飛翔と”豪火”
落石事故から一夜が明けた。
昨日までの雨が嘘のような快晴。
自宅で目を覚ましたアルドは感謝と称賛の声に迎え入れられた。
奇妙な前世の記憶に囚われた可哀想な少年は、一転人命を救った立派な創造者となった。
夢見た英雄像は間違いや不可能なものではなかった。
今なら未来の自分を自信をもって想像できる。
数日の後に旅立つことを決めた。
顛末を知った神父によると、創造のあと頭痛と鼻血と共に意識を失ってしまったのは、
この世の法則に反したものを創造したことよる過負荷だろうとのことだった。
「闇雲にその力を使うと、おそらく脳がもたないでしょう」
にこやかに恐ろしい忠告をする神父は、経験豊かな創造者から助言をもらうことを勧めた。
自分の力の使い方をもっと理解するためにも、最初の目的地は最寄りの地方都市、そして
―冒険者ギルドだな!
念願の旅立ち。久方ぶりの幼い全能感が自然と足取りを軽くした。
順調に進めば3日ほど、早いうちに街道にも出られる比較的安全な道のり。
この冒険初心者向けの旅路のうちに、自分の想像力がどこまで村の外の世界で通用するものなのか、
見極めたいところだ。
創造者が発揮する力にも限界はある。想像したものを「なんでも」創造できるわけではない。
前世の記憶にあった、"モニター"を創造してみたことがある。
四角くて黒い画面。
こちらの世界に類似するものがない未知の物体。
「親の顔より見た、ってやつだな」
手をかざし、形状を想像する。
淡い光が空間に瞬き、形を成していく。
前世では四六時中見つめていたためか、思いのほかスムーズに創造できた。
しかし、何も映さず、音もでない。
記憶通りの場所にスイッチはあるが反応なし。
「だめか……。未だになんでアニメが映るのかわからないし、まあ予想通りだな」
構造も理屈も想像できないものは、創造できない。改めて実感できた。
そして、おれの記憶のアニメに出てくるような、超常的な現象も本来は不発に終わる。
何もないところに突然火の柱が現れたり、光の玉が岩を砕く理屈を現実に即して想像できないからだ。
しかし、優れた創造者はそのあり得ない想像を形にすることができる。
それは己の想像力で理屈にならない部分を補完している、ということらしい。
人並み外れた想像力と精神力が必要な神業である。
これらの想像力に関するあれやこれやをふまえて、
旅立ちの前に落石を砕いたあの技をもう一度試そうとした。
自分の中の目に見えないエネルギーを光の玉にして放つ。
どう考えても物理や科学で理論付けられるものではない。
再び腰だめに掌を構える。
今回はアニメの記憶だけではなく、一度成功したという実体験が想像を補強する。
未知の部分は、おれの想像力で補って……
―放つ!
あの雨の日よりもふた周りは小さな光弾が、両の掌の間から前方へ飛び出した。
勢いよく音を上げながら直進したそれは、的としてめがけた木に"想像通り"命中した。
直後、まるで脳を直接締め付けられるような、強烈な頭痛が視界を歪めた。
思わず膝を付いてうずくまると地面にポタポタと赤い雫が落ちた。
かなり威力を抑えるイメージで創造したためだろうか、
今回は意識を失うことはなかった。
全身を覆う倦怠感、これは理解できる。
身体の中のエネルギーを外へ放ったので、疲れを感じる。
まさに想像通りだ。
そして頭痛と鼻血。
つまりこれがあまりにも現実のルールと異なる現象を創造するために、膨大な想像力を用いた、その反動ということか。
―もう少し負担の少ない必殺技を創造できるようになる必要があるな……。
村での実験を反省して、記憶の中のアニメとマンガからなるべく自然な(?)必殺技を探して、
道中も常にイメトレに励んでいた。
***
「おおおぉ!!」
全身で風を切り、空を矢のように滑る。
両手でバランスをとり、身体を傾ければ意のままに旋回した。
あまりにも爽快で初めての感覚につい声を上げる。
空を自由に飛び回るというのは、誰もが夢想したことのあるテンプレではあるが、
やはりある程度強い想像力が必要で、創造してみせるのは難しいというのが一般的な認識だ。
