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奮起と"○○波"

 周りの同情のこもった眼差しと、両親の慰めと励ましの言葉を受けながら帰宅すると、そこには愛すべき愚妹が興奮した様子で待ち受けていた。


「どうだったの!?」

思わずなにが?などとしらばっくれてみる。

「なにって!記憶!」


まあ、ちょっと、そうだな、と言いあぐねる。

「あんまり……、はっきりしてなかったなあ……」

嘘である。異常なほど鮮明だ。


「そっかあ、でもスゴそうとかは!?冒険者的インスピレーションは!?」

「力は、ありそうだったかも……」

違う。ただ太っていただけだ。


「量は?ほとんど一生分くらい思い出すひともいるんでしょ?」

「あんまりたくさんだと性格も変わっちゃうらしいわよ」

「どうやらそうはなっていなくて良かったな」

見かねてフォローに入る両親の優しさが逆に堪える。


しかもどうやら呼び覚まされた前世の記憶は量も比較的多いようだ。

鮮明さと量という点では間違いなく恵まれている。

だからこそ中身が惜しすぎる。

冒険どころか運動など何年もしていない男が堕落した生活を送っている記憶があるからなんだというのか。

いくらたくさんあってもずっと同じ部屋の光景だ。


とはいえ……。

「前世の記憶がすべてではないさ。これからする自分自身の経験こそが重要なんだぞ。」

父の言う通り、特別な記憶は誰もがもっている訳ではないからこそ特別なのだし、前世の記憶に頼っていない冒険者の方が多いのだ。

アルドは腕を組み深く何度も頷いた。

ネガティブは創造者(クリエイター)の大敵である。

3人の様子から流石になにかを察した愚妹がトーンダウンしてきた隙に、逃げるように自室へ向かった。



 自室のベッドへ倒れ込む。

「一応、異世界の記憶ではあるんだけどなあ……。」


記憶の元の主が熱中している"まんが"。

この世界の本や絵画とは似て非なるそれは明らかに異世界のものだった。

"あにめ"に至っては見たことも聞いたこともない技術だ。

しかしこの記憶の主は絵が動く原理を再現できるほど理解はしていないようだった。


つまり。

「なんの役にも立たないんだよなあ」

投げやりに、自嘲するように独りごちる。


部屋の中には他にもこの世界にはないような未知の物体が転がっているのがわかる。

しかし記憶の主がこれらに微塵も意識を向けていないため、用途も名前も読み取れない。

どれだけ集中して記憶をさかのぼっても、出てくるのは醜く肥えた中年男性が"あにめ"や"まんが"を見ているだけの光景だった。


 もう、くよくよ考えるのはやめよう。先のことは明日からにしよう。

消極的に前を向くことを決意して、眠気に任せて意識を手放した。


***


 説明できないエネルギーが空を裂き、唸りながら何かを爆散させる音に意識が揺り起こされた。


―主人公の覚醒シーンだ。


前世の自分が何度も何度も繰り返し見ているあにめ。

この回はファンの間で語り継がれる伝説の一話だ。

前世の自分の感情が同期される。

強い興奮、感動、愛情と執着、……憧れ。


―同じだ。

おれが伝説の冒険者の話をきいて絶対に偉大な冒険者になりたいと感じる心とまったく同じなんだ。

興奮の収まらない前世のおれはおもむろに立ち上がると、あにめの主人公と同じポーズで必殺技の名前を叫んでいる。


流石にそれは恥ずかしいぞ……。

しかし、すでに前世の記憶への嫌悪感や失望はほとんどなくなっていた。

―どれどれ……。

記憶の中で"あにめ"と"まんが"鑑賞が始まった。


***


 おれの名前を呼ぶ 可愛らしい声で目を覚ます。

それと同時に部屋へ勢いよく入ってきた妹がうわっと驚いたように叫ぶ。


「……寝れなかったの?」

窓に反射する自分は、ひどいクマのある疲れ切った顔をしていた。

しかし、心は極めて晴れやかだった。


―決めた。

おれはあの主人公たちのように……。

「最高の英雄になる!!」



