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内乱と"動機"

 初めての遺跡探索から帰還後、畑の実りが色を変えるほどの時間が過ぎた。

アルドは想像力による戦いのイメージを確かなものにして、順調に経験を積み上げ、魔物討伐の依頼もこなせるようになっていた。

ほとんどの魔物を一撃で仕留める派手な創造はより安定感を得た。

さらには単独でも軽微な怪我であれば治療までもできるようになり、その万能性はギルドでも有力な新人として有名になりつつあった。

 エレナとロイと同行することも多く、半ば固定パーティーのような状態で、3人兄弟のようだと周囲から言われるほどに息が合い、言葉にこそしないが、皆が互いに居心地の良さを感じていた。

そして何よりも、ついに軌道に乗り始めた冒険者としての生活に、アルドはこの上なく充実していた。


 この日もアルドは起床直後から上機嫌で鼻歌交じりに身支度を終えて、冒険者ギルドへ向かっていた。

どんよりとした曇り空とは反対に軽い足取りでロビーへ入ると、掲示板の前に平時とは異なる様子の人だかりが目に入る。

依頼を物色する期待と好奇に満ちた表情はどこにも見られず、深刻さや重々しさが周囲に満ちている。

どうやら皆が見ているのは依頼書の貼られた掲示板ではなく、その隣、告示などに使用されている掲示板のようだ。


 珍しい光景に首を傾げていると、後ろから声をかけられた。

「新人かい?」

聞き馴染みのある声にニヤッとしながら振り返る。

「誰がお上りさんだよ」

「わはは。そこまでは言ってないぞ」

後ろに立っていたのは初めての依頼で諸々の世話になったジェイとコーリーだった。

彼らとのパーティー解散後も、時には一緒に食事をするなど冒険者仲間として親交が続いている。

「調子はどうだい?」

「まあまあかな!そっちは?」

「いやー最近大活躍のアルドくんに比べたら全然だなあ」

キャッキャと冗談を言い合っている2人にコーリーが加わる。

「お前もケルシアへ向かうのか?」

「……おいしいよね。ケルシア」

「地名だ」

「お上りさんじゃないか」

「ぐぬぬ……。そのケルシアで何かあるの?」

「戦争さ」

またしても背後から聞こえた声に振り返ると、これまた馴染みの顔があった。


「やあ、ロイ。久しぶりだね」

「どうも、ジェイさん。依頼で山向こうまで行っていたと聞いたけど戻って来てたんだね」

ロイは非常に顔が広く、ギルドでは誰かしらと談笑している姿をよく見かけた。

さらに、その人当たりの良さと整った顔立ちから、女性のファンが多数おり、噂ではファンの集いまであるらしい。

なんとも羨ましい話である。


「戦争って、どこと?」

「身内どうしさ。内乱だな」

コーリーは顎髭をジョリジョリとさすりながら、やや神妙な面持ちで言葉を続ける。

「じきに冒険者ギルドへも国軍から依頼が来るぞ。治安維持部隊への参加、ってな」


国軍からの依頼となると報酬に期待できる場合が多い。

うまい話へ乗り遅れないように熱心に情報を集めているのが、あの人だかりの正体という訳か。


しかし内乱ということは、相対するのは同じ人間である。言葉の通じない魔物ではない。

アルドにはまだ機会がないが、冒険者であれば、無法者との戦いも依頼によっては起こり得ることだ。

無論、どちらかが命を落とすことも珍しくない。


 口元に手を当てて逡巡するアルドへ、ジェイとコーリーが声をかける。

「そちらに人が集中する分、他の依頼への人手が不足するという側面もあるぞ」

「まあ、お前のような若者が積極的に内乱へかかわる必要はないと思うがな」

アルドの表情が2人にどのように見えたのかはわからない。

しかし純粋な善意からの気遣いによる言葉であることは容易に理解された。


