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戦地と"覚悟"

 ケルシアへと向かう大きな馬車には軍人と物資が積載限界ギリギリまで詰め込まれていた。荷台の隅で小さくなっているアルドとロイはヒソヒソと声をひそめて話している。

「よかったの?ホントは戦争には関わらないつもりだったんでしょ?」

幌の中の狭さに不満気なロイは出発直後からずっと眉間にシワを寄せている。

「それはそうだが、お前ひとりで送り出したらあとでエレナに何を言われるか、わかったもんじゃないだろ?それに、まあ……いい演説だったからな。仕方ない」

どこか遠くを見るような目でロイが短く息を吐いて笑う。


馬車が大きく揺れながら街道を曲がった。

幌の隙間から見える景色に見覚えがある。

―今の道を曲がらずまっすぐ行けばエイシ村だったか……。そういえば母からの手紙に返事を書いていなかった。戦地へ向かうなんてことは書けないし、先日の魔物討伐依頼のことでも書こうか……。


丁字路に立てられた看板はみるみるうちに遠ざかる。

アルドはしばらくの間不均一にうねった轍をぼうっと眺めていた。


***


 ケルシアに近づくにつれて気温が下がっているようだ。

荷台で眠っていたアルドが正面に座る軍人のくしゃみで目を覚ます。

おそらくロイが掛けてくれたのであろう毛布を肩まで引き上げながら、外の様子を伺う。

道はしっかり固められていて馬車がすれ違えるほどに広く、両脇には果樹園が広がっていた。

どうやらそれなりの規模の街が近い。

「いいタイミングだ。そろそろ着くみたいだぞ」



ケルシアへ入る人々を川向こうへと渡す橋のたもと周辺には、丸太で組まれたバリケードが並んでいる。

外敵を阻むには決して十分とは言い難い防御線の様相は、かえって切羽詰まった緊迫感を感じさせる。


橋を渡った先の街は普段は領地を出入りする人々で賑わうのであろう。広々とした大通りに商店が立ち並んでいる。

しかし今は兵士がわずかに険しい顔で歩いているのみだ。


兵舎へ着いた馬車から降りた2人に野太い声が降りかかる。

「ついて来い」

バート補佐官の副官はそれだけ言葉を発すると振り返らず歩き始めた。

モルガの街からずっと一緒だったが、他の同乗者とも会話をしているところをついぞ見なかった。

補佐官も、彼の指示に従え、とだけ言って自分は来ないのならば、せめて名前くらい紹介してくれないと、この極端に寡黙な男を何と呼べばよいのかもわからないままだ。


***


 副官そもそもこれもおそらくについて行った先は臨時の作戦本部だった。部屋の中央、大きなテーブルにはケルシア全域の地図が広げられ、矢印やら丸バツやらが書き込まれている。

部屋にいた指揮官らしき男は副官から渡された書状を険しい顔で読み込むと、ジロジロとアルドとロイを観察した。


「なるほど。この情報通りなら、一気に戦いを終わらせられるかもしれんな。……アルドというのはどちらだ?」

「おれです」

「……すべて承知の上で来ているものと理解する。子供扱いはしない」

言葉とは裏腹にアルドを戦線に出すことへの躊躇いが隠しきれていない指揮官は目を逸らしながら立ち上がった。

内乱の只中でありながらも整えられた身なりの男からは几帳面で真面目な印象を受ける。要職のようだがそのわりには若く見える。

「ノヴァール伯爵軍第一騎士団隊長、ウーゴだ。綺麗な戦い方を選ぶ余裕も、ゆっくり話す時間もない。早速だが君の力をふまえて作戦を練る」



 隊長の部下であろう2人も加わり6人で机の上の地図を囲み見下ろす。

バツ印と矢印があちこちに点在していて、戦闘が広い範囲で行われている様相が見てとれる。

隊長の指示で丸顔の部下が戦況の確認を始めた。

「状況は良くありません。5日前に各地で同時に発生した武装蜂起はほぼすべて鎮圧されました。しかしその最中にも新たに襲撃を受ける拠点が増え続けています。我々は兵力を分散され後手に回っています」

バツ印を指で示しながら苦々しげに解説が続く。

「暴動を起こしているのはほとんどが一般市民で、裏で糸を引いている者にたどり着けていません。最悪の場合、敵にはまだまだ余力があり、我々が疲弊し切るのを待っているのかもしれません」