 決意を新たにしたアルドは、1日の大半をトレーニングに費やすようになった。

記憶の中のさらに物語の中の人物たちが発揮する魔法や超能力とでもいうべき必殺技。

それをこの現実に想像力をもってして創造する。

これが前世の記憶を自分だけの"強さ"にする唯一の方法だと信じて。


当然、簡単なことではない。

物理法則をはじめとした、あらゆる現実の理と反したその力を創造するには、まさしく異質なまでの想像力が必要だ。


端から見ればいい歳をしてごっこ遊びに没頭しているおれは現実を受け入れられない可哀想な人だろう。

しかし記憶の中でマンガやアニメを見る度に主人公たちに勇気をもらい、絶対に成し遂げるという決意は強く固くなっていった。


***


 4年が経った。未だに必殺技の再現はできていない。

流石に焦燥感が強くなってきたころ、過去に類を見ない大雨が村を襲っていた。


皆が家畜を高台へ逃がしたり、河川などの見回りで忙しくしているなか、

―大雨のシーンってのもあったな……。


冒険者になることを夢見る憐れな少年は、アニメのワンシーンのイメトレのため、記憶の中の光景を求めひとり村をさまよっていた。

やがて異世界のとあるマンガの修行シーンに見えないこともない岩場を見つけて、トレーニングを始めるのだった。


数時間後。

―もう少しだと思うんだけどなあ。

この日も明確な手ごたえは得られなかったが、体調を崩す前に帰ることにした。

雨の勢いはさらに増していた。


 あの儀式でもっとわかりやすく冒険者向きの記憶を手に入れた幼馴染たちは何年か前にすでに村を旅立っていた。

前世の記憶がすべてではない、と共に旅立つことに誘ってくれた奴もいたが、断った。

決して意地になっていただけではない。

あまりにも明瞭な記憶とその中のリアルな描写のアニメは現実に創造するための材料として十分なはずだ。

あとは自分の想像力が追い付けばいいだけ……そのはずだ。


 雨のシーンの記憶と現実の雨の感触をすり合わせながら自宅への道を歩いていると、前方に同じく家へ帰るのであろう村人たちが見えた。


村はずれの畑と村の中心分を結ぶ小さな道。

一部が崖に面していて、斜面を土砂で濁った水が勢いよく流れていた。


足早に通り抜けようとする女の子とその父親と見える男がちょうど崖下にさしかかったタイミングで、ザラザラと小さな石がいくつか斜面を転がり落ちていく。

あっと思った時には崖の上から岩が大きな音を立てて滑り落ち始めた。


「危ない!」

周囲の人々が直下にいた家族に叫ぶ。

子供を父親がかばうように抱き寄せる。


駈け寄れるような距離ではない。

転がり落ちる岩がスローモーションのように見える気がした。


体は自然に動いていた。

半身で腰を落とす。

両の掌で空を包むようにして後方へ引き絞る。


―記憶が脳裏を駆け巡る。

画面の中の屈強な男が眼前の相手を鋭く睨んでいる。

空気を圧し潰し集めるような細く高い音。声が波打ち響く。

男の掌に光が集まり土埃が巻き上がる。

男の鋭い眼光。

アングルが激しく切り替わり、雄叫びと共に突き出された掌から放出されるエネルギー。

青白い光が画面いっぱいに広がり激しく明滅する。


―いける……!

記憶と同じ力が掌へ集まる確信。

記憶の中のオレンジの道着を着た英雄の姿と自分自身が完全に重なった。


……放て!

叫び、両手を勢いよく突き出す。

光の奔流が空を裂く。

うなるような轟音。

落石は炸裂して粉々に吹き飛んだ。


親子は衝撃で転んでしまったが、落石の破片があたった程度で大事ないように見えた。


―やった……。良かった……。


光の塊の飛んできた方向を見て驚いていた表情をしている村人たちに応じようとするよりも早く、

強烈な頭痛と共に意識が遠のいていく。


諦めかけた理想像が再び色を取り戻したような気がした。

そして助けることができた歓喜と夢見た英雄に近づけた達成感が胸いっぱいに広がっていた。

次回 7月15日(火)7時更新

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