「そう、だね……。ロイは、どうするの?」

「別に稼ぐに困っちゃいないからな。確かに国軍からの報酬はうまいかもしれないが、楽しい仕事ではないし、指名でもなければパスだな」

「そっか」

「お前もやめておけ。……見知らぬ人間ひとり見捨てられず駄々をこねるようなやつがいたら勝てるものも勝てなくなる」

ほっとしたような表情を見せていたアルドに

ロイは一転、真剣なトーンで忠告する。視線は掲示板前で集まっている冒険者たちに向けられている。

「遺跡のときのような感情先行のギャンブルは、いつか必ず、取り返しのつかない事態を招くぞ」


先日の遺跡探索にて、瀕死の冒険者をロイの反対を押し切って治療しようとした件は、脱出後に改めてしっかり説教されていた。

あの時のロイの警告は完全に正しく、

負傷者を連れて出口に向かうにつれて、遺跡の地下道は急激に崩れ始め、一行が外へ出た途端に完全に崩落したのだった。

もしアルドが治療にもう少しでも時間をかけていたら、良くても脱出不可能、最悪全員潰れて亡き者になっていたことは疑いようもない。


「わかってるよ。反省してる」

「……でも、そうだな。厳しい現実を見るために行くっていうなら、俺もお守りでついて行ってやるぞ」

冗談半分に爽やかな笑顔を見せるロイと、本当に兄貴のようだとジェイたちに茶化されていたとき、人だかりが一様に何かに反応した。


ギルドの受付嬢が丸めた紙を手に依頼書用の掲示板前へ向かう。

広げられた他よりも一回り大きな依頼書は、高難度であることを示すため、掲示板の最も上段に貼り付けられた。

受付嬢がそこを離れるのを待たずに、人だかりがそのまま依頼書の前へ移動した。

飲み込まれた受付嬢が戸惑いの声を上げている。

「出してくださーい」


屈強な男たちの隙間をぬってようやっと脱出した受付嬢は

少し離れた場所にいたアルドに気が付くと

衣服を軽く整えて、チョイチョイと淑やかに手招きをした。


***


 できることならあまり何度も入りたくはないギルドマスターの執務室へ呼び出されたアルドは、

恐いから、とロイについてきてもらい、そっと扉をノックした。


「失礼しまー……す」

部屋にはすっかり苦手意識を持ってしまったギルドマスターの他に、

彼と同じくらい大柄の男と、痩せた眼鏡の男がいた。2人の濃い青色の軍服に視線を奪われる。


「わかりやすく、げっという顔をしたね」

ハッハッハと笑うのは以前、衛兵詰所で話したバート補佐官だ。

あの時と同じ、無表情な大柄の部下を連れている。


「いや、そんなことは……。お久しぶりです」

誤魔化し笑いながら入室する。

「俺も聞いて大丈夫な話ですか?」

ロイの問いにギルドマスターは頷き、補佐官は歓迎の声をあげる。

「おお!君のことは知っているぞ。とても優秀なロイくんだ。是非聞いて行ってくれたまえ」

重たい足をなんとか引きずり、部屋の奥へ進む。

執務室の窓から見える朝から曇っていた空模様はさらに暗くなっているように見えた。



「さて、アルドくん。君の力を貸してほしい。ケルシアへ向かってくれ」

軍服が見えた時点で用件は明らかで、補佐官もそれを踏まえて余計な言葉は添えなかった。

「なぜおれなんですか?」

補佐官はまたしても周知の事実を述べるように、端的に答える。

「君の大規模な攻撃能力は戦場で比類ない制圧力となる。国を守れ」

「おれは……たぶん、人を殺せないです」

「大事な人を守らなくてはいけない場面でもか?」


押し黙るアルドへ向けられる表情に笑顔はない。

「君の来歴は把握している。初めて大型の魔物を殺したのは、誰かを守ろうとしたときではなかったか?……以前も言ったな。力は使いようだよ。例えば、人と認識できないほど遠くから攻撃する、なんてことも君ならできるのではないか?」