アルドがこっそりとロイに小声でたずねる。

「首謀者がわからないって……そんなことあるの?」

張り詰めた空気はわずかな声も皆に届けてしまったようで、ロイが答えるよりも先に隊長の部下その2が反応した。

「みんな口を揃えて領主の打倒、統治者の交代を叫んでいる。しかし誰に、という部分が空白なのだ。……まあ実際のところ、目星はついているが」

えっと思わず声が漏れる。

「わかってるなら、そいつを捕まえに行けばいいんじゃないの?」

子どもらしい純粋な問いに、隊長の部下2人は呆れたような、残念がるような目をする。

「証拠もなければ、居場所もわからんのだ。できるならやっとる」

「しかし軍事拠点への襲撃に傭兵ギルドの者が使われていることや潤沢な武具の供給から見て、資金力がある集団なのは間違いありません。そうなると一番疑わしいのは旧貴族の残党勢力です」

―キュウ貴族……。9?急?

チラッとロイを見やると何かに気付いたようにして思考を巡らせている様子だ。おそらくキュウ貴族というモノを知らないのはアルドだけのようだ。

これ以上会話の流れを止めては何を言われるかわからないので、後でロイに聞くことにしよう。


「首謀者を捕まえれば良い、という点は間違っていません。そして証拠はなくても手掛りは掴んでいます。いくつかの傭兵や武装した市民が出入りしている拠点と思しき場所がすでに確認できています。国軍や各ギルドの援助が届き始めた今、攻勢に出ます」

「冒険者ギルドからの人員は敵の標的となっている地域、および主要な街道の防衛にあたらせる。そしてノヴァール伯爵軍で攻撃部隊を編成する」

地図上のいくつかの丸印を指差しながら話す隊長がアルドとロイを見上げる。

「君ら2人は攻撃部隊に加える。……超広範囲かつ極めて強力な破壊能力、あてにさせてもらうぞ」


「あー、おれは……」

ロイがアルドの肩に手を置き、さりげなく力を込める。

「……ッス」

今は余計なことは言うな、というメッセージを受け取ったアルドは、隊長の言葉に曖昧に応えるしかなかった。


***


「よし。それでは部隊を召集する。直ぐに出るぞ」

攻撃部隊の人員や目的地など、諸々の整理が終わり、隊長の目配せに部下2人が敬礼して走り出そうとする。

「あっ!ちょっと、いいですか、ごめんなさい」

「何だ」

「少し前に女性の冒険者が来ているはずなんですけど、今はどこにいますか?エレナっていって、長身で、髪が長くて、武器を創造するんですけど」

「伝令書にも書いてあったな、君の仲間か」

隊長が丸顔の部下へ視線で説明を促す。


「内乱発生後間もなくやってきた冒険者ですね。装備の補充に大きな助けとなっていました。しかし本人の強い希望で最も規模の大きかった戦線へ向かい、その後後方へは戻っていません。おそらく現在もどこかで戦闘に加わっているのではないかと思われます」

「おそらくって、わからないってこと?」

「なにぶん混乱の最中で、正規の手順で従軍しているわけでもないので……」


地図に書き込まれた複数のバツ印を目でなぞる。

あまりにも忙しなく危険に飛び込んでいくエレナの足取りから感じる異常事態の気配に閉口してしまう。

「前線の軍人さんらに聞いて情報を集めるしかないな」

狼狽えるアルドをロイのいつも通り冷静な言葉が落ち着かせる。

「……そうだね。急ごう」


***


 集められたおよそ50人ばかりの即席部隊は、騎馬といくつかの馬車で敵の傭兵たちが出入りしていたという商館のある街、”テジェ”へ向かう。

移動続きのアルドとロイの尻はそろそろ限界が近い。

目的地がさほど離れていないのが不幸中の幸いだ。

いくつかの丘を超えたころ、進行方向上空に立ち昇る二筋の煙が現れた。

―狼煙か…?

