けの依頼へ連れていき背中を任せられる人間なのか。
実力を示すためにジェイに連れられて他のパーティーメンバーの元へ向かっていた。
「絶賛募集中のところ、高難度の依頼書を見上げてニヤついているキミを見つけたってわけ」
自覚していなかった振る舞いを笑って誤魔化しながらついて行くと、
ギルドからほど近い広場に到着した。
ここで待ち合わせをしているとのことだ。
ジェイが声をかけた先には、
金属製の鎧で身を固めた小柄な男と、背の高い女が局所鎧と長剣を携えて立っていた。
今日は美人によく会う日だ。
「よう、ジェイ。見つかったのか?」
「まだ子供じゃない。大丈夫なの?」
待て待て、とジェイが両の掌を上げて2人をなだめる。
「これから何ができるか、見せてもらうところさ」
「はじめまして!アルドです、よろしく!」
「コーリーだ。よろしく」
コーリーと名乗る男は背は低いが堂々とした熟練者の風格があった。
歳はジェイと同年代だろうか。
「はじめまして。エレナです。本当に大丈夫?魔物との戦闘がメインになるってちゃんときいた?」
子供扱いに思わず苦笑する。
少し赤みがかった長髪の美人は細身で、そちらこそ大丈夫か?と思わずにはいられない。
しかしよく見ると装備は使い込まれていて、相当の場数を踏んでいることが見て取れた。
ベテラン3人から見ればおれは庇護対象ということか。
「大丈夫!たぶんおれ、結構すごいですよ!」
―はしゃぐ子供を見守るような顔も今のうちだ、度肝抜いてやる......!
「さて、それじゃどうする?やることによっちゃあ、街の外に出てもいいぞ?」
「いいや、ここでいいよ。おれ、飛べるから」
フワリと風が自分を持ち上げる様子を想像する。
軽く地面を蹴り、飛び上がる。
ーおぉ、と感嘆の声がきこえる。
2階建ての建物ほどの高さまで上昇して、地上へ笑い返す。
どうやら3人以外からも目を引いているようだ。
過度に張り切る気持ちを抑え、集中に努めた。
テンションに任せて、キャパシティオーバーで墜落なんてしたら不合格間違いなし。
この衆人環視の中じゃ他のパーティーにも悪評が広まってしまうだろう。
さらに少しだけ上昇。上空を睨む。
眼前で指を組み、体内のエネルギーが渦巻くイメージ。
ーいくぞっ
一気に噴き出した息は巨大な火の球となり、周囲の空気を燃やし尽くすような音を発しながら一面に広がった。
前のめりの気持ちを反映した炎は想像通り、驚異的な大きさとなった。
足元からは大勢のどよめき。
やはり一度創造できたことは繰り返すことで想像しやすくなり、質が向上するようだ。
確かな手応えを感じる。
どうだっと地上を振り返ると、3人は明らかに驚いている様子だ。
「ハハッ!どう!?」
自慢気に反応をうかがう、が、しかし
何やら雰囲気がおかしい。
ーなんか、怒ってる?慌ててる?
直後に大きな怒鳴り声が広場に響き渡った。
「何事だ!!」
***
翌日、再び冒険者ギルドへ帰ってきたアルドは、今度はロビーではなく、奥にある一室にいた。
そこで、小さくなっていた。
「前代未聞だ」
ここに綺麗な受付嬢はおらず、代わりに目の前にいるのは髭の大男だ。
ドスの効いた低い声で呆れたように吐き捨てた言葉にアルドはさらに肩をすぼめて小さくなる。
「周りは民家だらけ、広場には女子供も含めてたくさんの人。そんなところで、お前は、なにをしたって?」
ギロリと睨まれ、思わず俯き目を逸らす。
「ちょっとだけ……炎を……」
「ちょっと?」
「あ、いや、結構……、大きく、できました……」
ダンッと立派な机が丸太のような腕で殴りつけられる。
「広場全体を飲み込むほどの大きさだったそうだが」
「すみませんでした……」
「おまえはこの街に戦争でもしかけに来たのか?」
「いえ、冒険者になりに……」
「街を消し炭にする冒険者なぞおらん!!」
再び机が大きく震える音が響く。怖すぎる。泣きそう。
「申し訳ございません……」
とてつもなく大きなため息を吐いた髭、もといギルドマスターは頭を抱えている。
「罰金で済んで良かったと思えよ」