「……すみません。できません」

補佐官はこちらの返答を意にも介さず、眼鏡を外しレンズを拭きながら話を続ける。

「ふむ。それでは、敵の拠点を目標とするのはどうだ?無人の拠点だ。……道や地形を破壊して分断、孤立させる、なんてこともできそうだな」

「……補佐官殿。こいつは―」

見かねたギルドマスターが口を出すのを大柄の軍人が無言で立ちはだかり遮る。

スキンヘッドの大男とヒゲの大男が静かに睨み合う。

ギルドマスターは苛立ち、憐れみ、悔しがるような複雑な視線でアルドを一瞥して再び椅子に戻った。

少なくとも冒険者ギルドとしては国軍とはっきりと揉めることは避けたいのであろう。


「こちらの事情も汲んでくれたまえ。今この瞬間にも味方が死ぬという時に、目に見えている強力無比なカードをみすみす逃す訳にはいかないのだよ。……とはいえ、現状強制することができないのも事実だ。そこで、1つ、いい事を教えてあげよう」

補佐官が微笑みを顔へ貼り付け直す。

不気味にさえ感じる笑顔は彼がこの手札に確信に近い自信を持っていることを物語っていた。


「エレナくんはすでにケルシアへ向かったよ」

全く予想していなかった情報に身体が硬直する。

「……なんで」

絞り出した問いに補佐官は落ち着いた声色で答える。

「誤解しないでもらいたいのだが、彼女に対して我々は一切声をかけていない。彼女は内乱の情報をきいてすぐに、自らの意思で出立したようだ。その様子だと、やはり聞いていないのだね」

「―俺たちは常に同じ依頼を受けると決めたパーティーではないんですよ」

ロイの言葉は、軍人への説明の体をとって、アルドに忠告するものだ。


「お前にできること、できないこと、やりたいこと。よく考えろ」


―彼女とは必ず同行することを約束した訳では無い。単純に稼げると思い、言伝の時間も惜しんで向かっただけかもしれない。それに……

「彼女はすでに現地で軍と合流している。前線に参加することを希望されているとのことだ」

補佐官が淡々と情報を加えて述べる。

後方支援などに従事するに留まり危険とは限らない、という可能性を潰されたアルドは何かに耐えるのように拳を握り、歯を食いしばる。

平らな床にまっすぐ立っているはずなのに、自らの重心がぐるぐると旋回しているような心地がする。


―そもそも彼女は優秀だ。何の心配もいらないのではないか?必要ないから声をかけなかったのでは?幼稚な正義感が周りに危険を及ぼすことは遺跡の探索で十分味わった。戦えない奴がパーティーのリスクを増大させることも初めての依頼で体験済みだ。


―おれが、できること。したいこと……。



「ロイ」

深呼吸をしてからロイへ向き直る。

「誰にも言わずに戦場へ向かうなんて、やっぱりエレナらしくないと思う。余計なお世話かもしれないけれど、どうしても心配だ」

想像力を発揮するときのように、言葉にすることで思考が整理されていく。


「まだ短い付き合いだけど、エレナは、仲間だ。危険な場所へ向かったのを知って、無視はできない、したくない。おれはきっと大切な仲間を守るためなら、戦える。そうありたい」

少年の拙い言葉を部屋にいる誰もが静かに聞いていた。

微かに身体を震わせながらも凛とした声には、一人の人間が己の誇りを掛けて道を選ばんとする決意が滲んでいる。


「少なくとも今は、大切なものを自分の力で守るために冒険者になったんだと、そう思う。おれは、冒険者で、創造者だ。―なんだってできる」


真剣な表情で聞いていたロイがようやく口を開く。

「その大切な仲間に俺も入ってるなら、一緒に行かせてもらおうかね」

「え、あぁ。入ってるさ。もちろん」

思いがけない問いに声がひっくり返りそうになる。


「軍人さん。ここはなるべくニコイチで行動させてもらいたいんで、便宜のほどよろしくお願いします」

満足そうに頷いた補佐官が席を立ち、

今まで見せてきた人間関係を円滑に進めるための作られたような微笑みではなく、本心から、に見える笑顔で短く答える。

「よし。行こうか」

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