同乗している兵士が舌打ちをして忌々しげに空を睨む。

「遅かったか」


間もなく前方から1頭の馬が駆けてきた。

それはどうやらノヴァール軍の兵士で、作戦本部へ向かうところだったようだ。

伝令兵は隊長の乗っている馬車へ近付き、いくらかの会話の後、再びアルドたちとすれ違い走り去った。


隊長の馬車の近くにいた騎馬が1騎、アルドの乗る馬車へ近付いてきて声を張り上げる。

「どうやら敵拠点で間違いなかったようだ!テジェが武装した集団に制圧されたらしい!すぐに戦闘になるぞ!」



 行軍の速度を上げた部隊は、じきにテジェの街を見下ろす高台にたどり着いた。

さほど大きな街ではないが、近隣の鉱山が人と仕事を呼び込み、採掘権を持つ商人の商館はまるで貴族の城のようだ。

そして今は物々しい防御柵と武装した兵士が物見をしている様が見てとれた。

「いずれ発見される拠点、喉元に迫られる前に一帯を完全に制圧して迎え撃つ体制を整えたってとこだな」

ロイがどこか他人事のように状況を整理する。

「どうやら本気で領主を討つつもりみたいだな。……さて」

ところで、とロイはアルドに向き直り問いかける。

「エレナを探すには軍の協力が必要だろう。そのためには前線で期待された仕事を果たさなくてはいけない。……戦えるんだな?」


「大丈夫。覚悟は決まった」

アルドの返答をきいたロイは神妙な表情で頷く。

「そうか……」

「でも、それは人を殺す覚悟じゃないよ。……おれは、憧れた英雄の背中を追う。それは一方的な破壊じゃない。全部上手くいく、大団円で終わる物語だ。命は奪わない、味方も守る。エレナも助ける。全力で我を通す覚悟を決めたんだ」


ロイは一転、険しい表情になりしばらくの間黙り込み、ついには背中を向けてしまった。

「俺に、周りにどう言われるか、わかった上で言ってるなら、何も言わない。……失敗も、経験だしな」


高台を吹き抜ける冷たく強い風が会話を遮る。

風にさらわれた言葉をアルドが再び手繰り寄せる前に、部隊の方から2人を呼ぶ声がした。

話は終わり、と肩を叩き歩いて行ってしまうロイを慌てて後を追いかける。



「敵対の意思を確認でき次第、攻撃を開始する。高台を降りればすぐにこちらに気付く。陣形を崩さず進むぞ」

それから、とウーゴ隊長はアルドとロイを見やる。

「できるだけ街には被害を与えたくない。市民の状況もわからない。各個撃破で頼む。想像の隙は我々が埋める」

バート補佐官が言っていた、敵拠点を丸ごと潰すような攻撃を命令されることがなかったのは幸運だった。

「了解です!」

見様見真似の敬礼で応える2人に周囲からは仄かに疑惑の眼差しが向けられているが、隊長の檄が再度空気を引き締める。

「急ぐぞ。時間がたつほど敵に準備させる猶予が生まれる」


―おれは、全部つかむぞ。何も諦めない……!

高台の風は背後から力強く、しかしおおらかに流れる。


***


 歩兵を先頭に騎馬が続く。

アルドは騎馬隊の前方、全体の中心に近い位置でロイが操る騎馬の後ろに相乗りしていた。

高台から街までの道を半分ほど進んだころ、テジェの街の輪郭がはっきりと視認できるようになってきた。


木製の柵が街へ入る道を一箇所に限定している。

もし、万が一、狼煙の合図や伝令が間違いであれば、この柵を建てたのはノヴァール軍の駐屯兵で、もうすぐ見張りが姿を見せて部隊を迎え入れるはずだ。


そんな現実逃避的な淡い期待を前方を歩く兵の叫び声が切り裂く。

警戒を促す声に導かれた視線が柵のすき間に動く人影を捉えた。

ロイが振り返りながら馬上のウーゴ隊長へ声をかける。

「聞こえた。弓を準備している。射ってくるぞ」


「確かか?」

「ああ。…早かったな、しかし準備はできている。もう少し引き寄せてから一斉に放つぞ、だとさ」

「よし。―敵方確認!弓だ!作戦通りこのまま進め!」

―戦いが始まる。


 ロイの力で待ち伏せ・誘い込みを看破した部隊は完全に戦闘態勢に入った。

先頭の歩兵たちは盾を構え、しかし速度は落とさず、蛇行することもなく真っ直ぐに進む。

ほどなく柵の向こうで号令が響いた。

「放てー!」

部隊を丸ごと飲み込むほど大量に飛来する矢の雨が迫る。

対話の余地もなく実行された先制攻撃は、ノヴァール軍すべてを敵とみなし、状況を伺おうとする部隊を一手で壊滅させようという冷たい殺意が込められていた。


前列の歩兵たちが一瞬ビクリと盾を持ち上げる。

しかしその幾百の矢じりは、アルドたちの頭上を越えて後方の地面へ突き立てられた。


『つまり、ものすごい蜃気楼だ』

高台の作戦会議でのロイの言葉と兵士達の不安そうな反応を思い出す。

作戦が失敗して全員が待ち伏せに倒れるという嫌な想像は払拭され、にわかに部隊の士気が上がる。

「今だ!やれ!」

―今度はおれの番だ……!