しかしおれの前世の記憶には数多くの映像や言語化された体感覚の描写があった。
それは空に浮き、風を切り滑空する現象を理屈付けして、細かく具体的に想像することを可能にした。
「前世での妄想がまさか役立つとはな!」
そして今まさに体験している空気の冷たさや風切り音がさらに想像力を補強していく。
「やっぱり空を飛んで仲間のピンチに駆け付けるのは定番だよな!」
高揚を抑えきれず、どんどん速度を上げていく。
「ハッハッァー!」
加速していくにつれて、呼吸がしにくくなってきた。
「このくらいが限度かな?お、水辺があるな。あそこで休憩しようか……。上から見渡せるってのは便利だなあ」
ごく僅かな時間地上に視線を移した次の瞬間、
目の前に想像力ではなく翼で空を飛ぶ生き物の尻があった。
尻の正体を認識する間もなく、顔面に衝撃を受ける。
思考の乱れと痛みが一瞬で想像力を途絶えさせ、錐揉み回転しながら地上へ落下していく。
「どわぁぁぁー!!」
直下にあった大きな木も衝撃を吸収しきることはできず、枝はバキバキと音を立てながら折れていく。
「えふっっ」
地面へ激しく背中を打ち付け、痛みに悶えながら命があることに感謝した……。
***
幸い大きな怪我はなく、上空から見つけた小さな池の側で野営することにした。
日が落ちてきたところで、明かりと獣避けのために焚き火を始める。
「よし。夜の部開始だ!」
エネルギーの球に代わる、負担が少なく普段使いできる戦闘方法。
実はすでに目星はついていた。
焚き火を見つめ、手をかざす。
ユラユラと揺れる火の一部が、薪から離れ宙に浮く。
「よし……。これを……丸めて……」
「いけっ!」
浮かせた火が丸い球の形になり、振るった腕に従って、池の水面に叩きつけられた。
ジュッという音を立てて消える火の玉。
「よしよし……。ここまではOK。」
水や風、火などの自然のものを操り戦うのは、ポピュラーな創造者のスタイルだ。
故におれ自身も子供の頃から遊びで創造してきた(火の操作は大人に危険だと怒られるところまでがセットだ)。
「そして、応用編……」
焚き火に砂をかけて消火する。
今夜は月がでていない。
辺りはほとんど完全な暗闇に包まれている。
―火のないところに煙は立たない、とは大昔の創造者の言葉だったか……。
「しかし創造者は……!」
右手を前方へ突き出し、掌を広げる。
「何も無いところへ、大火を起こすッ」
伸ばした手の先の空間へ、先ほどの焚き火ほどの炎が現れた。
静かに揺らぎながら燃えて強く周囲を照らしている。
ふうっと一息ついてから、同じように水面へ炎の塊を放り込んだ。
それは先ほどよりも大きな音を立てて爆発するように水を吹き飛ばした。
「っし……。いける。……できるぞ」
記憶のなかの主人公たちのような、英雄を目指す。
そのためには、もう一段上のステージへ。
“炎を操る英雄たち”を思い出し、数多ある炎を炸裂させるシーンの記憶を反芻する。
炎の熱、揺らめき、燃焼する音、焦げた匂い。
さらに先ほど感じたばかりの熱さ、光、音を思い出す。
記憶と体験を重ねてイメージをすり合わせる。
異世界では現実にも存在したという”忍ぶ者”。
―その伝説を今のおれなら創造できる……!
顔の前で指を組む。
体内の力が腹から口元へ登ってくる。
口内に溜めたそれを一気に噴き出す。
息と共に噴き出した力は、先ほどまでとは比べ物にならない、まさに豪火というべき巨大な炎の塊となり現出した。
ゴウっと本能的な恐怖さえも感じる音をあげて前方へ広がった炎。
瞬時に狙い定めた水面に到達すると、小さな池は大量の水蒸気を吹き散らしてほとんど完全に蒸発してしまった。
「お、おおぉ……。」
予想以上に上手くいき、その威力に自分自身で驚いた。
さらに
「……痛くない!鼻血もないってばよ!」
もらい火で再び着火された焚き火の隣で、拳を握りしめ振り上げる。
これはかなりすごいんじゃないか!?完全に成功だ!
夜の森のなかで一人勝鬨を上げる。
―おれはまだまだ成長できる!必ず!偉大な冒険者になる!
この夜は言葉にできない強く煌びやかな感情があふれて、なかなか眠りにつくことができなかった。
次回 7月21日(月) 7時更新