街なかで巨大な炎の塊を吐き出したアルドは、街の衛兵に取り押さえられ、詰所へ連行。
危険行為をこってり絞られた。
もし火の粉が建物に少しでも焦げ跡をつけていたら、牢獄行きだったという。
そして取得したてのギルドカードを確認した衛兵は、冒険者ギルドに身元保証を求めたのだった。
「……次はないぞ」
「ひゃい……」
涙目でギルドマスターの執務室を後にしたアルドは、トボトボと受付へ向かう。
「初めてですよ?依頼の受領情報よりも早く犯罪歴が記録されたカードは」
衛兵に取り上げられたカードを受け取るアルドの手はプルプルと羞恥に震えていた。
「いやー、驚いた!2つの意味で!」
ロビー脇のテーブルで笑いながら出迎えてくれたジェイは、アルドの肩をバシバシと叩く。
「まさかあんな強力な創造ができるとは!」
「しかも街なかでな」
ジェイとコーリーは罰金刑というオチも含めて面白がっているようだったが
「笑い事じゃないでしょ?アホ過ぎよ」
エレナは呆れ半分、非難半分。突き刺さるジト目。
「新人の教育も先駆者の勤めだろう。」
「よ、よろしくお願いします……」
「よろしく、の前に想像力をコントロールできる所を確認したいわ。私たちまで丸焦げにされちゃたまらないわ。」
「おれもあんなに大きくなるとは思わなかっただけで、抑えようと思えばできますよ」
広場では意図して出来るだけ大きな炎を想像しただけだ。
小さな火を出して見せようと、手のひらを上へ向け構えた瞬間
「ばか!」「待て!」「止まれ!」
3人がかりで止められてしまった。
「あんた、本当に、ぶっ飛ばすよ?」
「…ごめんなさい」
ジェイがパンッと手を叩く
「とにかく!出発しよう!めぼしい依頼は見つけてある!」
何はともあれ、ついに冒険が始まる。
終わったことは仕方ない!前を向こう!
……罰金で所持金はすっからかん。早く稼がなくては。
即席パーティーの初仕事は、"お試し"ということで、さほど難易度が高くないものになった。
モルガの街から半日ほど離れた集落のそばで行われている定期的な魔物駆除だ。
「どんな記憶なの?」
道中、依頼やギルドのあれこれを教わるのもそこそこに、自然と話題は前世の記憶へと移った。
「その歳にしては飛行も速いし、安定している。炎の創造もトップクラスといっていい。良い記憶を持っていそうだな」
「名のある冒険者かい?」
褒められて悪い気はしないのだが、なんといったものか。
「まあ、結構世界救ったり?一応、異世界なんだけどさ」
「えぇっ!異世界の英雄かい?!」
感心している素振りだったエレナが違和感に気付く。
「ん?なんでそんなやつが一人でギルドに?しかも地方の」
ギクリ。
「確かに。記憶を発現した時に協会から何かしらの声がかかりそうだが」
腕を組み唸って見せるコーリーに、ジェイが合いの手を入れる。
「協会へのスカウト、どこかの軍への紹介、冒険者ギルドだとしてももっと大きな支部で丁重に迎え入れられるのが普通だね」
疑問への答えを求める視線に居た堪れなくなる。
「えーと。つまり……」
***
「なんだそりゃ!聞いたこともない!」
「つまり、前世自体は冒険者でもなんでもなくー」
「異世界で作られた架空の物語を想像してるってこと?」
前世の”オタク”的な部分は隠しつつ、想像の源をざっくりと説明した。
ベテラン達から見ても、やはり異様であるようだ。
「物語を見ているだけの記憶だから、協会も関心を引かれなかった訳か……」
珍獣でも見るような目でまじまじと見られ、なんだか恥ずかしい思いだ。
「でも、もしかしたらこれから来るかもしれないわよー、スカウト」
ニヤリと笑うエレナ。
「……そうかなあ!?」
要職に取り立てられたりしちゃうのか!?
「広場での炎は確かにすごいもんだった。まあ冒険者ギルドは間違いなく前世の記憶について協会へ確認しているだろうな」
強面の髭男が脳裏をよぎり、少しテンションが下がる。
「国軍にも目をつけられるかもなあ」
「そうね、危険人物としてっ」
そんなオチかよっ。
3人の大笑いが収まったころ、目指す集落が見えてきた。
次回 8月4日(月) 7時更新