 馬上から飛び上がり、上空より周囲を見下ろす。

命じられたのは用意周到に固められた防衛線に突撃の風穴を開けること。街が燃えるのは困るので、一旦炎は禁止。


柵の向こうの弓矢部隊は標的を見誤ったことに驚きつつもすぐに第2射を放とうとしているだろう。

そこに飛び上がったアルドは格好の的だ。時間の猶予は、ない。


眼下に立ち並ぶ柵に向けて両手をかざす。

上空は風が強く、ひどく寒い。

冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。


ここではない世界の赤茶けた空を思い浮かべる。

砂を巻き上げ、木の葉が舞う。強烈な風が木々をへし折り、なぎ倒す。

遂には家屋が端からメキメキと音を立てて剥がれていくように崩壊する。


ひときわ強い風がアルドの背を押したとき、想像と現実が重なる。

地上に突如発生するつむじ風。認識された次の瞬間にそれはヒュルヒュルと鋭い音と共に何倍にも大きくなっていく。

「創造者だ!」

敵兵の叫び声は、防御柵を吹き飛ばす巨大な竜巻にかき消された。


***


 味方であるノヴァール軍でさえも、何が起きたのか把握するのに一瞬の遅れが生じていた。

突然爆発的な風が吹いたかと思うとそれは進路に立ち塞がっていた木柵をなぎ倒し、巻き上げ、一瞬で目の前の光景を一変させたのだ。

無邪気で明るい、戦場には似つかわしくない、あの少年がこれを?


「突撃ー!!」

隊長の号令で我に返った兵たちが走り出す。

伏兵の恐れは文字通り一掃された。

拠点と目される街の中心の商館を目指す。


つい先程まで柵が立ち並んでいた辺りには、弓矢でこちらを狙っていた敵兵たちがうめき声を上げながら転がっていた。

背を討たれる脅威を排除するため、いくつかの歩兵隊が左右に散り、剣を抜く。

ここまで完全に無力化されていれば、あとは首を拾うだけだ。

鞘を走る金属音。巻き上げられた土砂と木杭の側で倒れる兵を鈍い銀色の光が睨む。


そのとき、一帯を再び風が包んだ。

先ほどの無慈悲で威圧的な暴風とは異なり、雄大で、どこか余裕のようなものを感じる、しかしやはり強力な風だ。

それは地面から空へ、敵兵たちを一人残らず吹き飛ばした。

意識のあるもの達の絶叫が空に響く。


抗いようのない、一方的で、災害のような力にパニックを起こしながらも死を覚悟する敵兵たち。

しかし絶叫は徐々に困惑の声に変わっていく。

地面に叩き落とされるという結末はいつまでもやってこず、下からの風に抱えられるようにフワフワと浮遊し続ける。

敵兵たちは事態が飲み込めず周りで同じく浮いている味方たちや地面を見渡す。

そこに空中を滑るようにして1人の少年が近付いてきた。

「武器を捨てて、投降しろ……!」


***


 地上のノヴァール軍は敵兵の完全な排除を成し遂げたアルドを見上げ、驚きと感嘆の声を上げる。

「よし!ここは奴に任せる!進め!」

隊長の声に部隊が士気高く応え進軍する。


ひと部隊だけ残った兵士たちとロイの元へ、アルドが降りてくる。

その表情は切羽詰まったような険しいもので、達成感や高揚は見えない。

迎え入れるノヴァール軍の賞賛の声にも慎重に言葉を選ぶようにして応える。

「全員、武器は捨てた。投降するって言ってます。拘束して、捕虜に、なりますか……?」


意図を汲んだロイが朗らかに答えた。

「俺たちは侵略者じゃない。無抵抗の人間は相応に扱うさ。……ね?」

水を向けられた兵士たちは、予想していなかった問答にやや狼狽えながらも肯定する。

「お?おお。もちろん。そうだ。我々は誇り高いノヴァール伯爵軍として、丁重に捕虜を扱うぞ」

「じゃあ、彼らを下ろしますね!」


宙に浮いたままだった敵兵は少しずつ地上へ下ろされ、ノヴァール軍が順に拘束していく。

風を操るアルドの横からロイが声をかける。

「緒戦は思い通りか?……だが、保たないぞ?そんな想像力の使い方をしていたら」

警告は自分の身体にもはっきりと現れている。早鐘を打つ心臓、強烈な頭痛。膝も笑っている。

キャパシティの限界は近い。

しかし、まだ何も終わってはいないのだ。


「大丈夫さ……。さあ、急ごう。おれのいないところで起きたことは関係ないなんて、言わないぞ」

「熱いねぇ。ま、細かいことは俺に任せて、がんばってみな」

2人は騎馬に跨り、商館に向かった部隊を追う。


 テジェの戦い、現在敵味方ともに、死者なし。

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